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 王都の誇る金の宿は、まるで日本に帰ってきたと錯覚してしまうような家屋だった。

 枯山水の庭園では鹿威(ししおど)しがかっこんと間抜けな音を立てている。女将が落ち人の持ち込んだ文化なのですよ、と笑っていたが、その服装は洋風なもので私にはちぐはぐに感じる。

 本来ならば玄関で靴を脱ぐ仕組みなのだろうが、ところどころに使われた畳に似た床材を土足で踏みつける度に違和感が増す。案内された部屋はフローっリングに床の間があったり畳の上にベッドが置いてあったりと、雑多加減に旅館というよりは古い民家を連想させる。私が変な顔をしていたのか、エリスが不思議そうに声をかけてきた。



「どうかしましたの?」

「あーいや、何か実家を思い出す作りで」

「落ち人の文化らしいですわね。リーコの世界と、似ているのかしら」

「結構似てる」



 庶民のものと。



「不思議な文化ですのね。こういったやわらかい床は……掃除に不向きじゃありませんこと?」

「そもそも室内では靴を脱ぐものなんだよね」

「まあ、靴を。では何を履くのかしら」

「基本的に裸足」

「足を痛めませんこと?」

「そのためのやわらかい床だよ。それに小石とか砂は、持ち込まないようにしてるし。四六時中靴を履いてるのって、日本人からしてみれば窮屈なんだよね」



 私の言葉に、エリスはいぶかし気に畳に視線を向ける。



「世の中には色々な文化がありますのね」

「まあ、別の世界の話だけどね」



 ジェイデン様は身支度を整えた後、アルさんを引き連れてお城へと向かった。その背中を見送った後、好きにしていいと言われた私たちは宿の部屋を少しばかり過ごしやすいようにあつらえ、町へと向かうことに決めた。私と、エリスと、そしてついでにハンスさんとである。



「王都の名物と言えば?」

「俺に聞かれてもなあ」



 ぶらぶらと町を歩いていると目新しいものはたくさんあるが、むしろ目移りしすぎてどこへ行ったらいいかもよくわからない。王都には仕事で何度か訪れたことがあると言っていたハンスさんに聞いても、さっぱり役に立たない返答だった。そんな私たちの会話を聞いてか聞かずか、先を歩くエリスがこちらを振り向く。



「わたくし、行きつけの仕立て屋があります。リーコ、ついてきなさい!」



 どこか厳しい表情で初対面を思い出す令嬢モードが入ったエリスに、私は一も二もなく頷いた。


 エリスの言う仕立て屋は、水路を流れる船に揺られて20分ほどの場所にあった。そこは服や装飾品の店が集まる場所なのか、周りには何軒もきらびやかな衣服が飾られた店があり、貴族の馬車らしき華美なものがいくつも停められている。エリスが迷いなく足を進めたのは、その中でも一等大きな、そして高級そうな店だった。

 ドアマンが扉を開くと、甘い香りが漂ってくる。香を焚いているようだ。どうみてもこの店には似つかわしくないメイド服の私とエリス、そしてハンスさんを目に入れた店員は、穏やかな笑みを崩さずにいらっしゃいませ、と口にする。さすがプロだ。



「レディ・ルートはいらっしゃるかしら」

「これはエリス様、ご来店ありがとうございます。ただいま主人を呼んで参ります」



 そういって頭を下げる店員に、店の一番奥にある個室へと案内される。似たようなドアがいくつもあるので、どうもこの店は個室で販売をしているようだ。この世界に来てから衣服が自分で作るもの、あるいは買い与えられるものだったので、こういった店の勝手はよくわからない。

 ふかふかのソファーに座らされて待っていると、扉が開き一人の女性が入ってきた。彼女はこの世界では珍しくパンツスタイルの服を身に着けており、日本でのオフィスレディーといった服装だ。歳の頃なら二十代後半くらいだろうか、大きな店を持っている貫禄というものに溢れていた。



