アスライラ ルート
他は後でもいいけど、アスライラの弱味はさっさと探ってしまおう。そうすればこのモヤモヤした気持ちも少しは晴れる筈だ。
アスライラは部屋を出るので、私やカルクスはその後を追うことに―――――。
"""""
『……ぃちゃん!あれだよ女神様の象』
『女神ね~本当にいるか怪しいもんだけどなあ』
"""""
アスライラはどうやら変装し、街に繰り出すようだ。
サングラスとマスクをしているが、アスライラの薄い紫の髪はそういない。
これはプルテノ星人の特徴で、デブッサイがその星生まれだからだ。
「ふぇえ……おねぃちゃーん……」
なにやら泣いている人間の幼い女がいる。世にきく迷子というやつかしら。
なにを思ったのか、アスライラは泣く子に近づく。―――まさか、五月蝿<うるさ>い黙れと首を跳ねるの?
「ちょっとそこの娘」
「え……」
「これみよがしに道の真ん中で泣いてどうしたの?」
それは言わないであげてよ。
「おねぃちゃんが……」
もしかして死んじゃったのかしら。いくら女神でもライフドデスターでも無い限り、死と生は操作できないわ。
「病気なの……でも……」
おそらく金が無くて薬が買えないのだろう。生きていてよかったわ。
「お薬買うお金ないの……」
「じゃあこれで買いなさい」
アスライラが札束を袖からとりだした。目の前の小女は唖然としたが、一枚だけ抜いて、礼を言って薬局に行った。
貧しい者に施しなんて、アスライラの柄じゃないように見えるけど、どういう心境だろうか。
「今から実は善人アピールしておけば、ギャップ的な民の支持率アップするわよね?」
ああ、そういうことか――――
今の発言で好感度ゼロからマイナスの値に下がったわ。
やっぱりこいつにいいところなんてない。
「お食事のほうは―――」
「お召し物は――」
「明日はどのような物を用意いたしましょう」
メイド達は忙しなく部屋へ訪れる。明日は他の星から使者がくるらしい。
ただの使者ならこんな丁重に扱うことはないが、なんといっても最大惑星のジュプス。
全惑星の筆頭にして重鎮、とても偉い全知全能の神が加護するアレだ。
「アクセサリーは要らないわ」
そういえばこいついつも黒にシルバーのチョーカーしている。
金属アレルギーというやつかしら。
でもあれはマンガンやクロムなど安い金属で起こると聞いたことがある。
ティーピーオーでアクセサリーをつけられないならチョーカーをとって付ければいいのに。
なにか引っ掛かるが、さすがに明日の会食はしくじれないわよね。
ジュプスの女王ったらすぐ星を滅ぼすとか言っちゃう我が儘な人らしいし。
噂では父親である前星王を暗殺して即位したという。
我が儘って恐ろしいわね。
別にカレプレンが滅ぼうと構わない。しかし私が自分の手で滅ぼすのが目的なわけだし。
第一にまだ女神に戻れていないので、今はこの星がなくなると困る。
「ようこそ我がカレプレン星へ!!」
使者が来たようだわ。私は天井裏から会食の様子を見ている。アスライラがヘマしないようじっくり観察してやる。
「ゼレスティーヌ陛下!!」
―――あの陛下が直々に来たああああ!?
