一冊目『物語を俯瞰してみよう』
私はボロボロの屋根の上から通りを見渡していた。薄汚れた通り、街の外壁をなぞるように積み上げられたボロボロの家々。
その目の前の二人の男が対峙している。
ここまでは予想通りだ。
イーツは『最強』を求めている。
我武者羅に純粋に。
しかし彼は負けてしまった。いや、負けたことなど今までにも多くあっただろう。だが、彼は気づいてしまった。自分よりも強く、人間世界の闇を歩く狂気に触れ、若しかしたら自分は『最強』になれないのではと疑ってしまった。
「……ま、だからこそ焚き付けたのですが、思ったより燃えましたね」
あぁいう人種はいるものだ。
『最強』を夢見て戦いに中で生き、戦いの中で死ぬ人間。
「さて、結果はイーツの勝利で確定です。生まれ持った素質が違いますから。
あとは彼を引き込むだけですが、心配はないでしょうね。今でこそ全てを忘れて戦闘に集中していますが、終われば気づくでしょう。
この物語が作られていたということに」
なんとも遠回りなやり方だ。しかし、彼には強くなってもらわなければならない。
「そろそろ日常編にでも突入して緩やかに過ごしたいものです。最近だと教室で座っているだけでギラギラした敵意を感じますから」
エナレス・オラトレア。公爵家でもあるオラトレアの姓を持ち、莫大な金と権力を保有しながら、禁忌目録を持っている。
帰属達から見れば巨大な『戦力』を持っているように見えておぞましくもあり、羨ましい存在だろう。
「まぁ、敵意も持たれている理由の大半は私個人への嫌悪感でしょうがね」
そりゃあ誰だって授業も碌に聞かず、寝てばかりいる人間にいい感情は抱かないだろう。
空を見あげれば雲が漂い、色々な形を作り上げてパーティー状態だ。そこに赤い血も混ざって大変な事になっている。
「人は可能性の生き物だ。
幾億の未来の中から一本の細い糸を手繰り寄せて一つの在り方へと変わっていく。
確かに、貴方はそう言いましたね。
今ここに一つの在り方を見つけた男がいますよ。
あるかどうかもわからない見えないものを目指して、霧の中を駆ける男がね」
さぁ、そろそろ終わりが近づいてきた。
力の収縮を感じる。魔力が体を覆い、得体の知れない何かが現れる。
赤い拳。手の先から肘まで真っ赤に染まる。
「はぁはぁ、…ぐっ、魔法名『醜悪の矢』!!!」
空間を貫くように放たれた黒い肉塊は矢の形を作る。
俺はそれを拳を振るうだけで消し飛ばし、一歩で距離を詰める。
相手の驚く顔が見える。相手の青ざめた表情が見える。手の動き、足の動き、まるで一人だけ時間の感覚から取り残されたような世界の中で、俺は拳を握る。
「我は『目指す者』
我が心、我が魂は一つの巨大な道を作る
そこに降り立つは紅き衣を纏う、頑強の悪魔
世界を破壊せしめる鬼神の血気よ
その一撃に万生万死のすべてを込めよ!
大地を飲み込み消し飛ばせ!!!
────────《鬼神の一撃》」
魔力は感情に強く影響を受ける。
その純粋にして巨大な感情の魔力は、時として『在り方』という形を与えられ、魔法へと昇格する。
人はそれを、『我、ここに一つ我を得たり』と呼ぶ。