5話
5話目です。
よろしくおねがいします。
馬車を手に入れるために俺はギルドの裏に向かっている。
「なんで、お姉さんがついて来てるんですか?」
「心配だからです」
それから受付のお姉さんは少し不満げな顔になって、
「あと、お姉さんじゃなくて、ネイシャです」
「初耳ですけど…………」
「ふぇ?そうだったかしら、ごめんなさいね」
この人もしかしたらドジかもしれないな。
喋り方も素がでてるし。
それにしてもネイシャさんか…………
オネイシャン……
なんちゃって。
「…………今、変なこと考えませんでしたか?」
「何でもないですよ、オネイシャン」
「はぁー。悠太さんってもしかしてお馬鹿さんですか?」
「やだなーそんな訳ないじゃないですか」
「……………………そうですか」
危ないな。俺の馬鹿がバレるとこだった。
悠君は勉強出来るけど馬鹿。
幼馴染みは俺の事をそう評価していた。
あいつが遠征に行ってからしばらく経つ。
元気にやってるかな。
俺達はギルド裏に着いたがそれらしい物は見えない。
「馬車はどこですか?」
「そこに置いてありますよ。先週まで花が植わっていた所です」
空地には木箱と何かの残骸しかない。
「あっ!あれですよ、馬車」
うん、薄々気づいてた。
この残骸だよね。
俺は馬車…………だった物を見て気が遠くなった。
パーツから見るに二頭引きの幌馬車だろう。
結構高かったろうに。
「聞いていたより酷いですね」
「どうやったらこうなるんだ」
いや、分かるけどね。
鋭利な物で割かれたような跡。
踏み潰された車軸。
幌はところどころ焦げている。
魔物に襲われたんだな…………
可哀想に。
しかし、俺には関係ない話だな。
魔物と遭遇する事なんて、そうある事ではないし。
「修復できそうですか?」
「多分いけます」
この大きさだと覚悟を決める必要がありそうだ。
俺はベストを脱いで腕まくりをする。
ポケットからナイフを取り出し右手で握る。
ここからは本気だ。
俺は目を瞑って集中する。
〇
「『魔術』とはこの世の理を変える力の事です」
黒板の前で台に乗ったミスティオが説明してくれる。
「魔術は火、水、土、風の基本属性と聖、闇、無の特殊属性、分類されます」
教師を意識したのかメガネをかけている。
髪も後ろでまとめている。かわいい。
「魔術を使うには『魔力』という物が必要です」
魔力とは生物の身体、主に血液に含まれているらしい。
勇者の俺達は普通の人よりたくさん持っているという。
「この魔力を身体から取り出すのが『魔道書』です」
そう言ってミスティオは本と指輪、剣の絵を描く。
「魔道書には色々な形状があり、どれも魔力を取り出す機能がついてます。形の違いは使える魔術の数で本タイプが一番多いです」
武器タイプは属性特化型が殆どだという。
聖剣だったら『聖属性の剣の形をした魔道書』
という事になる。
少しかっこ悪くなったな。
ざまぁ。
「魔道書には術式が書かれているので後は集中して念じるだけで魔術が使えます」
つまり魔道書は、魔術発動機能付きの魔力透析機のような認識でいいだろう。
「魔道書を使わない古典的な方法もありますがあまりおすすめしません」
――とても痛いですから。
○
|旧世代の魔術《 アーティファクト・マギ》。
魔道書を介さない魔術の使い方。
非推奨の方法だが俺にはこれしかない。
俺は魔道書が使えないから。
使ってみてもうんともすんともいわないのだ。
理由は分からなかった。
深呼吸。
「ネイシャさん、少し下がっていて下さい」
まずは馬車のパーツを積み重ねる。
左手をもう一段階捲り上げた。
よし、やるか。
覚悟を決める。
そして俺はナイフを振りかぶり、
左腕を思いきり切り裂いた。
刹那、腕に激痛が走る。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――
クソッ、だから魔術は嫌だったんだ。
でもここで止めたら台無しになる。
血は手の甲を伝い指先から滴る。
俺は血で馬車を囲むように術式を書いていく。
それは文字と幾何学模様の組み合わせ。
よし、円形の術式が完成した。
最後に詠唱。
「術式展開」
言葉に呼応し術式が淡く輝く。
「魔力属性『無』、行使魔術『修復』」
殊更光が強くなる。
「|我、世界の理を破壊する!!《 ・ ・・・・・・・・・》」
光は収束し、やがて霧散する。
「やった…………成功だ」
詠唱を終えた俺の目の前には立派な幌馬車があった。
「悠太さん凄いです」
ネイシャさんが褒めてくれる。
しかしその顔はどこか不満げだ。
もしかして、怒ってる?
「でも悠太さん、もう突然あんな事したら駄目よ」
やっぱり怒ってた。
あんな事とは左腕の事だろう。
出来るなら俺だってもうしたくない。
「大体、さっきのは何だったんですか?魔道書を使わない方法なんて聞いたことありません」
「|旧世代の魔術《 アーティファクト・マギ》って言うんです」
魔道書がないなら、
魔力は血ごと取り出せばいい。
術式は自分で書けばいい。
詠唱も自分で行えばいい。
つまり、
「魔道書がしてくれる事を全て自分でしただけです」
「それは大丈夫なんですか?」
「余裕です」
女性の前で情けない姿は見せられない。
俺は無理をして笑う。
「嘘です。泣いてるじゃないですか」
うっ…………だって仕方がないじゃないか。
痛いんだもの。
「本当はちょっと痛い」
「お薬と包帯を取ってきますね」
ネイシャさんはクスリと笑い、ギルドへ走っていった。
ネイシャさんが見えなくなった。
やっと弱音が吐ける。
「はぁー疲れた。もうヤダ」
今日は三年分は働いた。
腕は痛いし貧血気味でふらふらする。
もう何もしたくない。
でも、
「…………悪くないな」
この世界では俺は生きているって感じがする。
日本では味わえなかった、この感覚が心地いい。
俺は仰向けに寝転ぶ。
視点が低くなったら見える世界が変わる。
「馬車の下に花が咲いていたのか」
色とりどりの花。
そう言えばここは花壇だったと言っていた。
その生き残りだろうか?
さっきは見えなかったけど。
「まぁ、どうでもいっか」
考えるのをやめた俺はネイシャさんが戻って来るまで、暫く雲を眺めていた。
今日はもう1話投稿します。