「ゼレスティーヌ陛下は前王を圧倒する手腕にてかつて小国であったジュグ=ジュプスを宇宙の要たる大国に確立なされたとか」
「まあ……尊いですわ」
ンナンフェが女王ゼレスティーヌの経歴をだし、アスライラは誉める。
尊いって……イマイチな言葉よね。
アスライラは欲望に忠実でマナァや常識より剣とか話術やらばかりやってきたに違いない。
ボロを出すどころか女王の機嫌をそこなわないか不安である。
ある意味でラッキーといえばそうだが、アスライラを下げればイセリーの評価が上がるわけでもない。
これは奴一人の問題ではない。何も出来そうにないとはいえ、このままみているだけでいいだろうか――――――
奴は馬鹿だろうけどそこまでの間抜けではないだろう。きっとそうだろうと、思いたいし、信じたくないけど信じるしかない。
会食をハラハラしつつ様子を眺めていると、ゼレスティーヌがカチャリと銀食器から手を離した。
「この星は女人<めひと>主流の狩猟民族……男人<なひと>に勝るとも劣らぬ兵力。を誇ると聞いておる―――」
聞くばかりだったゼレスティーヌ。
やっと口を開いたと思えば、武力に食らいついた。
普通なら知りたくてもやんわり先伸ばしにするであろう軍系の話を、ズバリと切り込むとは。
さすがは惑星トップに君臨しただけあるわね。
「アスライラは星一番と言っても良いほど剣の腕が立ちます」
ンナンフェは苦し紛れか本気か正気か、アスライラの唯一の取り柄のそれを売り込んだ。
この場にイセリーがいないから妥当。
明日はイセリーの取り仕切る外交なのだし、きっとンナンフェが王座を譲らせたくなるようなことを計画しているはず。
この場にいないイセリーに代わり“今日は勝ちを譲ってやるわ”と思っておく。
「ほう、女王自ら絶讚するか……その腕前ぜひとも拝見したいものだ」
付き人が剣をもって後ろにスタンバイしている。
ンナンフェは何も言わない。アスライラの剣の腕については軽く聞き流されると思っていたのだろう。
「では闘技場へ参りましょうか」
食事を済ませた一行は、まさか食いつくとは予想もしていなかったチャンバラへ向かう。
―――剣を鞘から抜くような金属音がした。
もしかして、ゼレスティーヌも剣の使い手?
「ゼレスティーヌ大王は前大王と自ら戦い、仲間達と見事王座を勝ち取られたそうです」
あらそうなの、親切に解説ありがとう――――って誰だと思ったら……なんだエルゼルじゃない。
主神の加護を持つ大王相手に勝つなんてまさに覇王ね。
「そんな相手に、アイツは勝てるか、なんて無理ね。考えるだけ無駄だったわ」
―――というか、こういう接待である賭け事は勝利して良いものなのだろうか?
キィインという音が耳に響く。
剣を合わせるというより鉱物で作られた武器の叩きつけ合いだった。
「ただのうつけと思うておったが、中々やりおるな……」
ゼレスティーヌはニヤリ、表情を一変させた。
攻撃を受けるアスライラは案外余裕か、はたまた手を抜かれているのか。
「お褒めにお預り、光栄です!!」
アスライラは遠慮なく大王ゼレスティーヌへ斬りかかる。
「大きく出たせいで隙があったな」
ゼレスティーヌはアスライラの剣を弾き闘いは決着。
―――くやしいけど、この闘いを見ていて圧倒され軽く鳥肌がたってしまった。
「さすがは陛下」
ンナンフェの言葉からアスライラを含め皆が手を叩いた。
アスライラは負けてしまったけど、中々いい勝負をしていた。
大体あの大王に勝てるわけもなく、外交的にもこれでよかっただろう。
―――って、私なんであんな奴のことなんて考えているのよ。
「ではこれで失礼します」
「あ、イセリーの警護を頼むわね」
「はい」
……エルゼルは持ち場へ戻った。
◆
外交が終わり、ゼレスティーヌは転送装置で帰星、便利な世の中になったものだわ。
まあ大王が暗殺者に狙われそうな目立つペガサァスやユニクゥンの馬車で帰るわけがないか―――
私は一応は侍女だし、見ていたのがバレないように先回りしてアスライラの部屋へ行く。
「おかえりなさいませ」
部屋に戻ってきた奴を出迎える。
「あー久々に疲れたわ~」
そう言って、ソファに座るとハイヒールを乱雑に壁へ叩きつける。
壁に軽くヒビが入った気がしたけど、今更どうってことないわ。
好きな人がイメージにそぐわないガサツだったなら幻滅モノだが、はじめから嫌いな奴がガサツだろうとどうでもいい。
最低スタートなのだからこれ以上下がることはないのだから。
「お茶でもいれましょうか?」
「どうだった?」
―――なにが、どうだって?わけがわからない。
こいつはいきなり何を言い出すのよ。
「ジュグの大王のことよ、来訪するところを見たでしょ?悔しいけれど美人よね~」
ああそういうこと、しかし私は天井裏スタンバイだった。
そのためゼレスティーヌの来訪する場など見ていないのだ。
まあ窓から見たテイで行けばいいだろうか。
――ていうか、異星<いせい>の大王と張り合ってどうするのよ。
こいつの容姿の善し悪しなど、すさまじくどうでもいい。
第一に顔がよかろうがわるかろうが、男も女も王女の肩書きでいくらでも集まる筈だ。
「で、お茶は?」
「……今いれます」
―――というか、なんで今はこの部屋に私とアスライラしかいないのだろう。
「自分から言い出したことなのに……」
やろうとしてたのに、お前が変なこと聞いてくるからじゃない。
だいたい、返事がなかったんだから分からないわよ。
「どうぞ」
せっかく二人きりなんだから、お茶に毒でもいれてやればよかったかしら。
疑う様子もなくアスライラはそれを飲む。
私は政敵のスパイでいくらこいつが馬鹿でもそれは察しているだろうに、怪しむ素振りを見せなかった。
―――なぜ、もっと警戒したらどうなの。
私が真っ先に命を狙うか、ジワジワと時間をかけるか死ぬのを覚悟で博打をうったの?
