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 ジェイデン様のこともリトのことも、考えてもわからないことはわからないので、取りあえず放っておくことにした。なるほど、これが俗にいう思考停止というやつか。考えることを放棄した私の時間は、特にこれといった問題もなく穏やかに流れて行き、季節は白の月へと移った。


 白の上月はエリスの誕生月でもある。夕食の時間、エリスに花飾りの刺繍されたホワイトブリムを渡すと、彼女は大きい目をこぼれんばかりに見開いた。



「わたくしに?」

「ええ、お誕生月おめでとうございます」

「どうして……」

「めでたいことは、祝うものでしょう?」

「そう……ありがとう、リーコ」



 そういってエリスは花がほころぶようにほほ笑んだ。

 彼女はおそらく私に対する嫌悪感だったり、罪悪感だったりを抱えているかもしれない。最近のエリスの態度から見るに、おそらく後者だろう。随分と子供だった、そういって自分の考えを改めたエリスは、今では貴族や平民など関係なく一メイドとして他者と接している。振る舞いを見直し、教養やマナーに優れた彼女はコールス家メイドの見本とも言えるだろう。


 エリスからも私に、銀細工のついた飾り紐を貰った。私の誕生日はこの世界に換算するといまいちよくわからなかったので、ノースの町に落ちた白の上月にしていたことをすっかり忘れていた。黒髪に映えるような淡い色合いの組み紐は、自分が買う地味なものと違ってかわいらしく、似合うか少し不安だ。だけど、流行にも聡いエリスが選んだものなら、私をきれいに彩ってくれるのだろう。

 私たちは今まであったことを忘れるように、お互いの贈り物を身に着けほほ笑み合った。





 雪が町を白く染め上げる。白の月はその名のとおり、雪が降り続ける季節だ。精霊が降らせているという雪はこれから100日の間降り続ける予定である。身の縮むような寒さに、精霊もたまにサボればいいのにと悪態を吐きたくもなるが、私はこの季節が嫌いではなかった。



「はー、外寒かった!」



 両手で頬をこすりながらシンシアが使用人用の裏口から駆け込んで来た。掃除の手を休めて彼女を見ると、鼻の頭まで真っ赤になっている。屋敷内はもちろん、私とジェイデン様の力作である魔道具によって転寝してしまいそうになる暖かさを保っていた。赤の月も思ったが、室内がこう快適だと外に行く気もうせてしまうだろう。



「お帰り。早かったね」

「カフェにお茶しに行ったんだけどね、暖炉の調子が悪いみたいですっごい寒かった。長々と買い物する気にもなれないで、すぐに解散してきたの」

「まあコールス家の屋敷は暖かいから」

「赤と白になると、この屋敷で働いてて良かったって一番身に染みる……!」



 シンシアがそういいながら体の雪を払う。今日は白の精霊の機嫌が良いようで、朝からしんしんと雪が降り積もっていた。



「リーコ、毛糸買ってきたから編もうよ!」

「私編み物できないよ」

「え、なんでー!」



 日本ではニットの小物などありふれていた。それこそ、子供の小遣いで買える値段でだ。毛糸を買おうと思えば値段もそこそこするし、既製品を買った方が断然質の良いものを得られる。

 しかしながらこの世界では、ニット製品というものは一般化されていない。というよりも、各々の家庭で作るものという意識が強く、市場には毛糸や編み棒が並んでいるがマフラーやセーターといった既製品を見ることはなかった。



「お裁縫できるのに編み物できないなんておかしいよ!」

「そもそも裁縫だって必要だったから覚えただけだし」

「趣味じゃなかったの?」

「仕事が趣味になった感じかな」

「リーコ、器用だから何でもできると思ったのに」

「私にだってできないことはあるよ。それはもう、いっぱい。いい機会だから教えてくれる?」

「わたしが? リーコに?」

「うん」



 シンシアはことりと首をかしげたかと思うと、アーモンドの形をした目をいっぱいに広げて笑う。



「わぁ! わたしが先生になるんだね? 何かそういうの、いいかも!」

「シンシアは何でも編めるの?」

「小さいころからお手伝いしてたからね! まかせてよー!」

「じゃあ仕事終わったら教えてもらおうかな。使わない道具とかある? 私、何も持ってないから」

「いーっぱいある! 休憩室で編んでるから、リーコは手ぶらで来ていいよー」



 私の返事も聞かずに走り去る背中を見送り、シンシアのまき散らした雪ごと掃除を再開した。


 

