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《促進能力》の異界獣  作者: やなぎ怜


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(9)

「おっさん、相談があるんだけど」


 アムドラルスの元に戻った鞠理はある決意を秘めて彼と向きあった。いつになく真剣な様子の鞠理に、アムドラルスは少しおどろいたような顔をする。


「シュエメイを助けたいの」

「ちょっと待った。話が見えねえ。順番に話してくれないか?」


 そうして鞠理はシュエメイたちと最初に会ったときに感じたこと、そしてつい先ほど見た光景をアムドラルスに伝えた。


 するとアムドラルスは難しい顔をして考え込んでしまう。


「神殿に調査を頼むしかないな」


 アムドラルスによれば神の贈り物である《異界獣》を粗末に扱っているとわかれば、その保護権は取り上げられるだろうとのことであった。しかし鞠理は納得がいかない。


「すぐに助けられないの? 暴力を振るわれてるんだよ」

「気持ちはわかる。わかるが、そいつはあいつから離れることを望んでいるのか?」

「そんなの、痛いのはいやに決まってるじゃん」

「しかしそいつが離れたがらなければ、仮に神殿の調査で暴行の事実が認められても離すのは難しいぞ」


 アムドラルスの言葉に、鞠理は拳をにぎりしめる。


「――じゃあ、わたしが説得する」

「できるのか?」


 鞠理の真摯なまなざしを受けたアムドラルスは、生真面目なおもざしでそう返した。


 はっきり言って鞠理は口の達者な人間ではない。アムドラルスの手前、説得するとは言ったものの本当にできるのかどうか、実のところ怪しかった。


 それでも、と思う。それでもシュエメイは放っておけない。怯え切り、暴力を振るわれている人間が目の前にいるのだ。今の鞠理はそんなシュエメイに対し手を差し伸べずにはいられなかった。


 たとえそれがシュエメイにとって「大きなお世話」であっても、暴力を振るうあれが人としての正しい姿だと鞠理には思えなかった。


 ためらいはあるし、拒絶されたときのことを考えれば怖い。けれどもここで見て見ぬふりをすれば後悔するだろう。あのとき勇気を出して手を差し伸べれば良かったと、そう思うのだけはいやだった。


「……ひとりよがり、かもしれないけど。でも、シュエメイを放っておけないよ」


 鞠理が絞り出すようにそう言えば、元気づけるように、そして背を押すようにアムドラルスは彼女の肩を叩いた。


「もし、そのシュエメイがあいつから離れたいって言ったんなら、あとはおっさんに任せろ」


 力強いその言葉に、鞠理はうなずいた。



 日も落ちかけた頃に森の外で四人は落ちあう。野営のためのテントを二つ張り、そのあいだで火を熾して軽い食事を取る。


 フィビロンは初めてあったときのような、あの妙に人懐こい笑みをはりつけてアムドラルスと会話をしている。しかし鞠理にはもうその笑顔は醜悪以外のなにものにも見えなかった。


「ねえシュエメイ」


 アムドラルスがフィビロンの気を引いているうちに、鞠理は離れた場所で膝を抱えて座るシュエメイへと近づく。話しかけられたシュエメイは大げさなほど肩を揺らして鞠理を見た。その目には相変わらず怯えの色が宿っている。


「ちょっとお花を摘みに行きたいんだけど、いっしょに来てくれない?」

「……でも」

「ねえ、おねがい。ひとりじゃ怖いんだ」


 鞠理がそう言うとシュエメイはおずおずといった様子で首を縦に振った。


「おっさーん! ちょっと行って来る!」

「おう」

「え?」


 シュエメイの手を引いて鞠理は森の中へと駆けて行った。戸惑うようなフィビロンの声が聞こえたがそれを無視して藪の中へと入る。そして川のせせらぎが聞こえる開けた場へとたどりつくと、鞠理はそこで立ち止まってしゃがみ込む。


「話、しよ」


 鞠理の様子が違うことにシュエメイは気づいたのだろう。急に落ち着きをなくして突っ立ったままうろたえる。


 鞠理は隣を手のひらで叩き、そこへ座るようシュエメイをうながす。


 やがてシュエメイは納得したのかあきらめたのかは知れないが、鞠理の横へと腰を下ろした。


「シュエメイ、単刀直入に聞くけど、フィビロンから暴力を振るわれてるよね?」


 そう言った途端、シュエメイの体が揺れた。そしてみるみるうちにその瞳には涙が溜まって行く。これは鞠理にも予想がつかなかったことで、今度は彼女がうろたえてしまった。


 しかし人間関係に希薄な鞠理もこういうときにどうすればいいのかくらいはわかる。


 鞠理はだまってシュエメイの肩に手を置いて、その体を抱き寄せた。鞠理とそう年の変わらないであろうシュエメイの体は華奢と言うには細すぎて、ほとんど骨と皮だけと言っても過言ではなかった。そのことに鞠理はまた衝撃を受ける。