それともただ考えが及ばなかったか、信頼のフリか、それとも私の考えすぎなのだろうか―――
アスライラの前ではへりくだりつつ苛立ちを隠す為、二重に取り繕う必要があり普段の二倍疲れる。
早く時間が過ぎることを願いながら、その場に立ち尽くした。
「ソファ空いてるんだから座れば?」
「……失礼します」
つい言われた通り座ったけど、これは疲れたからであってアスライラに負けたわけじゃない。
弱味を探ろうとしてもまだ近づいて二日なので見つからない。
そしてこいつはおそらく楽天的なタイプ。軽いネタではケロッと開き直られるだろう。
確実に一撃でノックアウトさせたい。
正面から挑めば剣で返り討ち、暗殺は私が疑われるリスクがあるので論外。
ならイセリーを正当に即位させるしかない。
それにはアスライラを蹴落とす必要があり、振り出しに戻る。
「夕方なので、失礼します」
ようやくアスライラから解放される時間だ。
「ああ、そうだ。この手紙をご当主に渡してくれない?」
現当主である母にこれを渡すということになるわけだが、今は怪我で床にふしている。
――いったいなんの手紙だろう。
「わかりました」
「いっておくけど手紙の中を見たり、当主以外に見せたらお仕置きよ」
部屋を後にし、門番に手を降り、待たせていた馬車に乗った私は手紙を―――
◆
【読む】
→【読まない】
――約束なんて理由はあいつには不似合い。
いや、もしかしたらアスライラの個人的な手紙ではないのかもしれない。
女王からの重要な手紙の可能性もあるので、読まないほうが懸命だ。
それに今時のシールならよかったが、紋様入りの封なので開けたことが知られる。
もしアスライラの個人的な手紙だったならなぜ母に手紙を送るのか、という疑問から中身が気になって仕方がないが、我慢しよう。
それに中身を読んで、明日あいつにカマをかけられたらうっかり薄情してしまうのは予見できる。
屋敷につき、馬車から降りると別の馬車があった。降りてきたのは薄い茶の髪の男、コンハー。
「待ってくれハキサレーラ嬢!」
「……なによ?」
婚約者でもないのに図が高いわね。
「許してくれ!」
「……」
許してもなにも、どう許せというのだ。私はこいつが婚約者とマレクロンに言われてからそうだと認めた。
だが、会うときお茶を飲みつまらない話をきくくらいで、こいつのことをなんとも思っていなかった。
多少なりとも好意があったかどうかもわからない。
私はコンハーを無視して屋敷に入る。
「ただいま」
「お帰り」
マレクロンが穏やかな表情で私を出迎える。彼は朝に仕事しているので私より帰りが早い。
最近ウソルの従者をやり始めたリグナントはまだ帰宅していないようだ。
「お母様に挨拶してくるわ」
「それは?」
「アスライラ王女からお母様へ渡すようにいわれたの」
「そうか、母様はまだ気分が優れないだろうし、僕が代わりに目を通しておくよ」
◆
【渡す】
→【渡さない】
「そうだわ、今日の夕飯はなにかしら?」
当主以外に見せるなといわれたので、私は関係のない話をふって、手紙から話をそらした。
私がみたらごまかせないだろうから、マレクロンなら問い詰められてもうまく交わせるだろうから、見せてもよかったけれど。
「ただいま」
ちょうどいいタイミングで帰宅してきたリグナントがあきれて私をみている。
「今日はなんだか疲れたから、夕飯が出来るまで部屋にいるわ」
「ああ」
「はぁ……姉さんは相変わらず食事のことしか考えていないみたいだ」
――――――――
部屋に入り、ドアを閉める。早速神力の抽出具合を見よう。
窓辺へいくと、ビンの横に黄金の花が添えてあった。
一体誰がなぜおいたのだろうか、部屋には鍵をかけてあり、入れるのはマスターキーを持っているのは執事長のみ、しかし執事長が無断で花をおくはずがない。
それにこの金の花は神界ゴルダーンにしか咲いていないもの。
人間界ミーゲンヴェルドには、神が持ち出さない限り絶対にない。
つまり私を知っている神がこの世界へ降りた。ということになる。
だが神力の花に手をつけられていないならどうでもいい。
