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温かい緑の風が吹く、日本では春と呼ばれる季節。
私は純白のドレスを身にまとい、たくさんのメイドたちに囲まれていた。
「わぁ、リーコよく似合うー!」
「シンシア、これからは奥様って呼ばないと駄目よ」
「そういえばそっかぁ。奥様、よくお似合いでーすっ!」
「やめてよ二人とも……」
くすくすと笑いながら髪を結い上げるシンシアとニコレッタに、苦笑を返す。彼女たちは私が今の立場に収まっても、私的な場では今までと同じように接してくれた。
「でも、本当によく似合っているわ」
「そうだよー頑張ったかい、あったね!」
婚礼衣装である白のドレスに、同じく艶のある白い糸で愛の紋章をかたどった刺繍が余すところなく入れてあるこの服は、私の自信作だった。制作期間およそ半年、間に合わないかと泣きそうになったが、これだけは他の誰かの手を借りたくなかった。
純白のドレス、シンシアとニコレッタが編んでくれた白のレース、エリスが贈ってくれた銀細工の髪飾り、そしてジェイから貰った銀の腕輪。今日の私はきっと、誰が見てもうらやむ花嫁だろう。メイドたちのしてくれた化粧もきれいにできていて、つい先月まで廊下の拭き掃除をしていたことなど忘れてしまいそうになる。
「さぁ、奥様。旦那様がお待ちよ」
そういってほほ笑むニコレッタの手を借りて立ち上がり、シンシアが扉を開ける。扉の向こうにはもちろん、白を基調としたモーニングに袖を通したジェイの姿があった。彼の胸ポケットから見えたハンカチーフには、愛の紋章がちらりと見える。
ジェイはいつもよりもずっと優雅にほほ笑んで、私に手を伸ばす。
「女神も敵わぬほどきれいだ、リーコ」
「あなたも、とても素敵です、ジェイ」
微笑みを返し、彼の手を取る。一歩足を踏み出すと履きなれない高いヒールにつまずきそうになるが、ジェイが隣で悠然とフォローしてくれた。それに対して私は小さく礼を言う。
一歩ずつ足を踏み出していくと、徐々に演奏の音が近づいてくる。教会の大きな扉の前にはロバートさんと、アルさんが笑顔で立っていた。彼らによって扉が開かれると、美しい音楽がわっと耳に飛び込んできた。教会の中には多くの人々が、立ち上がり拍手で私たちを迎えてくれる。
リト、マリーをはじめとしたアルケスの羽の皆、それに女将さん。シンシアとニコレッタ、屋敷の使用人仲間たち。王都から来てくれたアメリアさんにマスター。そして、ジェイのご両親と、ご兄弟。皆、笑顔で私たちを祝福してくれている。
流石に貴族平民入り混じった式を行う訳にはいかないので、彼の付き合いのある貴族向けに披露宴のようなパーティーを後日行うことになっているが、ジェイの家族は身分など気にしないと快く式に参加してくれた。
私のこの世界での、新しい義両親。彼らの人柄を見ると、ジェイがどうしてこんなにも優しく育ったかがよくわかる、素敵な人たち。穏やかにほほ笑む顔は、彼によく似ている。
中央の祭壇まで歩みを進めると、女神教の司祭が朗々と女神に対する賛美を述べる。はじめは憎らしくこそ思っていたが、神為的ミスを犯してくれた女神には今では感謝すらしている。ありがとう女神様、私をこの世界に落としてくれて。
口頭で永遠の愛を誓うと、一枚の紙への署名を求められる。何か複雑な紋様の描かれたこれは、元の世界でいう婚姻届けのようなものらしい。魔術的な力が込められており、双方が望まぬ限り永久に朽ちることはない。それはまるで互いの愛のように。
ジェイはこの世界の文字で、私は日本語で名前を書き司祭が呪文を歌うように唱えると、広い協会一杯に白い魔方陣が広がり、弾けた。そして私たちを祝福するように、空からひらひらと白い光の粒が降り注ぐ。
皆がその光に目を取られる中、ジェイが私をそっと抱きしめ、予定にはないくちづけをひとつ落とした。
これにて完結となります。ありがとうございました。