「エリス様、お久しぶりです」

「レディ・ルート。しばらくですね。こちらはわたくしの友人のリーコ。リーコ、レディ・ルートですわ。このお店の主人なの」

「はじめまして、理依子と申します」

「エリス様のお連れにしちゃ、随分と真っ白な子ですねぇ」

「わたくし、人を見る目を養いましたの」

「そりゃあ結構」



 レディ・ルートが声をあげて笑う。エリスと彼女との間には、何だか気安い雰囲気が流れていた。



「おい嬢ちゃん、俺は紹介してくれねぇのか?」

「ただの護衛ですわ。お気になさらぬよう。まだしつけの途中ですの」

「そりゃあないぜ…」



 彼女の色香に惑わされたハンスさんが冗談めかしてに両手をあげる。



「わたくし、あまり時間がありませんの。彼女の服を身繕ってくださる?」

「ドレスを?」

「そうですわね……それも後々必要になるかもしれませんわ。だけど今回は、民が普段身に着けるようなものでお願いします。」

「え、私?」

「色はどうします?」

「あなたにお任せします」



 勝手に話が進んでいくが、私は自体が飲み込めていなかった。てっきり高級洋服店でエリスの服を買うかと思ったら、いつの間にか自分が着せ替え人形になる算段がついていたのだ。



「エリス、私こんなに高い服なんて……」

「支払いは我が家が持ちます。安心なさい」



 断る間もなく色とりどりの布が体に当てられる。それを見ながらレディ・ルートとエリスは「これはだめね」「引き立たないわ」「やっぱり地味ね」などと散々なことを言っていた。その後は頭の先からつま先まで採寸されたかと思うと、二人はその数字と睨めっこしながらまた会議を始める。私とハンスさんは完全に蚊帳の外で、解放されたころには随分と時間が経っていた。



「エリス……よくわかんないけど、なんで服……」

「何故ですって? リーコったら、碌に着飾りもしないではありませんか」

「だって基本的にメイド服あるし」

「そういう問題ではありません! そもそもあなた、アクセサリーのひとつも持っていないのではなくて?」

「そんなことは、ない……けど」



 おそらく自室を探せば、ペンダントひとつくらい出てくるはずだ。それに自作の髪飾りも。



「持っていても、使わなければ意味ありませんのよ!」



 がなり立てるエリスに、私は降参の意を示し諸手をあげた。





 結局その日は日が暮れるまでエリスに連れまわされた。今までに縁のなかった精巧な銀細工で飾られたアクセサリー、更には全身を磨き上げるための薬草クリームなど。全てエリスが支払うと言い張ったが、流石に年上の矜持があるのでそれを押し切る形で色々なものを購入した。私自身今まで興味があるものではなかったのだが、現物を目にするとやはり女、かわいらしいものに惹かれる気持ちも生まれる。貯金にゆとりがあるとはいえ、エリスの勧めるものは物が物だけに痛い出費である。

 ちなみに、ハンスさんは気が付けば消えていた。馬車の中でも蒸留酒を手放さなかった彼だ、おそらくどこかで一杯ひっかけているのだろう。



「わたくしが払うといっておりますのに!」



 結局、レディ・ルートの店以外の支払いは自分のポケットマネーで済ませたのだが、エリスは何故かそれに対してお冠だった。彼女の家は貴族でお金があるとはいえ、今は同じ職場の同僚なのである。更には、私には魔道具制作の報酬という特別手当があるので、他のメイドたちよりも懐は潤っているはずだ。