――この花からとれる力はもうない。となれば新しい花を探さなくてはならないが、効率的に採取が出きる場所も検討がつかない。
女神に戻ろうと考えたのはつい最近、力を回復する花を集めようとしたのもその時から。
女神だったときはゴルダーンにいるだけで人間でいう呼吸のように神力が自然に入っていた。
だから花が生える条件はまったく知らないのだ。
―――なんだか外が騒がしい。窓から様子を覗いてみる。
何組もの恋人達が城の近くにある広場へ向かって歩いている。ああ、もうそんな時期なのね。
結婚を誓った男女が噴水に自分の生まれた年月のコインを年の数投げ、噴水の中心にある女神の持つ杯に入れられたらその数だけ一緒にいられる。
という胡散臭い儀式。本当なら今頃コンハーと行っていたんだろうと、憂鬱な気分になる。
考えてみれば奴は間違ってはいないわ。相手は王女、私は公爵家。婚約は家の利益の為のもの。
神から見たら下らないけどそれが人間の常識ってわけよね。
貴族の家が消えても下から新しい人間が上がって、代わりはいくらでもいるのだ。
家の存続だとか、どこかの貴族が愛に生きて家が滅ぼうがどうでもいい。
そもそも王は国と民を纏める人間、なら貴族は何をしている?
政治をやるのは王でいいし、優秀な民がいれば貴族なんていらないんじゃない。
それとも優秀な民が貴族という称号をもらうのか、貴族なんて自分の利益しか考えていない印象しかない。
元の私ならきっと目についた時に消していた。
ポジティブに考えましょう。奴が婚約者より利益を優先した最低男気がつけたいい機会なのだと。
――手紙を渡すはずだったが、母はまだ眠っているだろう。
ちゃんと自分の手でやらないと気がすまないので食事の前にでも立ち寄る事にして、呼ばれるまで愛読書の“水晶守りの竜巫女”を読みながら待っていよう。
読みはじめて数分、物語の序盤が終わるところでドアをノックされる。
予定通り母のクランナの部屋へたずねると、ベッドに上体を起こしていた。
クランナは一週間前に何者かに襲撃され、大事には至らなかったが片足に全治二週間ほどの怪我を負ってしまったそう。
それからマレクロンが屋敷の警備を10名ほど増やした。
「お母様、気分はいかが?アスライラ王女から手紙を渡すようにと言われて持ってきたのだけれど……」
「あらあら……病気ではないのだから、そんなに気を使わなくてもいいのに」
夕食が運ばれて来た。私は手紙を渡して、部屋を出る。
「姉さんあんなに夕飯を気にしていたのに、遅かったじゃないか」
律儀に待っていたリグナントがいう。
「待っていてくれたの?悪いことをしてしまったわね。お母様の様子を見てきたのよ」
「そうなんだ。様子はどうだった?」
とお茶を飲んでいたマレクロンはカップを置いてたずねる。
「病ではないから大丈夫ですって」
「まあそれはそうか」
「早く母様の怪我が治っていつものように四人で食卓を囲めるようになるといいね」
といって私達はグラスをかかげて食事を始める。
「そういえば、王家から手紙があったんだろう?」
「ええ、さっき母様に渡したわ」
厳密にいうと、王家からなのかは分からない。
「へえ、手紙なんて珍しい。滅多にないんじゃない?」
それはそうだ。しかもなぜアスライラから渡されたのだろう。
私用だとしても、クランナとの接点が見当たらない。
◆
―――マレクロンならなにか知っているだろうか。
【聞いてみる】
→【止めておく】
くだらないことを聞くのはやめよう。
ディナーを大体食べ終えた私達は大本命のデザートを食べるところだったのだが、慌ただしく使用人がやってきた。
「どうしたの、デザートは……」
「申し訳ありません!!デザートは今作り直しております」
「え?」
クランナの食事に毒が盛られていたらしい。私達はもう食べ終わったので毒の危惧などしても遅いが、念のために私達に出すデザートは厳重に作り直すという。
いや、デザートとか暢気に言っている場合ではないわ。
いまはクランナを屋敷に住み込んでいる医者が看ているという。
「なぜそんなことを……!?」
「待って兄さん、行ってもきっと入れないよ」
