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01話。東南都市アペリスのカジノにて。




 東南都アペリスの孤児院で、もう少しルーナが気に入る土地を探す旨を説明すれば、院長もその方がいいだろうと同意してくれた。

 特に揉め事もなくルーナを返して貰い、宿を移して一息つく。


「少し腹据えて話をしよう」

「はい」


 黒い奴隷服姿のルーナはその美しい瞳をきょとんとさせて頷く。

 ベッドに座る俺の前で、床に正座する奴隷の少女、ルーナ。


「今までは孤児院に預けて別れる前提だったから言わなかったし、聞かなかったこともあるんだが……これだけははっきり言っておく」


 既に何度も言っていることだが。


「俺は奴隷を良い物だとは思わないし、聖教会に所属する立場としても、奴隷なんて物を認めることは出来ない」

「……」

「でも、ルーナ。おまえの事は……その……」


 なんて言えば良いんんだろう。


(なに照れてるんだ)


 こんな感情、ずっと旅に生きて来た所為でまったく慣れていない。

 そのまま、事務的な用件として伝えればいいだろう。

 咳払いを挟んで口を開く。


「可愛いと思っている」


 とても。


「可愛い……好ましい、と言う意味ですよね?」

「ああ」

「では、どうぞ夜伽を――」

「そう言う意味じゃない。一人の人間として、ルーナのことを大事にしたいと思っている。だから一緒に旅をして、ルーナが気に入る街を探すことにしたんだ」


 俺の感情は、父性愛と親愛が大半であり、奴隷として迫って来る少女をどうこうするような趣味もないし、俺の主義ではないと思いたい。

 正直な所、不慣れな所為でたじろいでしまうのは仕方ないとしても。


「? ご主人様、わたしは人間ではなく奴隷です。ご主人様の奴隷です。ご主人様の物です。好ましく思って頂けるのでしたら、どうぞ遠慮なんてならないでください。ご主人様が満足出来るよう、自由に使って頂ければ、それが奴隷の喜びです」


 なんだ奴隷の喜びって。

 巡礼騎士の俺と、奴隷のルーナ。

 やっぱりどうにも噛み合わないらしい。


「まあ……今はまだそれでいいよ」


 やることはそう難しいことじゃない。

 ルーナが奴隷を辞めたくなるような、楽しいことを探す観光の旅にしてやればいい。


(いや、それが難しいのか?)


 やること自体はそう難しくは無いのだろうが、心底奴隷根性の染みついているルーナを一般的な人の世で楽しませるのは、難儀することだろう。

 この娘が普通に笑っている場面なんて、今までの旅路であっただろうか?


(……どうなることやら)


 心中で呟き、溜め息交じりの苦笑を浮かべれば、ルーナは無表情のまま首を傾げた。

 どうなることやら。



============


『超奴隷と円舞曲を2』


============



 真面目過ぎる奴隷のルーナに必要な物は、健全な余裕と少しの遊び心なのではないだろうか?

 欲望に囚われて生きることは不自由であり、先では破滅か、誰かの犠牲を強いる生き方になるわけだが、人の世で生きて行く為に日々の娯楽は必要だ。


「ご主人様、こんな場所に居ても大丈夫なのですか?」

「正装なら誰でも大丈夫だって、本当みたいだな」


 ご主人様と呼ばれるのもいい加減慣れて来た、俺、巡礼騎士アルゼス・セルシウス。

 怒りを起因として発動する狂化魔法、禁呪を身に宿す悪魔憑きとして一つの町には定住出来ず、十歳の頃から聖教会へ所属し、管理と庇護を受けながら黙々と巡礼の旅に生き十余年。


