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 結局私たちが目的地である神殿へ着いたのは、予想していた時間よりも随分と遅くなってからのことだった。ちなみに道中でコールス様は飲み物を2つ、屋台の串焼きを5本、ハンカチを3枚買わされている。

 この人が善人に囲まれて育ったことがよくわかる結果だ。正直、魔術という戦う力を持っているわりには日本にいた頃の私よりも、花よ蝶よと育てられたお姫様みたいな性格をしている。

 そのお姫様はというと、現在は着ていた灰色の外套の代わりに銀糸で細かい刺繍の施された白のローブを纏い、神殿の中央に立っている。すぐに終わるという彼の言葉を信じ、私は神殿の外で見学だ。前任の魔術師は儀式のときに人払いをしていたので、魔術師の結界を張る儀式を見るのははじめて少しわくわくする。


 コールス様が歌うように何か呪文を唱える。カツ、と彼が踵を踏み鳴らすと、青白い光の輪がコールス様を中心に表れた。風もないのにローブの裾がはためき、光に照らされるコールス様を見るとやはりここが剣と魔法のファンタジーの世界だと実感する。

 更に新たな呪文が追加されると、今度はその円を縁取るように文字や文様が現れる。コールス様が言葉を重ねるごとにそれは増えていき、最終的には大きな体育館程度の広さを持つ神殿の白い床いっぱいに広がった。

 コールス様が再び踵を鳴らす。その音は石造りの床から出たとは思えない程どこまでも澄み渡っている。その音を合図に、白い光がはじけ、神殿を中心に街全体を包み込むほど大きく広がっていった。



「どうだ、結界を見た感想は」



 コールス様が白いローブを脱ぎながらこちらへと歩いてくる。

 正直なところ、私はこの幻想的な光景に言葉も出ない程に見惚れてしまっていた。



「……リーコ?」

「…………驚きました。結界の儀式とは、こんなにも美しいものなのですね」



 庶民には魔法は身近なものではない。確かに火を点けたり、水を出したり。そんな日常生活に役立つ魔道具は宿にもあるが、私にとっては現代で使うライターと大差ないものに思えていた。オイルや火打石が、火の魔石になった程度の問題だ。

 魔法を使う人間は限られてはいるが冒険者の中にも存在する。宿に泊まった上級冒険者に小さな火の魔法を見せてもらったことはあるが、それは魔方陣などない、今考えればただの手品のようなものだった。

 ぽかんと口を開ける私の反応に満足したのか、コールス様は目を細めてやわらかい微笑みを見せる。下界を知らない箱入り娘のような性格でも、彼は確かに王宮魔術師だった。





 行き同様帰りもコールス様は商人に声をかけられそうになっていたが、なんとか阻止して予定の時間通り宿へ戻って来ることができた。彼の部屋でお茶を飲みながらのんびりとした時間を過ごす。



「そういえば、コールス様の結界はどのくらい保つのですか?」

「この街の規模なら15日程度だ」

「つまり月に3回あの儀式を行わなければならないのですね」



 この世界の一か月は50日で、一年は8か月で表される。

 8つの月を緑の上月(かみづき)、緑の下月(しもづき)、赤の上月、赤の下月、黄の上月、黄の下月、白の上月、白の下月と呼ぶ。日本風にいうならば、緑の月が春で赤の月が夏、黄の月が秋で白の月が冬だ。黄の下月になるともうすぐ白色になるねぇ、なんて世間話が聞こえてくる。

 ちなみに今は白の下月で、あと10日もすれば緑の月に入るだろう。この世界では女神が気候を管理しているため徐々に温度が変わるということはなく、緑の月に入り日が登ったら即座に春の気候になるという不思議な仕組みだ。


 しかしながら、魔術師は月に実働が3度とは実に羨ましい限りである。



「リーコ、夕食の後刺繍を頼んでもいいか?」

「構いませんが、お疲れではありませんか?」

「簡単な魔術ならば問題ない」

「そうですか、承ります」



 夕食の後、リビングでコールス様の用意した針と糸を取る。針は前回と同じものだったが、糸は真っ白で艶のあるものだ。見るからに高級品だとわかる。そしてコールス様が今日買わされた白いレースで縁取ってあるハンカチに一針ずつ綴っていく。

 今日の紋様は、バラによく似た植物のものだ。前回よりも少し複雑なので、手順が示された本のページを何度も見比べながら刺繍していく。隣でコールス様が長く伸ばした糸に触れているのだが、いかんせんこの作業は彼との距離が近い。男性とこんなに接近した経験があまりない私にとって、女性のような美しい顔をしたコールス様が至近距離にいることは正直緊張してしまう。

 震えそうになる手を抑え、刺繍に集中することでなんとかその場を乗り切った。


 少しだけ時間がかかったが、最後の一針を通すと前回と同じように刺繍が淡く輝き薄い紅色へと糸が色付く。図案を見たときにも思ったが、どうやらこれは女性向けの魔術具のようだ。糸を切りコールス様に渡すと、彼はほほ笑んでそれを押し返す。



「え、っと……なんでしょう、失敗でもしましたか?」

「そうではない。俺はこれを君に贈りたい」

「えー?」

「ここ数日、どうも手を煩わせてしまっているようだからな。その礼だ。受け取ってくれるか?」

「コールス様のお世話をするのが、私の仕事なんですが。それについての対価は、宿の宿泊料金としてきちんといただいておりますし」

「それでもだ。受け取ってはくれないか?」

「……よろしいのですか?」

「ああ、是非もらってくれ。これには女性を美しく保つという効果がある。といっても、肌を整えたりといった程度だが。リーコ、君は水仕事をよくするのだろう? そういうものにも効くはずだ」



 確かに冬は油分を補わないと割れてしまう程度には手荒れが酷い。しかしながらこんなものをいただいてしまってもいいのだろうか、という気持ちもある。効用を聞く限りでは、世の女性ならばこぞって欲しがるようなものだ。しかし市場には出回っていないので、もしかしたらとてつもなく高価なものなのかもしれない。

 やっぱり断ろうと思い口を開きかけたが、それを察したようにコールス様は私を見つめて笑みを深めた。無言のにらみ合いが続く。

 端正な顔をした人間に凝視されるという拷問にすぐ音をあげた私は、その白いハンカチを受け取っってしまった。

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