マレクロンが動揺し、母の様子を見に走り出そうとするのをリグナントが止めた。
彼は医者が治療の邪魔になると入室拒否されると冷静に想定したのだろう。
この件を知るのは屋敷の中にいるものだけで隠される事になったが、翌日になりアスライラに手紙を渡したことを報告した。
一応母のことを言うべきだろうか、だが信用できる相手ではないし、個人的に嫌いな相手だ。
→【言う】
【言わない】
私は当主たる母が昨日毒を盛られた。という事を話した。
絶対の確証はないがこいつにそれを話したからと言って、もう起きたのだから今更何をするわけでもない。
ただこいつが犯人ではないことは想像がつく。
たとえば政敵の見方になりうる公爵家として当主に毒殺や私に対する嫌がらせのためにした。
そう考えても、わざわざ手間のかかる真似をしなくても、王女の権限でやろうと思えば真っ向から屋敷を潰しにくることはできる筈だ。
というかこいつなら堂々と周りに見られながらムカつく相手の屋敷に爆薬をしかけて大爆破とかをやりかねない。
傍若無人ぶりはいつものこと、と周りは大して何も思わないだろう。
「それ屋敷外にはの秘密の話でしょ、どうして私に教えるの?」
アスライラは孔雀<ピーカック>扇子をヒラヒラとさせながら愉快そうに問う。
→【信頼しているから】
【義務】
「それはもちろん貴女サマを信頼しているからです」
なんてガラにも心にもないことだが、言っておこう。
「へえ……そうなの」
アスライラは扇子で顔を隠し、背を向けた。―――なにまさかもしかして照れてる?
―――そういえばカルクスの姿がないが、一体なにをやっているのだろう。
「昨日からカルクスを見ないのですが」
「誰、ああ新入りの従者ね。城の庭にでもいるんじゃないの」
なにこの覚めた反応はカルクスはアスライラ好みの美形だろうにずいぶんと冷たい扱いだわ。
「それより城抜けるわ」
「ええ!?」
―――何が悲しくて女二人でカップルだらけの噴水へ繰り出すのよ。やはりカルクスを探して連れていこうかしら。
【探して連れていく】
→【しかたないから二人でいく】
カルクスを探している隙などなさそうだ。しかし私といて万が一命を狙われたら責任が私にふりかかるのよね。
「二人だけで行くのは色々とまずいと思いますけど?」
「なんで?」
丁度いいところにカルクスが現れた。
「二人で城を抜け、万が一王女になにかあれば責任は彼女へ行くので……」
「ならしかたないか……お前もついて来なさい」
もう面倒だし、私はここで待機してカルクスと二人でいけばいいんじゃないかしら。
「カルクス、私がいてもしかたないわ。王女を噴水へお連れしたらどうかしら?」
「噴水でなにかあるのかな?」
「恋人達のイベントがあるわ。私も婚約者といこうと思っていたけれど、どこかの誰かに婚約者を奪われていけなくなったけど」
「……」
カルクスがアスライラをジト目で見ている。
「さあ行きましょハキサレーラ」
「え?ですからカルクスと二人で……」
「なんであいつと?嫌よ」
むしろこっちがなんでよ。ため息の出るほど美形のカルクスを差し置き同性の私を連れていく意味がわからない。
そしてアスライラは有無を言わさずおしきる。変装するといって私達を部屋から出した。
あいつは部屋のドアから出るとまずいので抜け穴からこっそり出て、裏手から出る私達と合流する。
「待った?」
どこぞの誰かと同じ薄く紫がかった白髪を縛り、後ろに流した髪整った顔立ちの見知らぬ青年はタートルネックとグレーのコートを着ている。
「……どちらさま?」
「顔は変えていないというのに、わからないのか?」
「……まさか王女?」
「そうだ」
声まで変えられるなんて今の技術はすごいわね。
口調も違うけど、むしろしっくりくるわ高圧的な雰囲気が。
「なんで話し方まで変えてるんですか」
カルクスがたずねる。
「格好が変われば性格も変わるさ。大体この格好でいつもの口調をしていたら気色が悪いだろう」
たしかにそうだが、こいつ腹立たしいけど男の姿のほうが似合っているわ。
「……コインを全てあの水瓶にいれればいいんだったか?」
「ええ、入った数が一枚一年、恋人と幸せでいられる年数だそうです」
