一冊目『物語には熱血キャラが必要なのかもしれない』
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情けねぇ。
強くなるために来たのだ。『最強』になるために来たのだ。
それなのに何だ?この結果は。
結局俺はビビっていただけだ。俺は死なないために戦っていたわけじゃない、『最強』になるために戦っていたのだ。
そのはずだった。
でもビビっていた。生と死の中で生き抜くマフィアの男に。
情けねぇ。
イーツは起きた後もずっと路地裏に座ったままだった。
敗北した事は問題じゃないのだ。
挫けてしまったことが問題だ。
最後の最後で『届かない』と確信し、伸ばした腕を下げてしまった。
呆然と空を見上げているとニヤニヤと笑みを浮かべながら男が寄ってきた。ボロボロの服とボサボサの頭。浮浪者のような風貌の男だ。
「何のようだ」
「金の匂いがしただけだよ。俺は情報屋だ。
ニーネマフィアの情報を知りたくはないか?」
明らかに不審な男だ。しかしその言葉は俺の心臓を強く叩いた。もし、もしだ。ニーネマフィアを倒す事ができたのならば、俺は『最強』の道を歩む事ができるのではないか。
挫けた心を立ち直らせ、真っ直ぐ歩くことができるのではないか。
これはチャンスだ。俺の人生を決める千載一遇のチャンスだ。
男はこちらに手を伸ばす。
俺はもう一度、今度はあの生と死の狭間で戦い続ける男と、逃げること無く取り零した精神を掬い上げるために戦うことができるだろうか。
俺は呆然と情報屋の男の手を見ていた。
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ゆっくりと目を開けるとそこは何処かの地下室だった。椅子に座らされており、体は布で包まれており、布の上から無理やり手錠を嵌めさせられている。
「はぁ、勘弁してくれよ。
気持ちの悪ぃガキだ」
「ふふふ」
そう言って粗暴な男はもう一人の男から金を貰って去っていく。
「貴方ですか、私のマフィアを嗅ぎ回っていたのは…。
ただの馬鹿なのか、それともピエロを演じているのか」
「貴方に会いたかった。初めまして、エナレスです。
シーレンスの情報が欲しくは無いですか?」
「なるほど、妖怪の類でしたか」
セレンは不気味な薄ら笑いを浮かべる少年に眉をひそめながら短刀を取り出す。
「殺してしまえば全てが終わる。
いいですか?ニーネマフィアとは貴方が考えているほど甘くはないのですよ」
セレンは無感情にナイフを振り下ろす。
しかし、そのナイフはエナレスの体に突き刺さることなく、手錠を難なく切り落した。
「ですが、チャンスを与えましょう。
貴方がもし私達にとって有益な情報を持っているなら五体満足で返してあげます」
そう言って去っていくセレン。
普段の彼ならばここでエナレスを生かしてはいないだろう。しかし今彼は焦っている。
この街のマフィア世界の一角、シーレンスファミリーに目をつけられている。元々は部下の失態でしかなかったが、それで許されるはずもないのだ。
だからこそ一刻も早く情報が欲しいのだろう。
エナレスはセレンの部下達に腕を掴まれ、乱暴に檻の中へと入れられる。
恐らく仕事をしに行くのだろう。いや、仕事をしに行った仲間を連れ戻しに行くのだ。
「お前も馬鹿だな」
歳は十五程だろうか。
顔を上げるとまだ大人になりきれていない小生意気な顔があった。
頬に十字の傷があり、無愛想な顔で椅子に座っている。
「ニーネマフィアはシーレンスに連なるマフィアの一角だ。敵対したら生きて帰ることなんてできない」
「ふふふ、戯言ですね。諦めた人間の言葉だ」
少年は不愉快そうに表情を歪める。
「確かにそうかもな。昔は俺もマフィアのボスになりてぇと思ったこともある。
でも独りじゃ限界がある。武力や知略、それだけじゃ足りない人心を操る力だって必要だ。
弱者は諦めるしかないんだよ」
「えぇ、全くそう通りです。
ですから弱者は弱者の戦いをするだけですよ。
ふふ、いいですか?
