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一冊目『物語とは唐突に』


そこは静寂と重厚とが重なる空間。

おびただしい程の本棚の量、そして壁面に取り付けられている本棚は遥か見上げるほど高い。


そんな空間の中心に一人の男が椅子に腰を下ろして座っていた。細い麦色の髪とその隙間から見えるどんよりと淀んだ黒目。線の細い男はどこか頼りなく見えるが、奇妙な存在にも思える。

男は本を読んでいるのだが、体はピクリとも動かず、ページをめくる動作が無ければ彫像のようだ。


「ふむ、なかなか…」


顔はピクリとも動かないが、声で感情を表現しており、その声は多少の面白さと興味深さを持っていた。


彼が読んでいたのは『パンプキン―パンプキン』と呼ばれる最近有名な作家リオネラ・メーセンが発表した短編小説だ。


これは道化役者のペッテングリフトが滑稽な演技を連発するだけの内容だ。

彼は口が上手い。

皆の前で饒舌に話す内容は一見我に返って見ると馬鹿馬鹿しい内容なのだが、聞いている時は皆信じてしまうのだ。


結末は彼を馬鹿にしていた連中を間接的に殺していく。


その中で最も有名部分『やぁやぁエポワール今日は晴天らしいよ。見てご覧?晴れ男のヤポングも傘を持っていないじゃないか!』はとても有名でエポワールがストーカー被害にあっていたのを知っていた主人公ペッテングリフトは雨が降る予報されていたにも関わらずエポワールに傘を置いてくるように命じる。そして、エポワールは学校から帰宅する時、地面を打ち付ける程の豪雨が降り始め、ペッテングリフトに騙されたと憤りながらも早足で帰り、途中で近道である路地裏に入ろうとする。

そしてストーカーに捕まり、エポワールは無残な死を迎えてしまう。

『あぁ、エポワール!我が同士!友よ!

無残な死を遂げた君を僕は一生悲しむよ。

〝あぁそう!僕は何も悪くない!〟』


本を閉じる音が空間に響いて男は本をしまう。


「リン、そろそろご飯の時間ですね」


「〝エナレス〟お兄ちゃん!」


エナレスが顔を向けた先にはまだ十歳程度の女の子が本棚に隠れながらこちらを見ていた。

こちらもエナレス同様麦色の髪をしているが目だけはエナレスと違い爛々と輝いており、生命に満ち溢れたエメラルド色に光っている。


「よく見つけられたねぇ!

さぁ掛かってくるんだ!悪の怪人『目死に人』!」


「人の身体的特徴を上手く捉えた怪人名ですね。

因みにリンは名前は?」


「エメラルドマン!!」


「女性ですからウーマンでしょう」


「???」


「いえ、なんでも無いですよ。

夕食を食べましょう。母様がお待ちのはずですから、行きましょう」


「しゅっぱーーつ!!」


リンと共に大きな扉を開け放つとそこは大きな庭だった。

この白い煉瓦で作られた建物はベアトリス大図書館であり、それは王城にも匹敵するほどの高さと荘厳さを持っていた。


綺麗に整備された道から外れて球状や正方形に刈られた木々を抜け、暫くすると小さな下へと続く階段がある。階段を降りて木製の扉を開くとそこはベアトリス大図書館の隣に立つ西洋風の屋敷の庭だ。


「はぁ、ここら辺は階段とか坂とか多くて面倒だよ」


「仕方が無いですね。ベアトリス大図書館は私達オラトレア家が管理しています。

ならばベアトリス大図書館が建っている丘の近くに屋敷を構えるのは当然の事でしょう」


「じゃあなんでベアトリス大図書館を丘なんかに立てたんだよ!」


「さ、行きますよ」


「ま、待ってお兄ちゃん!!」


リンと二人で玄関の扉を開けるとそこには青筋を立てたクール美女立っていた。エメラルド色の目と長い麦色の髪、滑らかな凹凸を魅せる美しい身体。リエスタ・オラトレア、二人の母親である。


「おや、母様。

すみません、少し興味深い本を見つけてしまったので」


エナレスが深く頭を下げると、リエスタは小さくため息を吐く。


「相変わらずね。エナレス。

もう少し子供らしくしたらどうなの?」


「子供らしくしているつもりなのですが、、上手くいっていないようですね」


エナレスと呼ばれた男がそう口にすると母親はまた、ため息を吐く。


「貴方に何を言っても無駄ね。ご飯よ、早く来なさい」


赤い絨毯に透明なガラス、重厚な壁と扉、どれを見ても金に惜しみを感じない屋敷、オラトレア家は位としては中流に入るが金は上流と遜色ないほど持っている。

その理由がベアトリス大図書館の管理権限を持っている事だ。ベアトリス大図書館は小高い丘の上に位置しており、そこに貯蔵されている蔵書の数は約50万冊であり、魔術禁書やネアール・プロイトロスが編み出した不可思議機構に関する記録なども存在し、一冊で国を滅ぼせる研究記録が沢山蔵書されている。

その管理権限を持っているオラトレア家は世界で唯一のベアトリス大図書館の管理権限を持ち、国からたくさんの金を貰っている。

しかし、王城から離れた位置にベアトリス大図書館があるため、オラトレア家も必然的に近くに屋敷を構える事となり、位は中流となった。

貴族は王を守る剣であるという認識があるので王城から離れた場所に住む貴族は位が下がるのだ。


エナレスはそんな見慣れた絨毯や高級な壺には目もくれずに扉を開けて中に入る。


「遅れて申し訳ありません、父様」


大きな長テーブル、その一番奥の席に現オラトレア家当主、キース・オラトレアが座っていた。

細く引き締まった体と彼の後ろに立て掛けてある雷槍(イオズナ)。鷹のような黒目はコチラを射抜かんとしているように見える。


「構わん、ベアトリス大図書館の管理権限を持つ我の息子ならばベアトリスの全てを知らねばならんからな」


「はい」


(本が好きでただ読んでただけなんですけどね)とエナレスは心の中で思いながら椅子に座る。

リンも彼の横に座り、ご飯を食べ始める。


「あ、そうだわ。エナレス、魔術学園の準備は終わってるの?」


「粗方終わっていますね。

後は本数冊バックに入れて馬車に積めば終わります」


「そう?ならいいわ。

食べ終わったら食器を重ねておいてね」


リエスタはニッコリと笑って退出する。料理で使った器具を洗いに行くのだろう。

本来ならばそれはメイドの仕事なのだが、リエスタは趣味で家族の夕食を作っている。

他に家事もやっているので、メイド達を困らせる。

そんな時はエナレスがよくリエスタの止めに行くのだ。


食べ終わり、食器を重ねてから退出し、2階のエナレスの部屋に入る。

部屋には色々な物が置かれている。しかし、それら全ては生活に必要なものばかりでエナレス自身が趣味で置いてあるものは小さな本棚と数冊の小説しかない。


ベットに腰を下ろして、大きく伸びをしながらベットに倒れ込む。


「……もう、かなり経ちましたか」


エナレス・オラトレア。又の名を笹島闇頭。

元マフィアのボスにしてサラリーマンでもあった彼は─────











───異世界に転生していた。


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