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 ジェイデン様にからかわれた後、私はそのことを思い出して赤くなったり青くなったりして終いにはメイド長から浮ついていると苦言をいただいた。しかし翌日魔道具作成に赴いたジェイデン様の執務室では、彼はいつも通りで肩透かしを食らう。あんなに動揺した自分が馬鹿みたいだ、と思いながらその怒りを針に込めたため、兵士の分厚い下着に施す紋様はいつもよりも随分と早く縫い終わった。

 その後いつも通りに仕事をこなしていると、あれは特に何でもないことだったんじゃないか、意識している私の方がこの世界では異端だったのだ、という考えに落ち着いた。ジェイデン様は紳士的とはいえ男だ。リトみたいに悪戯して誰かをからかうことだってあるだろう。


 その考えに至った私は、次の休みにノースの外れにある喫茶店でアルケスの羽で同僚だったマリーに笑い話の一つとして伝えていた。



「え、リーコ馬鹿でしょ。あんたそこまで頭悪かったの?」



 マリーは赤褐色の髪を上手に結い上げた頭を傾げる。随分な言い草だ。



「悪くないつもりだけど?」

「いやいや、でもさ、押し倒されといて悪戯かな、なんてあんたの頭にはお花畑でも敷き詰められてるの?」

「押し倒されたんじゃなくて引きずり落とされたんだよ。こう、兵士が悪人にするみたいに」

「それはそれで問題あると思うけどね」

「まあ、旦那様も寝ぼけてたみたいだし」

「その後の行動が大問題でしょ」



 銀のフォークを私の眼前に突き付けながらマリーは力説する。



「どう考えても、あんた口説かれてるわ」

「え、ないでしょ。だって使用人だよ、私」

「メイドが貴族にプロポーズされるなんて恋愛小説、世に溢れてるわよ?」

「それはお話の中だけじゃない」

「事実は小説より奇なり、とも言うし」

「いやいやー、ないでしょ」

「ありかなしかで言ったら、ありだと思うけどね。あんた、コールス様自ら引き抜かれてるんだし」

「それは魔道具制作で便利だからでしょ?」

「いや、確か引き抜かれるときも口説かれてなかった?」

「口説きっていうか……リップサービスでしょ。この世界の人って外国人みたいに色々大げさだし」

「ガイコクジンってのがよくわからないけどさ、リーコは割とモテるんだから自覚持ったがいいと思うわ」

「いやいや、私地味じゃない? 生まれてこの方モテた試しなんてないから」

「えーっとねー」



 マリーが本日のケーキセットをつつく。本日のケーキは黄緑色の木の実がのったタルトだが、色味に反して味はベリーに近い。付け合わせに小さなクッキーと飲み物がついて小銅貨5枚――日本円に換算すると500円程度――のお財布に優しいお値段だ。とはいっても、コールス家に仕えるようになってからは格段に賃金が上がり、食べ物の値段などは気にすることもなくなったのだが。



「聞いてないでしょ」

「うん」



 マリーの話を聞き逃していたらフォークで皿の端を叩かれた。マナーが悪いのでやめてほしい。仕方なく彼女の声に耳を傾けると、何でも私たち日本人は庇護欲をそそる外見をしているらしい。誰も保護してくれなくて宿で働いてたんだけど、という私の実体験は無視された。



「だからさ、リーコは大人しく見えるんだって。内面は違うけど!」

「内面だって大人しいつもりだけど」

「あんたみたいなのは図太いって言うのよ。それで、男から見たら守ってあげたいとか思っちゃうわけ」

「はぁ、なるほど」

「わかってないでしょ」

「うん」

「……まぁ、あんたは何事にも真面目だし、嫁の貰い手は困らないと思うわよ」

「あんまり嫁に行く気はないかな。今の給料だと一人でも十分暮らしていけるし、老後にも困らなさそう」

「リーコはコールス様のとこに行くべきじゃなかった気がする」



 そういってマリーはため息を吐く。確かにアルケスの羽で働いていたときならば貯金額に悩んだり、老後を不安に思っていたりもしたのでもしかするとそこら辺の誰かと結婚したかもしれない。マリーたちとも、誰かに養ってほしいねだなんて冗談を言い合ったものだ。しかし金銭的に自立すると、誰かに依存したい気持ちもさっぱりと消え去っていた。



