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私の中で色々なことが起こった反動で、日々の生活を惰性で続けていたある日、とある貴族より依頼された風の魔道具を作成しながらジェイデン様がこんなことを言った。
「王都へ召喚されたのだが、リーコもついてくるか?」
「……え?」
「リーコはこの町から出たことがないと言っていただろう?」
「え、ええ。そうですね」
「俺としては一人でも問題ないのだが、何人か従者を連れて行かねば恰好が付かないのでな。ついてきてくれるか?」
「それは、はい。ご命令とあれば」
「強いているわけではない。嫌なら断ってくれ」
「いえ……ちょっと他の町って気になりますし。うれしいです」
「そうか。王都は水の都とも呼ばれ、とても美しいところだ。リーコもきっと気に入る」
王都と言えば、私の知り合いが何人かいる場所だった。魔術研究所に勤めるアドニス様だったり、その護衛のルッツ様。最近では知り合いとも言えないが、例の少年だって今はそこにいる。アルケスの羽の利用者だって王都に住まいがある人は多いし、色々な諸事情でアメリアさんとその夫マスターも今は王都に滞在していたはずだ。
「楽しみです」
そういって笑うと、ジェイデン様もやわらかな微笑を浮かべる。それから私はまだ見ぬ王都への旅路に胸を躍らせながら、いつも以上に熱心に仕事に取り組むのだった。
王都への同行者の一人、執事のアルさん。彼はロバートさんの6番目のお孫さんで、最近ようやくロバートさんからお墨付きをもらえたらしい。私からしてみれば所作も完璧でどこにいても手腕を発揮できるすごい人なのだが、ロバートさんからしてみればまだまだひよっこだそうだ。アルさんでひよっこならば、私はまだ生まれてすらいない卵のままなのだろうな、と彼ら一族の能力の高さに慄く。
もう一人は同じく執事のハンスさん。彼は執事というより護衛になるだろうか。何でも、高名な冒険者で剣の腕は一流だと聞く。しかしながら礼儀作法に関してはまだまだ未熟で、冒険者らしい粗野さが抜け切れていない。ハンスさんのガサツな動向には、お目付け役であるアルさんも頭を抱えていた。
メイドはエリスが同行する。エリスはどこに出しても恥ずかしくない完璧な淑女のマナーと、更には王国貴族の情報にも精通している。貴族社会の中で生きてきただけある彼女は、身分だとか家格だとかに細かい王都ではとても頼れる存在だ。横暴な貴族のあしらいにも慣れているし、彼女自体身分が高いためいざというときは御老公の紋所のごとく、権力を持って面倒事を駆逐できるだろう。
最後は私。貴族の御付きとしては人数が少ないが、ジェイデン様からしてみれば多いらしい。アルケスの羽に泊まる貴族たちはぞろぞろと侍従や護衛を連れていたが、彼からしてみればきっと外の世界など危険でもなんでもないのだろう。だって彼は、王宮魔術師様なのだから。
□
王都までは馬車を使って10日程かかる。その間ジェイデン様は彼専用の馬車を、使用人たちは簡素な馬車――簡素とは言ってもジェイデン様が使用する馬車の装飾をはずしたようなもので、作り自体は頑丈で揺れも少ない――に乗ることになる。
馬車自体の大きさは同じなのだが、貴族向けの馬車は4人乗りで広々なのに対して、使用人向けの馬車は8人、無理をすれば10人は乗れるもので隣との距離が少々近い。とは言ってもアルさんがジェイデン様の馬車に乗るので、荷物を載せても私たち3人には十分すぎる大きさの馬車だった。
石でも踏んだのか、ごとりと馬車が揺れる。ジェイデン様が風よけの魔術をかけているため揺れ自体は緩和されているが、舗装されているわけでもない道を進むのでどうしても快適とは言いづらい。何度か目の揺れの際、頬杖をついて眠りこけていたハンスさんが椅子から投げ出され、エリスと二人して忍び笑いをする。
ハンスさんは野営の際に寝ずの番をするため、と言い訳して高いびきをかいているが、道中だって魔物は出没した。魔物除けの結界を刻んでいるとはいえ、それも万能ではない。道中、狼に似た魔物に囲まれたときだって、ハンスさんは薄目を開けただけで備え付けの椅子から立ち上がろうともせず、ジェイデン様の魔術で馬車を走らせたまま一掃してしまった。初めての魔物は、そんな一瞬の邂逅だった。
あれくらいの魔物ならば旦那様に任せておけば大丈夫、そういってまた瞼を落とすハンスさんに、私とエリスは呆れたものだった。
10日の旅路を経て、王都へは何の問題もなく到着した。
途中ハンスさんが馬車の御者台で転寝して落下――それでかすり傷程度しか怪我をしてないのだから彼の大きな体からは想像できない身のこなしに驚くが――したり、暇を持て余したジェイデン様が使用人用の馬車へ居座ったりもしたが、襲い掛かる魔獣はすべてジェイデン様の何でもないような顔で発動する魔術に蹴散らされ、骨も残さず消し炭にされた。
石造りの門をくぐって馬車が町中へと入ると、小さな水音が耳を打つ。小さなのぞき窓の隣で手招きするエリスに従い外を覗くと、そこには水の都と謳われるにふさわしい光景が広がっていた。
大きな石畳の道には、それと同じくらい大きな水路があり、水上には大小様々な船が流れている。王都では水路は生活に欠かせないもので、船がないと入れない場所に存在する施設も多々あるそうだ。大きな眼鏡橋を通過しようとすると、水路にいた男性が手を振り、水で作られたトンネルが頭上にできる。それにわあと歓声をあげると、別の男性がそのトンネルに色とりどりの花びらを流した。
「すごい……」
「リーコ、これを投げてあげて」
エリスに言われ小窓から大銀貨――銀貨5枚分の価値がある――を投げると、それは水のトンネルの中で小さな渦を作り、小さな水音を立てて橋の下へと吐き出された。大銀貨を器用にキャッチした男性が片手をこちらへ差し出すと同時に、水はまるで空を舞う竜のような形になり私たちの馬車の上をぐるぐると回った後、再び水路の中へと戻って行った。上がる水しぶきに、小さな子供たちがきゃっきゃとはしゃぐ。
「彼らは、ああやってお金を稼いでいますのよ」
「大道芸人みたいな人達なんだね。そういう人って多いの?」
「ええ。特にこの橋は、正門から入った者なら誰しもが通る場所ですから」
「そうなんだ……あんな魔法もあるんだね」
「彼らは魔力を操ることに特化した者たちですわ。誰しもが簡単にできることではありません」
「じゃあ、ジェイデン様も?」
「宮廷魔術師と言えど、分野がまったく異なる魔術ですもの。まあ、ジェイデン様ほど繊細な魔術を構築されるお方ならば、できてもおかしくありませんわね」
イリスが誇らしげにふふと笑う。
「それにしても大銀貨なんて大金、渡して良かったのかな?」
「使用人用の馬車とはいえ、コールス家のものだと皆わかります。僅かばかりの金銭を惜しんでいては、主人の名に傷がつきますわ」
「大銀貨を僅かって……」
私がケチると主人までケチと思われてしまうのか。世間体とは面倒なものだ。私は心の中で毒づいた。
誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。