 シュエメイは鼻をすすりしばらくのあいだ静かに涙を流していた。そうしてようやく顔を上げたかと思うと、不安げな様子で鞠理を見上げる。


「目腫れちゃうから川の水で冷やそう」


 シュエメイの手首を取り、川へと誘導する。そのあいだシュエメイはなにも言わず、ただ鞠理の言われた通りに冷えた川水で顔を濡らした。


「わたし見ちゃったんだ、今日の昼間、シュエメイが蹴られてるの」

「……見てたんだ」

「うん」


 シュエメイはばつが悪そうな顔をする。


 シュエメイの雰囲気が変わったのを感じた鞠理は、これでやっとまともな話ができると感じた。


「シュエメイの《能力》ってなんなの?」

「《転移》。物をある位置からある位置に動かせるの。でも、それだけだからあのひとは役に立たないって……」

「……ねえ、シュエメイは今のままでいいの?」


 核心を突けば、シュエメイは黙り込んでしまう。


「神殿に保護してもらおうよ」

「でも、そんな理由私にないよ……」

「あるよ! 自分じゃどうしようもできないことで暴力を振るわれるなんておかしいに決まってる」

「でも……私なんかどうなったって」


 シュエメイの姿に自分の姿が重なったような気がして、鞠理は初めてアムドラルスの気持ちがわかったような気がした。


「よくないよ、シュエメイ」

「え?」

「ぜんっぜんよくない。わたしがよくないよ」


 自分の命を投げ打とうとする、粗末にしようとするその姿が、見る人を傷つけるのだということを鞠理は知った。アムドラルスもこんな気持ちだったのだろうかと思えば、申し訳なさがあふれ出て来る。


「傷つくシュエメイを見たくないよ」

「そんな、あったばかりなのに……」

「時間なんて関係ない。シュエメイがそんな風に自分を責めるのを見るの、わたしすごくいやだって思った」

「…………」

「シュエメイはいやじゃないの? 今のままで本当にいいの?」


 口をつぐんでいたシュエメイは、しばらくの間を置いてから絞り出すような声で話し始める。


「はじめは……あの人も優しかった。けれど、いつからか、あんな風になって……。私、ここに来たとき病気だったの。親に捨てられてお金もなくて……それをあの人は治してくれて……」


 気がつけばシュエメイははらはらと再び涙を流しはじめていた。


「……だから役に立ちたかった。がんばって、きた。けど……なんでか、つらくなっちゃって……けど、どうしようもなくって……」


 シュエメイは涙をたたえた瞳で鞠理を見る。


「――たすけて」



 町の依頼斡旋所の中で、アムドラルスとフィビロンは依頼の報告を終える。フィビロンは朗らかな笑みを浮かべてアムドラルスに礼を言い、その場から離れてシュエメイのいる場所へと行こうとした。しかしそのあまり鍛えられていない腕を、アムドラルスの骨ばった手がつかみ、フィビロンはたたらを踏んだ。


「――なんですか」

「ちょいと話があるんだがいいか?」


 アムドラルスは仮面をつけた顔をフィビロンへと寄せる。その先程までとは違う雰囲気にのまれたのか、フィビロンは貼りつけた笑顔を奇妙に歪めた。


「あんたの《異界獣》を売ってくれないか? 金ならたんまり払うぜ」

「なにを言ってるんですか? 《異界獣》は女神リュケネからの『贈り物』ですよ……そんなまねはできません」

「その『贈り物』にてひどいまねをしてるのはだれかな?」


 アムドラルスの言葉にフィビロンは顔をこわばらせる。


「うちの《異界獣》が現場を見たってよ。これが神殿に知られたら、アンタ、どうなるだろうなあ?」

「ちっ、あんたも悪党だな」

「お互い様だろう」


 フィビロンは今や人当たりのいい笑顔を脱ぎ捨て、軽蔑のこもった目でアムドラルスを見ていた。しかしそんな視線に動じるようなアムドラルスではない。ひょうひょうとした笑みを浮かべながら彼は「商談」を進めようとする。


「あんたの《異界獣》をタダでよこせって言ってるわけじゃあないんだぜ? ただ売ってくれりゃあそれでいい。この件は神殿には黙っといてやるよ。このことが知れたら斡旋所もまともに利用できなくなるだろう? なら悪い話じゃないと思うんだが」

「……なんでそんなに欲しがる。あいつの《能力》――《転移》は依頼じゃまともに使えないぜ」

「そんなことないだろ。《転移》ってことは物を移動することができるんだろ? 俺ももう年なんでね、平和に運び屋にでもやろうかと思っていたんだよ」

「……交換じゃだめか?」


 アムドラルスが引き下がらないと早々に悟ったのだろう。しかしフィビロンは《異界獣》を手放したくはないらしい。だからこそそんな譲歩案を出して来たのだが、アムドラルスは承知しない。


「だめだな」

「……それなら賭けをしようじゃないか」

「賭け?」

「決闘だ」

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