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《促進能力》の異界獣  作者: やなぎ怜


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(8)

「その依頼、ごいっしょさせていただくことはできませんか……?」

「なんだ、あんた?」


 アムドラルスがいぶかしげにそう尋ねれば、青年はあわてたように名乗り始める。


「申し遅れました。オレはフィビロンって言います。駆け出しのなんでも屋でして、実力がないものだからこうして依頼を共同で受理してくださる相手を探しているんです」


 フィビロンと名乗った男はいかにも線の細そうな若者であった。筋肉もそれほどついておらず、一見すると荒事とは無縁に見える。


 困った笑みを浮かべる顔は人懐こいが、その一方でどこかうさんくさい雰囲気を持っていた。


 鞠理は直感的に信用ならない相手だと感じる。なんとなくではあるが、彼は軽薄すぎるのだ。優しげな裏にはなにか刃を隠しているような、そんな不安を覚えてしまう。


「そっちの娘は?」


 アムドラルスの言葉に鞠理はフィビロンの後ろに立つ少女へと視線を送る。二対の目にさわらされた少女は、怯えた様子で肩をすくませた。


「ああ、すいません。こいつは人見知りする性質なんです。名前はシュエメイって言って、これでも《異界獣》なんですよ」


 フィビロンは次いで鞠理に目をやる。それがまるで値踏みするような視線で鞠理は居心地の悪い思いをする。それと同時にやはりこの男はなにか信用がならないという直感を深めた。


「そちらも《異界獣》ですよね」

「ああ、そうだが。――それよりも依頼を共同受理したいって?」

「そうなんです! 先ほども言った通りまだまだオレは駆け出しでして、依頼をなかなかこなせないんですよ……」

「……それならむこうの掲示板から依頼を取った方がいいと思うぜ? 悪いが魔獣退治の依頼でお前さんを守るほどの余裕はおっさんにはないのよ」


 アムドラルスは「比較的危険度の低い案件」と鞠理に教えた掲示板を指差し、冗談っぽく笑った。


 するとフィビロンは一瞬にして落胆した顔をしたかと思うと、次の瞬間には真剣な様子でアムドラルスに詰め寄る。その行動に鞠理は一歩下がってしまうが、アムドラルスは動じた様子もなく応対する。


「実は……所用で金が要り用なんです。母が病気がちで、薬代がばかにならなくて……それで報酬の高い依頼を受けたいのですが、オレはこの体たらくでして」

「そっちの《異界獣》はどうしたんだ?」


 なぜか怯えた様子のままのシュエメイへとアムドラルスが視線をやれば、フィビロンは下がった眉をますます下げる。


「あいつは母の治癒を祈願しにリュケネの神殿へ行った折に出会いました。けれど魔獣退治の依頼にはあまり向いてなくて……」


 鞠理はフィビロンの言葉に引っかかりを覚えた。彼はアムドラルスに対しては下手に出てはいるものの、シュエメイという《異界獣》に対しては「あいつ」とぶっきらぼうな言い方をしている。それがなんとも言えない不安のようなものを鞠理に覚えさせるのだ。


 鞠理はシュエメイのことが気になった。初めて会う同じ《異界獣》だというのもあるが、なぜかびくびくと怯えている彼女のその理由を知りたくなったのだ。


 だが、一方でフィビロンには関わりたくないと言う思いは強い。得体の知れない男である。関わるのは得策ではない。


 それはアムドラルスもわかっているはずなのだが、鞠理の思いに反してアムドラルスはフィビロンの提案を飲んでしまった。


「まあそれくらいならいいぜ」

「本当ですか?! ありがとうございます!」


 そうしてふたりだけで話をまとめてしまい、アムドラルスとフィビロンは連れ立って受付へと向かう。その後ろを釈然としない顔で鞠理はついていく。


「ねえ」


 ふたりの後ろをついて行ったために自然と並ぶ形になったシュエメイへ鞠理は声をかける。するとシュエメイは明らかに怯えの色を帯びた目で鞠理を見た。そんな対応をされたのは初めてのことだったので、鞠理は少しおどろいてしまう。


「わたし鞠理。おっさん――あの仮面の人からは『マリー』って呼ばれてる」

「…………」

「ねえ、シュエメイって地球ってところから来たの?」


 返答のないシュエメイの態度にもめげずにそう質問すれば、シュエメイは今にも泣きそうな顔のままこくりとうなずいた。


「わたしと同じだ。……ねえ、なんでそんなびくびくしてるの?」


 鞠理はこんな質問をした自分におどろいていた。以前までの鞠理であればだれかを気にかけることなどしなかっただろう。しかし今の鞠理はまるでなにかに突き動かされるようにその言葉を口にしていた。なぜかそうしなければならないと、鞠理の直感が告げていたのだ。


 しかしシュエメイが口を開く前に受付から帰って来たフィビロンが口を挟んでしまう。


「人混みが苦手なんですよ。なあ?」


 フィビロンの言葉にシュエメイは何度もうなずいた。


 やはり、挙動不審としか言いようがない。鞠理はフィビロンに対する猜疑を深めると同時に、シュエメイへ強い興味を抱いた。



 夜を町の外で過ごすことになるであろうことを見越し、アムドラルスたちは斡旋所から野営の道具を受け取る。そしてそのまま乗り合い馬車をつかまえると、町から四半刻ほどの距離にある森の前に降り立った。


「ここの魔獣は特に群れてるわけでもないらしい。二手にわかれても平気だな?」

「えっ? ええ……魔獣一匹くらいならこいつとふたりでなんとかできます」

「じゃあ危なくなったら逃げろ。もう日は中天を越えているから、暮れて来たら入口に集合。これでいいか?」


 フィビロンといっしょに行動するわけではないとわかり、鞠理は少しだけ安堵した。しかしシュエメイとも離れてしまうのは残念である。鞠理は同じ《異界獣》である彼女と無性に話がしたかったのだ。


