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 赤の下月に入り、シンシアとその他数人の誕生月の祝いはささやかに行われた。シンシアには組み紐と髪飾りと、他のメイドには季節の花々や本人の好きな聖獣などを刺繍したハンカチを渡したが、思いのほか皆に好評だった。

 特にシンシアに贈ったつまみ細工はこの世界にはないものらしく、エリスの取り巻きにまで声をかけられる始末だ。ひとまず特殊な製法で時間がかかると嘘をついて受注生産はお断りしておいて、彼女たちの誕生月に贈ることを約束した。エリスは私に何か言うことはなかったが、美しい花を羨まし気に見つめる少女のようなまなざしで髪飾りをつけるシンシアを見つめていたので、彼女の誕生月にも贈るつもりだ。年下の少女を仲間外れにして楽しむ趣味など、生憎私は持ち合わせていない。

 誕生月には旦那様も使用人に何か贈られる。執事は品のいいコートだったり、メイドはかわいらしい小物だったり。月が終わる頃になると何を贈ったらいいものかと頭を抱える旦那様に、仲のいいメイドの好みをこっそり教えたりもした。


 エリスの取り巻きに絡まれることも減り穏やかに過ごしていたある日、コールス家の門の前に一台の馬車が止まった。馬車は馬に乗った騎士のような男たちが取り囲んでおり、何だか物々しい様相だ。庭の手入れをしていた手を休め、急いでロバートさんに報告に行くと、彼はにこやかに私に命令した。

 廊下を急ぎ足でメイドや執事たちにお客様の来訪を伝え、玄関ホールに集合するよう命じる。最後に旦那様の私室の前にいるエリスに伝えて玄関へと向かうと、メイドや執事たちがずらりと並んで、お客様を出迎える用意がなされていた。私も慌てて、メイドたちの横に並ぶ。


 しばらく低頭していると執事によって扉が開かれ、複数の人の足音が響く。私たちは許しが出るか、お客様が立ち去るまで床を見つめているしかないのだが、ロバートさんやニコレッタの優雅な案内を受け、客人は去って行ったようだ。執事が小声で「戻っていいぞ」と呟くと、皆がだらだらとした足取りで持ち場へと戻る。お客様のおもてなしの準備があるメイドや執事はここには招集されていないので、あとはいつも通りの仕事をするだけだ。数人のメイドたちは、こっそりと窺い見た客人の噂話をする余裕すらある。



「ね、ね、知ってた? 公爵様だって」



 私と一緒に玄関回りの手入れをしていたメイドのケイトがひそひそと囁く。それにつられて、他のメイドたちも集まってきた。



「ああ、らしいね」

「護衛の騎士様もいっぱいいたんだよ!」

「いいなぁ、私も見たかった」

「暑い中外の掃除をしてたあたしたちの特権だよ」

「外なら昨日私もしたのに……」



 キャッキャとはしゃぐ姿はまさに女子で、年若いメイドたちと自分のテンションの差に呆れてしまう。数年前までは私もあちら側だったのに、と思う反面、旦那様によってある程度の情報が渡されているからか、はたまた噂の公爵様とお会いする機会が用意されているからか、彼女たちのように素直にはしゃげずにいた。



「ねぇ、リーコ。外の掃除代わってくれない?」

「いいけど、どうして」

「だって、もしかしたら騎士様を一目でも見れるかもしれないじゃない!」

「あー、いいよ。私は途中でほうってきちゃったから、道具の場所とかはケイトに聞いて」

「ありがとう! 私は二階の廊下を掃除してたんだけど、ほとんど終わってるのから」

「うん、わかった」



 今にも駆けだしてしまいそうな軽い足取りのメイドを見送り、メイド長へ指示を仰ぎに行こうとすると、執事見習いのチャドに呼び止められる。



「あ、リーコさん! 手、空いてますか?」

「大丈夫だよ」

「よかった! 厨房の手が足りなくて、下ごしらえができる人を探してたんです。お願いできますか?」

「了解」

「他にどなたか仕込みができる人を知りませんか?」



 チャドにうるんだ瞳で見上げられる。彼はまだ子供と呼んでもいい年齢で、ピンクがかったパーマのようなふわふわの茶髪の愛らしい少年だ。背が低いためほとんどのメイドが彼を見下ろす形になるのだが、メイドの中でチャドの懇願を断れる人間は少ない。



「えーっと、ケイトができたと思うよ。さっき、外に出てったからすぐ見つかると思う」

「本当ですか! ありがとうございます、リーコさん!」



 短いジャケットの裾を翻しながら駆けていくチャドを見送りながら、子供ってずるいなあと独り言ちた。





 

 アドニス・ロズリー。侯爵家の五男で、母親は現国王の従姉だ。類稀なる魔術の才能を持ち、現在は王都の魔術研究所で魔道具の研究員を務めているらしい。本人の気質は穏やかで、趣味は植物を愛でること。そんな彼が、コールス家の客室で、私と机を挟んで向かい合って座っていた。

 旦那様の前情報の通り、ロズリー様は穏やかで線の細い男性だった。上背のある旦那様と並ぶと小さく見えるが、少なくとも私よりも背が高い。春の若葉を思わせる髪は背中に一つにまとめてあり、それが逆に彼の女性らしさを引き立てている気がした。旦那様と同じ年のはずの彼は、どうみても私よりも年下にしか見えなかった。



「ジェイから話は聞いているよ。僕はアドニス・ロズリー。こっちは護衛騎士の……」

「ルッツ・リシャールだ」

「お初にお目にかかります、ロズリー様、リシャール様。理依子と申します」



 メイド長に何度も指導された目上の人間に対する礼を取る。彼らの来訪が決まってからマナーのレッスンに力を入れていたため、完璧とまではいかないまでも、それなりの形が取れているだろう。