 最近、狂気なまでに真面目な奴隷の少女、ヘルニナーミ・ヒトイッツ――あだ名はルーナ――と出会い、少々寄り道が増えることとなった。

 今回の寄り道は、ここだ。


 今いる場所は、東南都アペリスの名物である国営の賭博施設、カジノ。

 預けようとしていた孤児院で事情を話し、ルーナを引き取りってから、改めて旅立つ前に寄って見ようと訪れた。


 旅の目的にルーナに奴隷を辞めさせて、ルーナが暮らして行ける町を見つけることが追加されたため、観光も兼ねる旅になったので丁度いい。

 東南都アペリスがどんな街なのか、良く見てから次へ行こうと言った次第だ。


「巡礼騎士の格好のままじゃ門前払いだろうけどな」


 巡礼騎士は一応聖教会に所属する聖職者に数えられる。

 普段は首に聖印を下げ、旅の法服に黒い革鎧を合わせ、腰には聖教会の紋章が入った長剣を携えているのだが、今は特徴の無い礼服姿となっている。

 当然貸衣装だが。


 逆にルーナは黒い奴隷服のままだ。

 奴隷も商品や賭け金に換算する私財として扱っているので、よっぽど汚い格好でもなければ奴隷が歩いていても問題ないらしい。


 本当なら辻大道芸を見たり、名物の食べ歩きをしたり、土地の伝承を伝える観劇なんかを巡りたいのだが、奴隷服のまま連れ歩いても嫌な顔されない場所がこんな場所しかないとも言う。

 以前着ていた古風で清楚な服の代わりになるような服はそう簡単に用意出来そうもない。

 しばらくはこの黒い奴隷服姿のままで辛抱して貰うしかないのだが、当人は別に苦にもしていないのがまた、奴隷として生きることに慣れきっているようで、見ていて疲れる。


 すれ違う客の中には、ルーナを見て眉を潜める者もいるが、裏社会とそれなりに関わりがある場所だけに、大勝ちした若造が浮かれて買った奴隷を連れ歩いているのかと鼻で嗤われる反応の方が多いくらいだ。

 その都度、不快感に禁呪の気配を覚えたが、あくまで遊戯を楽しむために来ている客層だからだろう、どこか余裕のある視線なのでなんとか受け流すことも出来る。


 ルーナには口煩いことばっかり言って来たが、あくまで大事な物を守り、未来へと繋げて行くために節度を考えろと言っているだけであり、そのためにも人生を楽しむことは必要だ。

 それを理解してもらおうと言う趣旨でもある。


(べつに俺だってそこまで厳粛な聖職者ってわけでもないしな)


 禁呪持ちとしての運命を受け入れているし、聖教会の言うことは最もだと思っている反面、理想論だと斜に構えてる部分も多々あるのだ。

 でなければ、ルーナと一緒に旅をしようなんて言わず、俺の奴隷で居続けたいなんて馬鹿げたことを言う少女はこっ酷く叱りつけて孤児院に追い返しているだろう。

 まあ、いよいよとなればそうするつもりではいるが。


「ほら、これ。軍資金。で、少しでいいから増やして来てくれ」


 別れ際、生活費としてルーナに渡した財布が戻って来たので、折角なのでぱーっと使ってしまおうと、財布の中身の半分程をメダルに替えて来た。

 そこからさらに半分をルーナに渡す。

 両手いっぱいに受け取った銀のメダルをじっと見てから顔を上げた。


「命令ですか?」

「命令って、賭け事は基本的には運だろ。出来ればでいいから、遊んで増やそうとしてくれりゃいい」


 それなりに戦略性のある賭け事もあるのだろうが、俺が求めているのは、ルーナがルーナ自身のために節度ある遊びをしてくれることだ。

 大負けしたならば、それはそれで行き過ぎた欲望を戒めながらも、笑い話とし賭け事の悪徳を説教する機会にもなるだろう。


 ここで節度を守らず素寒貧になった連中が裏の賭博場へと流れ、更にそこで負けて借金を背負い、ルーナと出会った東方主都エウロタの闘技場に剣奴として売られて行くか、南方主都ノストムで船の漕ぎ手として買われる流れがあるくらいなのだ。


「なんか適当に遊んで来ればいいよ。俺も色々見て回って来るから」

「わかりました、増やして来ます」


 ルーナの返事に頷き、俺はその場を離れる。

 そうしてルーナを遠目に見守りつつカジノの中をぶらつく。

 ルーナはしばらくきょろきょろして歩き出した。カードやサイコロの卓を覗きに行っているようだ。


(中もしっかりした建物なんだなぁ)


 国営のカジノ。

 広い空間は黒と赤を基調に金細工が要所に設えられていて、一見豪華絢爛にも見えるが、遊び心を忘れない細工柱や、質は良いが質素な調度品をゆったり飾ることで、全体的にはあえて抑え気味にしている。

 楽師が奏でる調子の良い陽気な音楽も、どこか落ち着いた音色で穏やかな雰囲気を演出していて、なにかこう、圧倒的な余裕のような物を感じられる。


(儲けてるんだろうなー)