――恋人もいないのになんで来たのかしら。
アスライラはコインを18枚入れ、その中の一枚だけ水瓶に入れる。
「一年で別れるみたいですね~」
カルクスがニヤニヤと笑った。彼もなにかアスライラに恨みでもあるのかしら。
「このジンクスが‘恋人’と幸せでいる年数なら一年で夫婦になればいいだけだろう」
その発想はなかったわ。
「君はやらないのかい?」
「私はいいわ恋人がいないから」
ついトゲのある言い方をしてしまう。本人がそばいるから余計にだ。
こんな幸せそうなカップルだらけのところにいられない。
早く帰りたいと思っていると、ピンクの花のつぼみが広場の花壇に生えていた。
しかもそれは私が探していたもの。だんだん花が開いていく。
まさか、こんなに沢山咲いているなんて。広場なんて普段から通っている筈なのにどうして気がつかなかったのだろう。
――だが、普段そんなに咲いていたらわかる筈。つまりいつもはなくて、今日この場にあるものが関係している。
今日はカップルが沢山いる。もしかして花の芽吹く条件は恋人達のいる場所とか?
そうだとしたら、これから一週間、花を摘み放題だわ。
この花はただの人間には見えないので、公共の場から摘んでもしかられない。ただ使用人にも見えないから誰にも頼めない。
今はエルゼルがいないから私が回収するしかないわね。
人前だしあまりやりたくなかったが、花を食べて直接力を摂取する方法もある。
ただ花の蜜は甘いのが救いか、でもこの花は見えないのだからそんなに問題ではないかも?
―――カルクスがみてる。なんなの、花が見えているのかしら。
稀に霊力の強い人間なら視ることが出来ることもあるようだが、超絶困る。
私の背後になにかあるのか、そうであってくれと願いつつふりかえってみる。
「そこのお前、一人かい。アタシ達とお茶しないか?」
―――アスライラが女にナンパされ囲まれている。これは想定していなかった最悪の事態だ。
正体がバレたらどうするのよ、どうしよう。そもそも男装でくるのも想定外だったわ。
さすがにアスライラも正体がバレないように女達に何かを黙ったまま反論しない。
→【助ける】
【助けない】
カルクスに行かせようにも美形なので間違いなく拒否なしでハントされる。
よって、あの女達は私がなんとかしなくてはいけない。
「ちょっと、私の男に何か用かしら」
「なに、アンタのツレ?」
「よしとこーよ、そいつ高そうな服着た貴族サマじゃん。他探そ」
「ちっ……久々にいい男だと思ったのに」
女達はあっさり引き下がっていく。乱闘にならなくてよかったわ。
「用も済んだでしょう。そろそろ城に戻りませんか?」
「そうだな」
アスライラはなぜ今日外出したがったのかしら。特定の恋人がいるわけでもなさそうなのに、ただ噴水にコインが投げたかったのだろうか。
城へ無事に戻ることが出来、何事もないように振る舞う。
珍しい呼び声がして、窓を見てみると行商人がやってきていた。
「カルクス、私あの店に買いにいくから、何かほしいものがあるならついでに買うわよ」
「ええと、和酒入りのチョコを」
「じゃあ私にはカライーゾを買ってきなさい」
アスライラも便乗してきた。私はアスライラの部屋を出る。
「久しぶりハキサレーラ」
「イセリー王女」
食事前に部屋を出ているなんて珍しいわね。
「アイツの様子はどう?」
「まったくいつも見ている通りで、王座を狙う様子がみられません」
すれ違い様に包み隠さずありのまま、起こっている事を話した。
なら引き続き頼む。というような視線に頷いて、行商人の元へいく。
こういう出店のようなところには初めて来たが、行かないと買えないはずの店が近くに来て、自由に動くというは中々面白そうだ。
「いらっしゃいませ」
店主はこの辺りでは珍しいミントアイス色の髪をしている。
「リンgo飴と和酒チョコとカライーゾはある?」
「はい、いくつになさいますか?」
「そうね、貴方次はいつくるの?」
「一週間後あたりですね」
「ならリンgo飴は1ダァス、他はとりあえずひとつずつでいいわ」
「かしこまりました」
店主が用意している。なにか珍しいお菓子はないかと店の商品をみる。