「そう固くならないで。僕のことはアドニスと呼んで欲しいな」

「公爵家の方にそのような……」

「僕はロズリー家のアドニスとしてここに来ているんじゃなくて、ジェイの友人のアドニスとして来てるんだ。堅苦しいのは貴族の社交場で十分だよ」



 そういってロズリー様は声を上げて笑われる。旦那様に支持を仰ごうと視線を送るが、穏やかにほほ笑んでいた彼は私の視線を受けて数度まばたきをすると、更に笑みを深めて言う。



「アドニスは手が早いな? 俺だってまだ“旦那様”なのに」

「えっ」

「そうなんだ。ジェイの家の子に、僕が先に名を呼ばれる訳にはいかないね。ほら、リーコ。ジェイから先でいいよ」



 旦那様の悪ふざけに、ロズリー様が乗っかる。彼らの背後にはリシャール様が面白いものを見るような目をしており、助け舟は期待できそうにない。6つの目で見つめられた私は、羞恥から顔が熱くなるのを感じた。



「ほらほら、リーコ、言ってごらん? それともジェイの名前を忘れちゃった?」

「そ、そのようなことはありませんが……」

「ジェイデンだよ、ジェイデン。簡単でしょ?」

「………………ジェイ、デン様」



 どうも言わねば開放してもらえそうにない空気に、ええいままよと旦那様の名前を呼ぶ。ただ呼び方が変わる程度のことに、どうしてこの人たちはこんなにも盛り上がっているのか不思議だ。ロズリー様なんかは野次馬よろしく、おお、と声を上げてはやし立てていた。旦那様は旦那様で、いつになく楽しそうだ。



「じゃあ次は僕!」

「アドニス様」

「じゃあ次は俺な」

「ルッツ様まで……一体何なんですか、これは」



 半ば呆れたような視線を向ける私を気にすることなく、男性陣は勝手に盛り上がっている。



「いやーだってジェイからリーコのことは色々と聞いてたからさぁ」

「俺たちももう他人な気がしなくてな。嬢ちゃんには悪いが、勝手に親近感を感じてたんだよ」



 そういいながらルッツ様は私の頭をかき混ぜる。ルッツ様は旦那様よりも更に長身で、騎士の鎧を身にまとっているので圧迫感がすごい。癖のある緋色の髪を背中で遊ばせていて、私が今まで持っていた騎士のイメージとは少し異なるお人だ。身ぎれいにはしているが騎士というよりも、酒場で飲んでいそうな遊び人のようなような印象だ。実際、この中で最年長らしい彼は随分と歳の離れている私に対しても気安い空気で接している。



「色々って、何をおっしゃったんですか……」

「まあ、色々だな」

「はぐらかさないでいただけますか、旦那様」

「さて、俺は旦那様などという名前ではなかったはずだが」

「――――っジェイデン様!」

「はは、そう怒るなリーコ。ただ君の刺繍の腕前を伝えたまでだ」

「そうそう、リーコの作った魔道具を見せてもらったよ! 時間もあまりかからないんだって?」



 ジェイデン様への追及もそこそこに、詰め寄るように身を乗り出したアドニス様の対応に追われる。なんでも彼は布製の魔道具の効力を伸ばす研究をしているらしい。効力と言ってもそれは制作する魔術師の力量に左右されるものなのだが、例えば道具や手段で魔術師の限界を引き延ばせないかと試行錯誤しているそうだ。魔道具制作道具の進歩は遅く、現在使われている魔力を通しやすい鉱物で作られた針が生まれたのすら、私たちが産まれるよりはるか昔だった。



「確かにリーコみたいな落ち人を裁縫士に使えば互いの魔力が反発することはないけど、落ち人にだって職業選択の自由は必要でしょう? 昔は魔術師が刺繍をしているのが普通なんだけど、裁縫士が一般的な今、魔力を通しやすい針は逆効果なはずなんだよ!」

「はぁ」

「そこで新しく生まれたのが絶縁体の性質を持つ魔物の尾羽を加工した針だよ。数が多くは取れないから、試作品としてジェイにも使ってもらってたんだけど」

「ああ、リーコに使わせている」

「あれってそんなに貴重なものだったんですか!?」



 屋敷に来てからしばらくして、ジェイデン様に刺繍用の針をもらった。針にしては色が赤みがかっていたり青いものもあったりと不思議だったが、市販の針と比べると細く、布に引っかかることもないので彼との魔道具制作以外にも自室で使用していた。いつまでたっても研ぐ必要がなかったので重宝していたのだが、高価なものならばおいそれと使うわけにもいかない。



「あー別に高い高くないとかはどうでもいいの。使い心地はどう?」

「今まで使っていたものと比べるのがおこがましいですね。丈夫でどれほど使用しようと針先を研ぐ必要もありませんし、しなりもあるので少々無理があるようなものにでも刺繍できます」

「ホント? あの硬度のせいで加工が大変だったんだけど、そういってもらえると嬉しいなぁ。ジェイはどう?」

「どうもこうも、リーコは阻害する魔力がないからな。他の針と大差ない」

「でも作業ペースは速くなりましたよ。前のものは研ぎながら使っていたので」

「魔力に関してはジェイのとこだけじゃダメか。まあ、他の魔術師にも配ってあるからそっちから情報を集めるよ。ところでさ、何種類か針の形を用意したんだけど」



 試してくれるよね、と有無を言わせない顔でアドニス様はほほ笑んだ。

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