 その分損をしている者がいる仕組みなのだろうが。

 夢と希望をちらつかせながら大衆から金を巻き上げ、一部の勝者に流す。

 みんな自分はその一部の勝者になれると夢想し思い込む。

 実際、確率論で言えば、偶には勝てる仕組みらしい。


 そうやって適度に成功体験を与え続けていれば、自動的に、半永久的に金は巡り、運営側はその手間賃を吸い上げ続けられる仕組みが出来上がっているそうな。

 深く考えると非常に悪趣味な施設だが、国営のカジノでは賭け金に制限がかけられているため、扱っている金額自体がそう大きくないので認可されていると言った次第。


(逆に、少しづつ負け続けて、気づいたら抜け出せなくなってる、なんて危険もあるんだろうけどな……)


 聖教会はもちろんいい顔はしておらず、常々全面禁止を訴えているが、裏の賭博場が大きくなるよりは目の届く場所で管理すべきだと言う名目で、貴族達によって運営されているのが現状だ。


(あの辺までは、遊び心ってことで許せるんじゃないかと思うのは……単純に俺の贔屓目なんだろうな)


 カジノの名物である、獣人に扮した女給仕、所謂バニーガールと言われるあれだ。

 肩から二の腕、胸元までを大きく晒し、扇情的に太腿を見せつける、光沢のある革装束は、言うまでもなく戒律からは逸脱している服装だ。


 兎の獣耳と尻尾をつけて場を愛らしく茶化ながら、首に襟と飾りリボンをつけ、手首には糊を効かせた袖口があるのでこれは正装である。

 と、堂々と主張されてしまえば真面目に取り合うのも馬鹿馬鹿しくなってしまうのだろう。


(単純に、見世物として面白いから見逃されてるのかも)


 闘技場の女剣闘士も似たような格好だったことを思い出しながら、揺れる丸い尻尾と尻に注目していると、愛想笑いを頂いたので、飲み物を貰う。

 飲み物代とは別に、安いメダルを一枚、礼として盆に乗せれば、片目を瞑る茶目っ気のある仕草を残して離れて行った。


(ルーナから玉に不具合でもあるのかと散々煽られて来たけど、大丈夫そうだ)


 離れて行く尻を眺めながら目の保養をしつつ、そんな事を思う。

 禁呪の関係上、俺はあまり熱くなるわけにも行かないので、適当に巡り、色とりどりの甲虫が用意されたガラス箱の中で、何色の甲虫が最初に置かれる餌にたどり着くかの賭けをしていたらそこそこメダルも増えたので、そこで満足して引上げることにした。


 後はルーナがどんな賭け方をするのか、観戦して楽しむことにしよう。

 ルーナが向かったサイコロ遊戯の卓へと足を運べば、奴隷の首輪をした背の低いバニーガールが真剣な表情で卓の上を睨みつけている光景が目に入り、さて、ルーナはどこだと探したくなった。


「……」


 どこだもなにも、そこにいるバニーガールがルーナだった。

 襟飾りの代わりに、奴隷の首輪をしたバニーガールなんて他にいるはずがない。


「……なんでそんなことになってるんだよ」


 ものの三十分も経ってないぞ。

 後ろから呼びかければ、ルーナは兎の耳を揺らしながら振り向く。


「ご主人様。この衣装に着替えればメダルをいくらか融通してくれると申し出て頂けましたので、今までの負けを取り戻すのに必要な処置だと判断しました」

「っておい、隠せっ」


 咄嗟に顔を覆って目を逸らしたが遅かった。

 一番小さな衣装でも寸法が合っていない。

 下半身から腰回りは背中の紐と自前の剣帯を使うことでなんとか調整できたのだろうが、上の方、つまり立体縫製されている胸の部分はがばがばで、薄く色ついた箇所まで覗けてしまっている。


「ご安心ください。着替えは別室でしました。ご主人様以外に内側を晒すようなヘマはしません」


 闘技場で育ち、観客の視線から短い奴隷服の裾を気にしつつ相手を制する動きが出来るルーナにとっては容易いことなのかも知れないが。


「いや、無防備になってること自体、俺が不安なんだよ。禁呪が発動したらここの連中皆殺しになるんだぞ?」

「……」


 ルーナは僅かに眉を上げて、首を傾げる。


「なんだよ? そうなったら旅どころじゃなくなるんだぞ?」

「いえ。わかりました、かくし――命令ですか?」


 奴隷として生きたがるルーナは、ここぞとばかりに俺からの命令されたがる変な癖がある。

 奴隷として安心するのだろうが、その都度俺の心は重苦しくなる。


「……ああ、命令だから隠してくれ」

「はい。隠します」


 俺が差し出た白い手拭いを、奴隷の首輪の内側にひっかけて覗き込まれても見えないようにしてくれたが、それでも無防備過ぎてひやひやするのに変わりはないし、ルーナの細くて長い脚は、黒いタイツに包まれていても、不安になるほど儚い美を感じさせる細身の曲線が露わになっている。