「この長四角いのはなに?」
「ガァムです。噛んで味を楽しみながら膨らましたりするんですよ。ああ、飲み込んではいけない仕様ですが」
興味はあるけど飲み込めないものを口にいれたくないわ。
「へー変わっているわね。じゃあこれは?」
「ソフティキャンデェです。ガァムのように噛めて飲み込んでもいい柔らかい飴です」
「買うわ」
飴なのにガァムのようなんて不思議~。
「ありがとうございました」
「またくるわ」
家に帰るのが楽しみだわ。早く夕方にならないかしら。
「待った?」
「今きたところです」
買い物を終えて城内に戻る途中、なにやら庭で女と男が待ち合わせをしている場面にでくわした。
―――近くの花壇に花のつぼみがひとつある。やはり恋のあるところに咲くのね。
「あたしアンタが好き!」
「……え!?僕も……」
ハイハイ、ボクモアナタガスキデース。お幸せに。見知らぬカップルの誕生に苛立つ心をおさえつつ、二人が去ってから花をつむ。
「……?」
なんだか視線を感じ、後ろを見る。物陰から男が私をみていた。
「あ、どうも」
彼はなんだかきまずそうに、ペコリと頭を下げた。
―――もしかして、さっきのカップルを見ていたのかしら。
状況から察するに、この男は彼女の事が好きで観察していたとか?
「お前、怪しいわね出て来なさい」
どんな理由であれ、怪しい人物を見逃すわけにはいかない。
「……はい」
男は逃げるそぶりもなくすぐにこちらへやってきた。
「まずお前の名と役職をいいなさい。それと何をしていたの?」
―――なんだかこいつどこかで見たことのある顔ね。
薄い茶の髪の色も誰かに似ているわ。
「自分はサーヴァーという役職は城の兵士です。お恥ずかしい話……さっきのカップルを……」
「ええ、薄々それはわかっていた。皆まで言わなくていいわ。……どこかで私と会わなかった?」
「おそらく初対面ですが……」
といった男が止まり、視線の先を観るとしつこくイセリーに近づくコンハーがいた。
「もしかして、コンハー=キークソンの身内?」
「はい、弟です」
「……弟がいたなんて初耳だわ」
「自分は不出来な弟なので城内では兄弟だと公にはしていませんが」
役職の賜物か、本当に血縁者か疑いたくなる謙遜ぶり。
あいつに爪の垢を飲ませてやりたいくらい。
権力者にすりよってくる他力本願な奴より、実力勝負の兵士のほうがよっぽどいいだろう。
コンハーの血縁者なら使えそうとも考えた。
しかしコンハーを嫌っている様子はないので仲間に引き込むのは無理だが。
「長話したわね。さっきのは同じ境遇者のよしみで見なかった事にするわ」
「……ありがとうございます」
私はアスライラの部屋に戻る。
「遅い……」
私が寄り道したせいか、今にも斬りかかりそうなくらいにめちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。
「もうしわけありません」
「店で買ったところは窓から見えてたけど、それから戻るまでなにしてたの」
“とにかく謝れ”とでもいうのかと思っていたが言わずに一応理由は聞くのね。
「……お花をつんでいました」
「花なんてないじゃない」
こいつに見えないだけで、つんだし嘘は言っていない。
「―――花というか、男あさりの間違いよね」
「……!」
なぜここからは見えないはずの距離にある裏庭で話していた事がわかるのだろう。
「誰と話してたの?」
「え?」
そんなのあんたに関係ないんだから、どうでもいいじゃない。
「正直にいいなさい。これからは私とカルクス以外の男と話すの禁止にするわよ」
カルクスはいいのね。というかそんなこと言ってくるなんて、どうかしてるわ。
なんて言えばいいかしら。
◆
→【元婚約者の兄弟だと話す】
【結構かっこいい男だった】
隠してもどうせバレるのだし正直に話したほうがいいか。
「私と婚約解消した男の弟です」
たまたま知り合った男が嫌いな奴の弟だった。
その詳細を話すと余計ややこしくなりそうなので、かいつまんで結果を話す。
「そう、まあそんなのはどうでもいいわ」