 しかし野営のときにまた話す機会はあるだろうと踏んで、アムドラルスの提案には特に異を唱えない。


 シュエメイはなにを考えているのかわからなかったが、彼女も鞠理がそうしたようにフィビロンの言葉に従うようであった。


「ねえおっさん」


 フィビロンたちとわかれて森にわけ入った鞠理は、先頭を行くアムドラルスに訊ねる。


「なんであの人といっしょに依頼を受けたの?」

「んー……? なんとなくだな」

「なんとなくって」

「マリーがなんかあのシュエメイってのを気にかけてたしな。いやだったか?」


 そう言われてしまってはどうにも言い返せない。


「いやじゃないけどさ……。ねえ、なんかあのフィビロンってやつうさんくさくない?」


 鞠理に背を向けているためアムドラルスの表情はわからなかったが、彼はその仮面の下でなにかを考えているようであった。


「人を見た目で判断しちゃいかんぞ?」

「見た目で判断したんじゃないよ。話し方とかさ……なんとなく信用ならない感じがして」

「まあ今回限りの縁だ。おっさんたちには関係ねえよ。それにあの細っこい坊ちゃんにおっさんが負けると思うか?」

「思わないけどさ」


 心配しているのはそこではないのだ。そこで初めて鞠理はシュエメイの身を案じている己に気づいた。


 シュエメイのあの怯えた、今にも泣き出しそうな瞳が忘れられなくて、鞠理は彼女を心配しているのである。


 だが、その不確定な感情を口に出すのははばかられて鞠理はそれきり黙り込んだ。


 魔獣退治は順調に進んだ。事前の情報通りあの植物型の魔獣のように群れで現れることはなかったので、ほとんどアムドラルスの剣さばきで倒せてしまったほどである。


 鞠理は能力を使うひまがなく、アムドラルスからもらう「おこぼれ」で息の根を止めるくらいだ。


「なんか拍子ぬけ」

「そう言ってるときが一番危ないんだぞ?」

「わかってるけど……」


 魔獣退治がひとだんらくしたところで、鞠理は急にもよおしてしまった。幸いにもこの辺りにいる魔獣はほとんど倒してしまったであろうことは予想がつくし、周囲は木々に囲まれている。近くで川のせせらぎも聞こえた。


「おっさん、ちょっと」

「どうした?」

「えっと……お花摘みに」


 ない知恵を精一杯絞って導きだした言葉を口にすれば、アムドラルスはそれがおかしかったのか奇妙な笑みを作る。しかしすぐに不機嫌になった鞠理を見るやあわてて表情を取りつくろう。


「じゃーおっさんはここで待ってるから、気をつけてな」

「わたしには《能力》があるし、だいじょうぶ」

「そういうときが一番――」

「わかってるってば」


 アムドラルスと別れ、少しだけ遠い場所で鞠理は藪に隠れて用を足す。それが終わってハーフパンツを下着ごと上げているとき、ふと川のせせらぎが聞こえる方角から人の話し声がするのに気づいた。


 フィビロンとシュエメイだろうか。


 空に目をやれば日もそろそろ暮れはじめる時間帯である。ならばここで声をかけて合流するのがいいかもしれない。そう思い鞠理は声のする方へ歩を進めた。


 しかしすぐにその声が剣呑な雰囲気を含んでいることに気づき、鞠理は慎重に足を運ぶことにする。


「――ったく、本当に役に立たねえな」


 そこには人懐こい笑みを剥がし、侮蔑に満ち溢れた表情をしたフィビロンがいた。そしてそのそばには怯えた目で彼を見るシュエメイの姿がある。


 声をかけようと思っても、ふたりのあいだに流れる空気が――より正確にはフィビロンのまとう不穏な空気がそうさせることをはばむ。


「せっかくくじ引きで当てたのに、使えねえ《異界獣》を引いちまった」

「……ごめんなさい」

「謝って今すぐどうにかできるのかよ?」

「ごめんなさい……」


 シュエメイはうつむいたまま何度もフィビロンに謝罪する。その姿に鞠理は固まってしまう。


 鞠理はシュエメイ以外の《異界獣》に会ったことがない。だから《異界獣》を保護することになった人間は、皆アムドラルスのように優しいのだと無意識のうちに信じ込んでいたのだ。それゆえにフィビロンのシュエメイに対する態度は彼女にとっては衝撃的であった。


 同時にふつふつと怒りがわいてくる。《異界獣》の《能力》はリュケネから与えられるものであり、本人に選択権などない。そんなどうしようもない不可抗力の部分を責め立てられているシュエメイがかわいそうでならなかった。


 だが、ここで飛び出して行ってもどうしようもない。逆に開き直られてしまってはどうしよう、という思いもあった。《異界獣》と言えども鞠理はまだ十三の少女である。あんな風な物言いをする成人男性は純粋に恐怖の対象であった。


「あっ」


 鞠理は思わず小さく叫んでしまった。


 フィビロンがシュエメイの腹を蹴り上げたのである。シュエメイはうめき声をあげて河原に倒れ込み、腹を押さえて何度かせき込んだ。そんな姿が見ていられなくて鞠理は視線をそらしてしまう。


 どうしよう。どうすれば……。


 鞠理はシュエメイを助けに出るべきか悩んだ。だが体は恐怖と衝撃でこわばったまま動かない。そんな自分が情けなくて鞠理はくちびるを噛んだ。


 幸いにもフィビロンはそれ以上シュエメイに暴力を振るうことはなく。ふたりは連れ立って森の中へと消えてしまう。


 鞠理はふたつの背を見送り――そして決意した。

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