「流石にそれはね……なんだかんだ言っても、エリスは年下だし」

「家格はわたくしの方が上でしてよ」

「うん、そもそも落ち人に家格とかあんまり関係ないからね」



 桜の花弁のように色付いた唇と尖らせ、エリスが眉をひそめる。そんな彼女の首元には、私とお揃いで買った安物のペンダントがつけられていた。



「エリスはどうして私にものを買い与えたいの? 別に私、困窮しているわけでもないよ?」

「それは…………わたくし、人へのお詫びの仕方がそれしか知りませんもの」

「お詫び?」

「わからないとは言わせませんわよ?」



 エリスがキッと瞳を釣り上げる。



「あー、うん。別に忘れたとは言わないけど、私の中ではもう終わったことだったからなぁ……」

「そんな簡単に流してしまってよいものではありませんわ!」

「そう? 友達なんだから、喧嘩くらいすると思うけど」

「と、友達……?」

「あれ、違った?」



 いぶかし気な表情をしたエリスに、私は苦笑いを浮かべた。最近では打ち解けたと思っていた彼女だが、貴族の令嬢に対して友達とは、馴れ馴れしすぎただろうか。友好の気持ちが一方的だと知り、僅かに顔が引きつる。



「ご、ごめん! 馴れ馴れしかったよね、こんな、どこの馬の骨ともわからない女が」

「いえ! 違うのです! ……そう、言われたのは初めてで……そうですか、友達、ですか」



 エリスは噛みしめるようにその単語を何度か繰り返した。



「リーコ、わたくしはあなたに大変なことをしてしまいました。それでも、友達と……わたくしを友達だと言ってくれるの?」

「別にそんな、大したことじゃないと思うよ? 悪口くらい」

「いえ、言葉は時に鋭利な刃物となり人を傷つけます。あの時のわたくしはまだ子供で、それをしっかりと理解していませんでした」

「エリスが考えているほど、私、傷ついてないよ」

「それはよくわかっておりますわ! どんなにわたくしが嫌味を言おうとも、あなたはまるで何ともない顔をして……っ! 涙でもこぼせば可愛げがあるものを!」

「えーっと……ごめんね?」

「あやまらないでもらえるかしら! あの時の自分が、もっと惨めに……!」



 彼女は淑女らしくない仕草で、頭を抱える。赤くなったり青くなったりと、大忙しだ。



「……あなたを問い詰めたとき、ふと思いましたの。わたくしは、この女には敵わないのだろうと」

「私がエリスに勝っているところなんて、歳くらいしかないと思うけど」

「そうでしょうね。あなたをぎゃふんと言わせたくて、それはもう、重箱の隅を楊枝でつつくくらいリーコを観察しましたわ。仕事の手際から目上の者に対する所作、果てはメイドとのおしゃべりまで……どこをとっても、あなたは完ぺきとは言えませんわ」



 ふふんと、エリスが意地悪な笑みを浮かべる。私はそれに対して、苦笑いで頬をかきつつ僅かに視線を逸らすことで対処した。



「この平凡な女に、わたくしは何故勝てないのか。悩みぬいて夜を明かしたこともありました。そして理解したのです、これは俗にいう、年の功というものなのだと!」

「え、そこなの」

「あなたにとってわたくしは、ただの年下の子供だったのです。だから何を言われても余裕を持ち、受け流した」

「まあ、概ね正解かな」

「だからわたくしは、あなたと同じステージに立つために、プライドや偏見などというくだらないものを捨て去ることにしたのです! 客観的に振り返ってみれば、自分の行いは到底淑女と呼べるものではありませんでしたわ。改めて謝罪させてください、リーコ」

「……エリス、あなたの謝罪を受け取ります。だからこれからは、負い目みたいなもの考えず普通に接してほしいかな。エリスのズバズバ言ってくれるとこ、好きだし。多分ね、礼儀作法とか、エリスが言ってることがもっともだったからあんまり腹が立たなかったと思うんだよね。だからこれからも、私に足りないとこがあったら、教えてくれると嬉しい」

「リーコに足りないものを並べ立てたら、それこそ日が暮れてしまいますわ」

「早速辛辣だなぁ……」



 エリスのからかうような物言いに、お互い顔を見合わせて笑いだす。



「リーコ、わたくしとお友達になってくれるかしら?」

「もちろん。よろしくね、エリス」



 そういって彼女の差し出したか細い手を握り締めていると、赤ら顔をしたハンスさんの呼び声が聞こえた。

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[良い点] 誤字同好会として「フローっリング」はめっちゃカーリングっぽく滑りそうで好きです。
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