やっぱり興味ないのね。もしかして私に男をとられるのが嫌だからなのかしら。
「とにかく男に近づくの禁止ね」
「……アスライラ王女、私が家を継ぐときには伴侶を迎えないといけません」
独身では爵位が継げないため、コンハーとの婚約は元当主の母クランナが何者かに襲撃され、怪我をした件もあり、何かあった場合に備え、いつでも爵位を継承できるようにマレクロンが進めた事なのだ。
継承してから結婚でも良いと思うが、そういう形式だから仕方がない。
というかアスライラの邪魔さえなければ、何も問題はなかった。
「なら兄にでも継がせれば?」
「この星は女が家督を継ぐのが習わしですから」
「……じゃあハキサレーラ、貴女の兄にいい相手を探してあげる」
「公爵家に釣り合うとすれば同じ公爵家か王族。しかし王族の女性は陛下や王女のお三方。先代王の親族家からなる他の公爵家とすれば……女性は家を継ぐのでそうそう該当者がいないと思いますが」
「心配しなくても公爵家に釣り合う位の高い女を、他星から連れてくるわ」
なるほど、この星の女にこだわっていたが他の星でもいいのか。
――なんでアスライラは私に家を継がせたくないのかしら。
ただの側使えなんて替えがきくし、私ほどアスライラを嫌いっている危険な存在はない。
「……お気持ちはありがたいのですが、私は公爵家を継ごうと考えています」
というのは建前、どうせ女神に戻ったら面倒なことも全部なかったことになって、悠々自適な天界生活が待っているのだ。
そうしたらこの星からは――やっぱり改めて考えると私アスライラやコンハーが嫌いなだけで、この星を壊したかったわけじゃない。
イラつくこともあったが、案外悪い人間ばかりではない。
この星の沙汰は私が天界に帰ってから決めよう。
―――もう夕方になっている。私は帰ることにした。
道中でまたコンハーがイセリーにごますりしている。
もうあいつはどうでもいい。門を通り馬車の前に近づいていくと男が立っているのが見えた。
薄茶髪の男、さっき向こうにいたはずのコンハーだ。先回りするにせよ、どうやってここに来たのだろう。
「やあ久しいねハキサレーラ嬢」
「もう、またなの?」
久しいというか最近会ったばかりじゃない。
「あれからしっかり考えたんだ。どう謝罪しても許してもらえるとは思えないが謝らせてくれ」
「……」
「君との婚約を破棄しなければ家を潰すと王女に脅されていたんだ。すまなかった」
たしかコンハーの家には後を継ぐ女がいないと聞いたことがある。
親戚の女と考えていたが弟がいるなら彼が継ぐのか。
「アスライラ王女が貴方を脅すなんて、どうして?」
「いや、僕を脅したのはイセリー王女だよ」
「なんですって?」
――話が見えないのだが、コンハーが私と別れたのはアスライラのせいではなかったの?
「もうそんな脅しには屈しない事にしたんだ。身勝手かもしれないがもう一度僕とのことを考えてほしい」
→【違和感がある】
【許す】
なにかひっかかる。脅されていたならなぜコンハーはさっきイセリーを追い回していたのよ。
普通なら怖がって近づかない筈だ。それに、アスライラからアタックされたからだと始めに言っていた。
「貴方、コンハーじゃないわね!?」
「それはどういう意味でいっている?」
否定しないということは、偽物だと認めている。しかし嘘を見抜かれても冷静で、観念したというより、隠すつもりがないのか。
「お前は偽物よ、本物はさっき向こうにいたわ」
「やれやれ、確認を怠ったのが仇になったな」
奴は眼鏡をかけた黒髪の男に姿を変えた。
「それが本体?なにをたくらんでこんな真似をしたか知らないけれど……」
「……なら、本物のコンハーはどこにいるか知っているのか?」
苦し紛れなのか、わけのわからないことを言い出した。
「どこでもいいわよ。貴女は私に何の用、危害を加えるの?」
偽物が目の前にいるから気になるだけで、本物がどこにいるかなんてどうでもいい。
「いいや、ただこれから始まる宴を楽しみに来ただけだ」
そういうと、男は姿を消した。なんだか胸騒ぎがして、私は城へ戻ることにした。
【アスライラのところへ】
【イセリーのところへ】
【やっぱり帰る】