 コールス家には使用人用の談話室のようなものがある。

 何せ使用人ひとりひとりに個室を与える程大きな家なので、余っていた大きな部屋をジェイデン様が提供した。個室というものは快適だが、引きこもってしまうと中々暇な者同士が集まって会話する機会がない。わざわざ誰かの部屋を訪れるほどの用もない、だけど時間を持て余しているときは、休憩室に集まり誰かと言葉を交わすのがコールス家のメイドの過ごし方だった。

 休憩室には大きなソファーとテーブル、椅子など、乱雑に並べられている。広い部屋なので椅子を動かすのも簡単だし、自分が参加したい場所に動ける仕組みだ。疲れ果てた下働きがソファーを占領して転寝していることも珍しくない。

 余っていた家具を持ち寄ったためインテリアはちぐはぐだが、常に誰かしらの顔が見れる憩いの空間になっていた。今も、仕事終わりのメイドたちが着替えもせずに暖かいお茶を飲んでいる。たまに火急の用件で呼び出されることもあるので、この部屋にいるものはほとんどが仕事着をわずかに着崩す程度の装いだ。私服のメイドも何人か見かけるが、彼女たちは休日のため余程のことがない限り仕事へ出ることはしない。それは使用人たちが円滑に過ごすための、この部屋のルールでもあった。


 窓際のソファーにシンシアが座っているのを見つけて、その隣に腰を下ろす。彼女はちらりとこちらを見ると、キリのいいとこまでやるからちょっと待って、と編み棒を動かし続けた。シンシアの指先を見つめると、2本の棒で毛糸を引っ張ったりくぐらせたりとしているが、手の動きが速すぎてさっぱり何が行われているのかわからない。あっという間に一列を編み終えたと思うと、いつの間にか左手にあったはずの編まれた毛糸が右手の針に移動していた。



「おまたせー」

「いや、シンシアすごいね。さっぱりわからない」

「んー、慣れれば簡単だよー?」

「慣れるまでが大変そう」

「わたしからみたらリーコのお裁縫も変わんないけどなぁ」

「あれはほら、針を刺すだけだし」

「これも、針を動かすだけだよ」



 そういって2本の編み針を渡される。



「毛糸はどれがいい?」

「えーっと、まあ何でもいいけど」

「ピンクとか?」

「……ちょっとピンクはいいかな。これ使っていい?」

「えー、地味でしょー」

「普段使いだからこれでいいよ」

「もっとかわいい色にしたらいいのに。まあ練習だしねぇ、太い毛糸の方が編みやすいよね。まずは毛糸の先を輪っかにして……うん、それで編み針を通すの」



 シンシアには不評の藍色に近い毛糸を使って、たどたどしい手つきで彼女の指示に従う。ほとんどシンシアの指示に沿ってやっているので想像以上にスムーズに作業は進むが、時折持ち方の訂正が入ったりと中々慣れそうにない。段を変える、ここに通す、など教えてくれるのはいいが、あいにく自分自身がさっぱりと理解できていないので一人では編めそうにないとため息を吐いた。

 そのまま同じことを繰り返していると、徐々にスピードが上がり網目の確認もスムーズになる。二時間も毛糸とにらめっこしていれば、ひたすら手を動かしわからないところをシンシアに尋ねるというところまでは何とかできるようになっていた。



「やっぱり、リーコは覚えが早いね」

「まあ、ほとんど同じことの繰り返しだし。それに、楽しいしね」

「平編みが完璧になったら、他の編み方も教えるね。まだまだいっぱいあるんだよ」



 シンシアが編んでいるような模様の入ったセーターまでは程遠いだろう。自分の手の中にある四角いだけのマフラー(仮)を見ながらそう思う。



「あんまり根を詰めすぎてもいやになっちゃうし、休憩しようか」



 そういいながら既にシンシアは焼き菓子を頬張っていた。ナッツのような木の実ののった焼き菓子は、バターがふんだんに使われていて香り高い。自分のついでにお茶を入れてくれたメイド仲間に礼を言って、やわらかいソファーに身を沈める。

 そんな私の様子を見て、シンシアがふふと笑う。



「何?」

「何かね、いいなぁって思って」

「何が?」

「わたしね、ひとりっこだからずっと兄弟が欲しかったの。妹がいたら、こんな感じかなって思って」

「私の方が年上だけど?」

「あ、そうだった! じゃあ、お姉ちゃんだねぇ」

「お姉ちゃんか……」

「あのね、わたしここで働き始めてからとっても楽しいの。嫌なこという子もいるけど、仲良しもいっぱいでしょ? だから、ずっとこんな日が続くといいなぁ」



 そういって笑う彼女の言葉に、私は心の中で同調した。

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