16歳の前夜
全編会話劇です。セリフだけで物語が成立するのか、ためしてみたくて書いてみました。
「だから、どこに行くつもりだったんだと聞いている」
「カールこそ」
「俺の行き先はお前に関係ないだろうが」
「じゃあ私のだって関係ないでしょ」
「それはある! お前はまだ子どもで俺はお前の守り役だ」
「明日で16になるもん。もう子どもじゃないもん」
「今日まではまだ子どもだ。さあどこへ行くつもりだった? もう日も暮れるってのに街へ出ていく時間じゃねえだろう」
「……」
「俺がこうやって車で拾ってやらなかったら乗り合いバスにでも乗るつもりだったのか? 帰りはどうする? 夜のバスなんざ子どもが一人で乗るもんじゃねえぞ」
「……」
「そうまでして出かける理由はなんだと聞いてるんだ。……そのポケットの手紙か」
「見てたの!?」
「ああ。出がけに突っ込んでたろう。誰に渡す?…男か」
「さあ…」
「さあ、って…相手はどんな奴なんだ? え?」
「……無愛想で、口が悪くて、すぐ怒って」
「はぁ? そんな奴がいいのか!?」
「でも、ほんとは優しいの。誰よりも私のことを考えてくれてるの」
「そいつはあり得ないな」
「どうして?」
「この世でいちばんリサのことを考えてんのは俺だ。二番目が旦那様。どう多く見積もってもそいつは三位だよ」
「カールは、お父さまよりも上なの?」
「そりゃそうさ。誰が10年も育ててきたと思ってんだ」
「…やめちゃうくせに」
「あぁ?」
「私が16歳になったら、お守り役をやめちゃうんでしょう?」
「そりゃあ…はじめっからその約束だったんだから」
「私が16になったらやめるって?」
「いや。16までに一人前にしてくれって」
「なんで16で大人にならなきゃいけないんだろ…」
「そんなこと言ったってお前…まあそういんもんだとしか…。あれだぞ、16の誕生日を過ぎたらわんさと求婚が来るぞ」
「求婚!? やだ、まだお嫁になんか行きたくない! だいたい求婚って、カールみたいなオジサンが来るんでしょう?」
「俺はまだ26だ! 心配すんな。旦那様は無理に結婚させようとはなさらないよ。ゆっくり時間をかけて選んで…リサが望む相手がいるなら、それだって構わないとおっしゃってたよ」
「望む相手なんて…」
「そら、そのー手紙の奴はどうなんだ?」
「この人は私のことそんな風に見てないもん。絶対ありえないよ」
「生意気な奴だな」
「ええ?」
「そこいらの奴にお前をくれてやる気はさらさらないが、お前をふる奴がいるってのも、それはそれで腹がたつ」
「ふふっ、おかしいの」
「…惚れてんのか? そいつに」
「わかんないけど…その人に嫌われるのは怖い」
「惚れてんじゃねえか…」
「でも…。ねえ、カール。子どもの“好き”と大人の“好き”は、どう違うの?」
「なんだと? そうだなあ……自分より相手を優先できるかってことかな」
「相手を?」
「少なくとも俺は、自分のことよりもまずその人の幸せを考えてるよ」
「進行形……誰かいるのね」
「ん?」
「……ごめんなさい。この手紙、本当はカール宛に届いたものなの」
「俺に?」
「家族の方からでしょう? カールがお守り役をやめてしまうタイミングだったし、この手紙を読んだらカールが出ていってしまうんじゃないかと思ったの」
「なんだってぇ?」
「私がくっついていれば、カールは出ていけないと思ったの。だから、カールが出かけようとしてたのを見て、わざと見つかるように外に出たの」
「俺を追いかけて来たってのか…。俺は、リサの守り役は卒業してもあの家を離れるつもりはなかったんだけどな」
「そうなの!? うちでなにか、別のお仕事をするの? 本格的にお父様の秘書とか?」
「仕事? ああ、いや…うん…けどさっきの話を聞いちまったらなあ…いや待てよ?」
「なあに?」
「手紙の話が嘘だったんなら、その、さっき言ってた男は?」
「その人は、ほんとにいる人だよ」
「そっか。リサも好きな人くらいできる歳だもんな…けど、そいつに振り向いてもらえないんならどうすんだ?」
「さあ…その人じゃなきゃ、誰と結婚してもおんなじ…」
「……」
「でも、どうせ“子ども”の気持ちだもん。その人よりもっと好きな人ができたら、コロッと変わるかも」
「ふぅん。ならまだ勝負は決まったわけじゃないんだな」
「え?」
「よし! 今からそいつに会いに行くぞ」
「えぇーっ!」
「遠目に見るだけでいい。俺が認められる奴かどうか、見てやろうじゃねえか」
「どうかなあ。カールは気に入るかなあ?」
「なんだ。俺が認めないような奴なのか?」
「そうじゃないけど……ねえ、どこかに鏡はないかしら。大きいのがいいんだけど」
「鏡だぁ? なんだよ、遠目に見るだけなのに身だしなみ整えたいってか」
「うーん……ね、やっぱり家に帰ろう…?」
「家に? 着替えでもすんのか。……おい、まさかそいつは屋敷の人間じゃないだろうな」
「さあ…」
「そうなのか! どいつだ? 待てよ、リサが惚れるような若い男がいたか? なにせ俺が最年少……」
「……」
「!」
「…鏡、いるでしょ…?」
「ああ、鏡、な。いや…やっぱり今日はよそう。明日にしよう」
「どうして?」
「今日まではまだ、俺はリサの守り役だからな」
「明日になったら?」
「さあ、そいつは…明日わかるさ。さ、引き返すぞ」
「カールの用事は? よかったの?」
「ああ。俺の用事はその手紙さ。姉貴に出した手紙の返事がそろそろ届くはずだったんだ。どうしても今日中に受け取りたかったから、郵便局に届いていないか聞きに行こうとしてた」
「そうだったの! ごめんなさい」
「いや…中身、代わりに読んでくれないか?」
「私が? いいの?」
「俺は運転中だから。ほら、早く知りてぇんだ」
「うん、待って……『親愛なるカール。家のことは心配しなくていいから、あなたの思うようにやりなさい』」
「うっし!」
「手離しちゃ危ないって! これを待ってたの?」
「ああ。書いてあるのはそれだけか?」
「んーと、追伸がある。『追伸、お母様の』……」
「どうした?」
「……!」
「続きは?」
「『お母様の形見の指輪をあなたに譲るのは、お嬢さんへの求婚が首尾よく成功してからの相談ね』」
「ちぇ、それじゃ順番が違うんだよな。……なんだよ、泣いてんのか?」
「ねえカール、お嬢さんって、誰…?」
「さあ、それも明日になればわかるさ」
「どうしよう、私」
「何が?」
「カールがいなくなっちゃうと思ってたから、16の誕生日がずっと来ませんようにって神様にお願いしちゃったの。やっぱり早く16にしてください、なんて、今さら言ったら怒られるかしら? ……なに笑ってるの? もう、やっぱり私のこと子どもだと思ってる…でもいいわ。無愛想って言ったのは撤回してあげる。んもう、また笑うんだから……」