 珍妙な格好で見世物になっていることに対し、まったく抵抗がないのは闘技場で剣奴をやっていたからなのだろうが、見ているこっちは落ち着かない。

 賭場からパンツ一丁で追い出されるなんて言う逸話はなにも本当に衣類を換金しているわけではなく、負けが込んだ相手を侮辱して笑い者にする目的だと言うし、ルーナのこれも滑稽な余興として扱われているのだろうが、中には好色の視線を小さな尻に向けている物好きもいるわけで。


(……なんか腹立つな)


 一瞬湧き上がった独占欲のような物を誤魔化すのに、なに人の連れを無礼な目でじろじろと見てんだと乱暴な感情が湧き上がり、いやルーナがそんな格好してるのが悪いんだろうと最後には常識が勝った。

 疲れる。


「とにかく……賭けは今どうなって――……」


 卓の上に積み上がったメダルを見て、言葉を失う。

 サイコロの賭けは勝負の進行ごとに賭け金は上乗せされて行き、勝てば一発逆転、負ければ倍額、酷い役で負ければ更に数倍の払いが必要になる状況で、国営カジノで扱える賭け金の限度額ギリギリなのだろう、これ以上上乗せは出来ず、次で勝負のようだ。


 降りるためには、今の賭け金と同額のメダルを払わなければならない。

 そんなメダル、ルーナの手にはすでに無いようで、どう見てもいいカモにされている。


「なんでこんなことになってるんだよ……」

「次で取り返そうと思ったんです」


 カモの常套句だ。

 表情こそ変わらないが、よく見れば瞳は苛立ちに燃えていた。

 この少女……薄々気づいていたが、真面目で一生懸命な性格が奴隷として悪い方に作用している上、真面目な人間にありがちな頑固で融通が利かず、しかも負けず嫌いな面があるらしい。