私はこれからあの男に勝負を仕掛けましょう。
私はスキル持ちです。能力は透視、効果は限定的で羊皮紙程度しか透視できませんが、使い方しだいで簡単に勝てます」
少年は不気味に笑う男の前でポカンと口を開けて惚ける。
そして、大きな笑い声を上げると檻の外から腕を伸ばしてワシワシとエナレスの頭を搔く
「ははは!!兄ちゃんがセレンを倒すだって?っくくくふふふ、はははは!!
そっかそっか!!久しぶり笑った!!
くくっ、じゃあな、そろそろ見張り交代の時間だ」
そう言って少年は目尻に涙を残しながら去っていく。
エナレスは乱暴に触られてボサボサになった髪をそのままにして目を閉じる。
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イーツはベンチに座りながら行き交う人々を眺めていた。
ここは国道『国骨の背』と呼ばれる国を分割する大通りだ。
行き交う人々はハンター、魔術師、商人、馬車、主婦、子供と多彩だ。中には猫耳を生やした獣人も歩いている。
将来自分はここの中のどれになるのだろうかと考える。
魔術師は無いだろう。研究気質も無いし、魔法の才能もない。一番可能性の高いのはハンターだろうか。でもなんだかしっくりこない。
「なんか、俺、夢見てたのかなぁ」
子供が大迷宮を踏破する伝説のハンターを夢見たり、騎士になって姫を守る存在を夢見たり。
きっと、俺が考えてるのはそれらの更に突拍子もない話。
子供がドラゴンになる夢を語るほど無理難題、不可能な話なのかもしれない。
「はは、そう考えるとほんっとに馬鹿な事考えてんな、俺」
「ごめんなさい!!」
突然遠くの方で声が聞こえた。
通行人に視界を遮られていたが、一瞬だけその隙間から子供が屈強な男に謝っていたのが見えた。
「あれは、シーレンスマフィアか」
街で喧嘩をしてれば必ず話を聞くマフィアの一角。
「さっき俺の肩にぶつかったよなぁ!
ったくこれだからガキは嫌いなんだ!ほら!俺からスった金返せよ!」
男は子供から無理矢理銅貨と銀貨数枚を奪い取る。
「後はテメェを奴隷商に渡せば多少の稼ぎは出るだろう」
「い、いや!」
「あぁ、ちょっと黙ってろ」
男は面倒くさそうに拳を振り下ろす。
「あっぶね。ギリギリだったな」
俺は男の腕を掴む。
人混みが邪魔で助けられるかは五分だったが良かった。
「あぁ?テメェ誰だ?」
「俺が誰なんてどうでもいいだろう。
とりあえず、身を引いてくれよ。相手は子供だろう?」
「知らねぇよ。弱い奴が虐げられるのは当然だ。なんだ?テメェも奴隷送りにされてぇのか?
いや、確定だ。テメェは奴隷送りにする」
男はギョロリと目をコチラに向けて睨む。
男が拳を引く、腰の入った重い一撃だ。
イーツは迎撃しようと構えるが、迫ってくる拳に一瞬怯み飛ばされる。
「あぁ?なんだぁ?今のは。
テメェ、自分から殴られに来たよなぁ?なぁんだ?そういう趣味のやつか?」
「そんなんじゃねぇよ」
イーツはムクリと起き上がって口の中に溜まった血を飲み込む。
「血の味を確かめて分かったんだ。
やっぱ駄目だわ」
『最強』を目指すこと。
それがどれだけ不可能である事かは、あのニーネマフィアの男に思い知らされた。人は雲を掴む事ができないのだ。
それでも、心底そんな自分が好きで、どうしようもなく戦いが好きだ。
一秒後、俺の腕が無いかもしれない。二秒後には足がなくなり、その次に命が無くなるかもしれない。そんな『強者』との命懸けの戦いがどうしようもなく好きだ。
「やっぱ駄目だわ」
イーツはニヤリと口角を吊り上げて笑う。
「やっぱ、俺はこの世界じゃなきゃ生きられない」
どれだけ心を折られようとも、魚が水の中でしか生きられないように、イーツという男は戦いの中でしか生きられない。