「それでさ、リーコはコールス様のことどう思ってるの?」

「え、別に」

「仲いいんでしょ?」

「まあメイドの中では一緒にいる時間は長いかな。どうしても魔道具制作って、時間がかかるし」

「主人とメイドの関係じゃなくて、男と女の関係を聞いてるの!」

「どこまで行っても私はジェイデン様は旦那様だと思うけどなあ」

「ドキドキしたりしないの?」



 ドキドキ。つい先日の私の心臓は、確かに慌ただしく動いていた。あれを女の子の言語に置き換えてみるとドキドキなのかもしれない。



「至近距離にいたらそりゃあドキドキするでしょ」

「じゃあそれが、リトだったら?」



 リトに押し倒されたら――ドキドキ、するだろうか。リトとは彼が少年だった頃からの付き合いだし、悪戯好きのリトとは接触も多かった。



「しないだろうね」

「……」

「どうしたの?」

「いや、何か哀れになって……」



 マリーが頭を抱える。



「えーっと、じゃあ、他の人は? ほら、前にうちの宿に来た明るい髪色の子」

「チャド? しないでしょ、だって子供だよ?」

「あーまあ、そうよね」



 お皿に残った生クリームをすくって口に運ぶ。マリーのよくわからない理論を聞いているうちに、ケーキはすっかり私の胃袋の中に消えていた。



「あんたは気づいてないと思うけどさ……」



 真面目な顔をしたマリーが、ぽつりと漏らす。



「リトは、あんたのこと……好きよ」

「……ごめん、知ってる」

「はぁっ!?」



 ゴン、と鈍い音がした。マリーが立ち上がろうとして机に足をぶつけた音だ。



「知ってたの!?」

「あの態度で気づくなという方が無理かと」

「じゃああんた何でスルーしてたのよ! 周りはあんたの鈍感具合に呆れてたっていうのに!」

「私、そこまで鈍感じゃないよ」



 柑橘系の香りがするぬるい水を口に含む。さっぱりとした香りが口の中のクリームを押し流してくれたが、いかんせん温度が微妙だ。



「マリーならわかるでしょ、私が気づかないふりしてた理由」

「あー、まあわからんでもないけど。でもそれってさ、残酷じゃない?」



 赤い瞳が私を射貫く。



「リーコが今の関係が楽なのはわかるけど、リトのためを思うならきっぱりフッてやんなよ」





 屋敷にある小さな自室に戻ってきた後、私は誰かの手に渡るつまみ細工を縫いながらマリーの言葉を反芻していた。残酷、残酷か。確かにそうだ。私は私の勝手な都合で、リトの気持ちを利用し、振り回していた。アルケスの羽を離れた今だって、リトの好意を利用して自分に付き合わせている。



「とは言ってもなあ」



 相手が告白してこないのだから、ふりようがないではないだろうか。告白されてもいないのに、私はあなたが好きではありませんごめんなさい、だなんて随分と自意識過剰な女である。だがしかし、このままだと俗にいうキープというやつになってしまうのではないか。そんな不誠実なこと、私はしたくはないのも確かだった。


 考え事はまとまらないのに、私の両手はスムーズに動いて薄紅色の花飾りを作り上げていた。大きいものが2つと、小さいものが8つ。それに淡い若葉色で葉も作る。

 それらをホワイトブリムのカチューシャにあたる部分へとバランスを調整しながら縫い付けていく。この世界にはカチューシャが存在せず、ホワイトブリムもうなじで紐を結ぶ形なので、縫い付けは容易だ。全体を見ながら針を進めていくと、完成した頃にはすっかり日が暮れていた。どうやら夕食の時間に遅れてしまっていたようで、扉の向こうからニコレッタの声が聞こえる。



「はーい、すぐ行く!」



 手芸道具をぞんざいに片付けた後、私は煮詰まった思考を放り投げて食堂へと向かった。

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