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本日は2話投稿しております。

「……何となく、お前が悩んでるのはそういうことなんだろうなって気はしてた」



 鳥の歌わない暗い闇夜の静寂を切り裂くように、僅かばかりの沈黙をリトの唸るような声が追い払った。弱弱しいランプの灯りは立ち上がった彼の顔を照らさず、私にはリトがどんな顔で、笑っているのか怒っているのかすらわからなかった。



「俺に話したってことはもう、どうするか決めてるんだろ?」

「……うん、屋敷に行くよ」

「…………」

「ここを辞めて、コールス様のところで働くつもり」

「ああ、そうだろうな。あのお人よしの野郎の元だったら、ここにいるよりずっと楽な生活ができる」



 リトは脱力するようにすとんと椅子に腰を下ろした。古びた木製の椅子が、小さく軋んだ音を立てる。灯りに照らされたリトはなんだか、リトらしくない顔をしていた。



「よかったじゃねぇか、リーコ。大出世だ。チップはないかもしれねぇが、給料だって今よりずっともらえる。それに客の当たりはずれに一喜一憂することもねぇ」

「そうだね」

「焦げたパンを食うことだってないかもしれないし、部屋だって一人部屋かもしれない。うらやましい限りだよ」



 口ではそういうものの、リトの顔には羨ましさも妬ましさも浮かんでいなかった。しかしどこか虚ろな、素直に私の門出を祝ってくれているような表情でもなかった。



「リトはさ、反対? それとも妬ましい? どうして何の取り得もないお前なんかがって思う?」

「反対なわけ、ないだろ」

「嘘」

「嘘じゃねぇ」

「だってリト、変な顔してるもの。ねぇ、正直に言って?」



 たっぷり間を置いて、泣き笑いみたいな顔をしたリトが言う。



「……俺がやめとけって言ったら、どうする?」

「聞かないよ」

「そう、だよな」

「だって私、決めたから」

「お前が変に意固地なのは、知ってる」

「うん」

「リーコが決めたことなら、俺、応援したいと思ってた」

「うん、ありがとう」

「けどな、やっぱお前がいなくなるのは、耐えらんねぇよ……」

「ごめんね?」

「あやまるなよ、どうにかする気もないくせに」

「うん、だけど。ごめんね」



 何となくリトが私に対して、仲間以上の好意を寄せているのは知っていた。だけど、ずるい私はそのことに蓋をして、気づかないふりをしていた。

 リトのことは好きだ。だけど、それは多分友人とか、仲間としての好意に似ていた。私は好きな人を自分の傍に置きたいがゆえに、これまでの関係を壊れることを恐れた。

 そしてそれをずっと引き延ばしにしてきたツケが今、押し寄せている。



「リトはさ、私のこと軽蔑していいよ」

「なんでだよ」

「我ながら卑怯なやつだなって、思ってるから」



 自嘲のような笑いが漏れた。リトは何も言わない。ただ、無表情の彼の視線が私を責めているようにも感じた。



「……嫌いになんかなってやんねぇ!」



 怒気からか、リトの語尾が強くなる。



「いいか、リーコ。お前がここを出たとしても、俺が一生お前をからかって、泣かせてやる!」

「……何そのいじめっ子宣言」

「なんでもだ!」

「道理が通ってないよ」

「俺の中ではしっかり通ってんだよ!」



 リト自身も自分が馬鹿げたことを言っているのを理解しているのか、彼の耳が紅く染まっていた。そんなリトがなんだかとてもおかしくて、さっきまでのしんみりとした空気など忘れてカラカラと笑いだしてしまう。



「おい、何笑ってんだよ!」

「や、だって……リト意味わかんないんだもん……!」

「わかれよ!」

「むちゃくちゃでしょ」

「とにかくだ! どうせ同じ街の中に住むんだし、会おうと思ったらいつでも会えるだろ」

「うん、そうだね」

「だったら、俺たちは今まで通りだ。そうだろ?」



 そういってリトが握りこぶしを差し出す。それに倣い私も右手を持ち上げ、互いのこぶしを小さくぶつけた。

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