 一番賭け事はやらせてはいけない性質だったのかも知れない。

 俺だってこんな所に来るのは初めてなので、その辺りをまったく考慮していなかった。


「さぁさぁ、後がないぞ奴隷のお嬢ちゃん。負けちゃったら主様から、きつーいお仕置きが待ってるんじゃないかい?」


 雇われの賭博師なのか、あまり似合っていない制服姿の親役が軽口でルーナを煽っている。


「っ!」


 お仕置きと聞いて、少しだけ頬を昂揚させて瞳を輝かせるルーナ――命令とお仕置きをされたがる悪癖がある――に、周囲は一瞬言葉を飲んだ。

 愛らしくも涼し気な無表情に頬の赤味が際立っていて、見ている側までハッとするような胸の高まりを覚えてしまう。

 ともかく。


「へへ、先に言っとくけどここは表だからな、お嬢ちゃんの負け分をその身体で払って貰うってのはー……強制は出来ないからな、強制はっ」


 迂遠な言い回しに周囲から含み嗤いが零れ、好色の眼差しで見ていた男が喜色満面の笑顔で前に出て来る。

 のを殴りかからんばかりの勢いで片手を広げて押し止め、その手を真っ直ぐルーナへ伸ばす。


「いいでしょう。わかりまし――あぐっ!」


 よくねぇよ。やっぱり扇情的な格好なんて許すもんじゃないな。

 親しい人がそんな格好で誰かに媚るような光景なんて、まったく見たくない。


「勝手な交渉は辞めてくれないか」


 奴隷の首輪を全力で引き、腕の中にルーナを収める。

 頭の中で、禁呪の扉が乱暴に打ち鳴らされていて、脳裏にうるさい。

 かなりの危険信号だ。


「お。あんたが主かい。わかってるわかってる、誰かに抱かれて来い的なお仕置きをご所望なんだ――あ、いや、ちが、なに、遊びに熱が入り過ぎて……へへへ……」


 怒りを抑えながら詰め寄る俺を見て、引き笑いで誤魔化している親役は無視して、手持ちのメダルを全部卓の上に放り出す。


「この勝負、降りだ。しらけさせて悪いな」

「あ、ああ、ああ、こちらも、奴隷のガキ相手に悪ふざけが過ぎた。容赦してくれ」


 卓に投げ出したメダルはいくらか過分だろうが、場を収めるためだと察してくれた親役に軽く頭を下げ、足早にその場から離れる。

 ルーナは俺の腕の中、腹に顔を押しつけられてむーむーと唸っているが、そのまま黙らせておく。

 あ、くすぐったがっているのか。


 奴隷として、誰にも触れさせないなんて尖った育て方をされたせいで、優しく触れられるのは大の苦手だが、鞭や責め苦には慣れているので痛みにはいくらでも耐えられると言う奇妙な体質をしている。

 賭けに負けたお仕置きだと言うのは流石に理不尽だろうか。

 いいや、お仕置きだ。むずがらせておこう。


(……)


 いや、違うか。違うな。

 どう考えても俺が悪い。


(ルーナがどんな賭けをするか見たくて、適当に放り出した俺が悪かった)


 こんな場所に来るのは俺も初めてのことで、確実に浮かれていた。

 己の浅慮を反省しつつ、申し訳ない思いでルーナの背中を軽く叩けば。


「――――っっっっ!」


 剥き出しの肌だったせいで悲鳴に近い声が俺の腹に響いた。

 流石に周りの客の注目も集めてしまう。


「ご、ごめん!」


 失敗続きだ。

 慌てて両手を離して解放するが、ルーナの顔は真っ赤で息も荒く、瞳の焦点もどこか虚ろで膝が今にも崩れ落ちそうなほど震えている。息してなかったのか?

 とにかく。


 息も絶え絶えでふらふらとしているルーナの手を引き、急いでその辺の女給仕を捕まえてルーナを元の奴隷の格好に戻させる。

 赤い顔の更衣室から出て来て数秒、奴隷服とバニーガール衣装どっちがマシか悩んだが、どっちも大差無いろくでもなさだと判断し、急いでカジノから出て行くこととなった。



=============



 少し早目の昼食。

 広場で薄いスープと硬いパンをテーブルに並べ、二人で座っている。

 主と奴隷が同じ物では駄目だと主張するルーナとの取り決めで、俺の分は白葱を串焼きにした物が一品多い。


「……」

「……」


 二人共無言。


「だからな、こう……あれだ……節度を持って、日々の節制がー……」

「……はい」


 ルーナは無表情ながらも、肩を落としてあからさまに落ち込んでいる。


「えーと、ほら、勝負を途中で降りたのは俺の判断だから、ルーナは気にしなくていい」

「……はい」

「熱くなるから、賭け事は怖いな」

「……はい」

「まあ、でも闘技場と違って負けても死にはしないんだから、緩いもんだよな?」

「……はい」

「あ、これ美味い。一個食べてみろよ」

「…………はい」


 白葱を串から外して、一つルーナのパンが載っている皿に置く。

 じっと見てから、もそもそと食べてくれた。あまり美味しそうではない。それ所ではないのか。

 その後も、ぽつぽつと励ましの言葉をかけるが、物凄く落ち込んでいるのは変わらない。


 そっとしておくべきか。

 しばらく薄いスープをちびちびと飲みながらパンをちぎって敗北の味を噛み締めている。


「ご主人様」


 ルーナは顔を上げ、俺を見てからテーブルに額がつきそうなくらい深々と頭を下げる。


「……申し訳ございませんでした」

「ああ、いや。俺も勢いで行き当たりばったり過ぎた。気にするな」

「……はい」

「もう賭け事はやめとこう。俺も、そっちも、性格的に向いてないし、あんなもんだ。飲めり込めばいつか絶対に全てを失う」


 あまり金銭に執着しない俺と、真面目で熱くなると飲めり込む気質がありそうなルーナ。


「はい。ご主人様の命令でもなければ、二度としません。誓います」


 顔を上げ、硬く頷き誓うルーナ。


(ルーナが一つ賢くなったってことでいいのかな?)


 経験から学んだ物は一生使えるのだから、勉強料と思えば安い物だろう。

 目の届く範囲でしっかりと見守って、取り返しのつかない失敗やしてはいけない過ちを犯す前に止めてやればいい。

 奴隷少女ルーナの社会勉強。

 らしくなって来たじゃないかと言うことで、前向きに考えて苦笑しておくか。



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