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《促進能力》の異界獣  作者: やなぎ怜


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2/12

(2)

 アムドラルスと名乗った男の暮らす国では複数の神が信仰されている。そのうちの一柱リュケネは生命と旅の女神であった。


 このリュケネはしばしば人の世に贈り物をする。それが《異界獣》。


 異界より(きた)るその人間によく似た生物は、いずれもが死を望んでおり、それをあわれんだリュケネの慈悲によって《能力》を与えられこの世界にやって来るのだと言う。


 そうやってリュケネを信仰する人々は古より《異界獣》を保護し、そしてときにその《能力》を活用して暮らして来た。


 昔からのしきたりによりその《異界獣》を保護し――ありていに行ってしまえば「飼う」人間は厳正なる「くじ引き」によって決められる。


 女神の存在のあかしであるこの《異界獣》を欲する人間は多いらしく、相当の倍率を超えて「《異界獣》を保護する」という権利を手に入れたのがこのアムドラルスであった。


 ――というようなことを鞠理はリュケネの神官である禿頭の男と、アムドラルスから説明されたのである。


 当然ながらすぐには信用できなかったし、白昼夢を見ているのではないかと疑った。しかし彼女はすぐに現状を飲みこんでしまう。もとより捨てようと思っていた命なのだ。いまさらどうなろうと鞠理にとってはどうでもよいことであった。


 そんな様子がふたりにも伝わったのか、鞠理より何倍も生きているであろう男ふたりはそろって困った顔をする。だが、鞠理はそんなふたりの様子に頓着することもなく、至極冷静にこれからのことについて問うた。


「それで、わたしはどうなるんですか? そちらの方がいっしょに暮らすとかどうとか言ってましたけれども」

「アムドラルス、な。仲間内からは『ラル』って呼ばれてる。なんなら『おっさん』でもいいぞ」


 アムドラルスはおどけて言った。しかしすぐに鞠理は「じゃあおっさんで」などと言い出したものだからあわててしまう。


「お、おい……おとなしそうな顔してると思ったら意外と言うな」

「それより話を続けましょうよ。――それで、これからわたしはこの人と暮らさなければならないんですか?」


 アムドラルスでは話にならないと判断し、鞠理は禿頭の神官へ水を向けた。白いひげをたくわえた神官は緩慢な動作でうなずいて答える。


「しかし、貴女様が『いやだ』と申すのであれば変えることもできますぞ」

「でも……くじ引きで決めたんですよね? それって引っくり返せるんですか?」

「神籤は神の導き……ですが無理強いはしませぬ」

「そうしたらまたくじを引き直すんですか?」

「ほとんどの場合はそうなりますな。それもいやと申すのであればこの神殿の預かりとなります」


 神官の言葉に鞠理は考え込む。鞠理からすればまったく素性の知れぬ男に己の身を預けることに不安はあった。もっと言えば、その結果として痛い目を見るのがいやだったのである。


 たしかに死にたいと思っていたし、今でも生きる気力はまったくといっていいほどなかったが、だがそれとこれとは別である。死ぬのならばできるだけ痛くない方法がいい。鞠理はそう考えていたのだ。


「……あの、ちなみにおっさんはどこで暮らしているんですか」

「『おっさん』で固定かー。まあいいけど……。――おっさんはここから馬車で一日ほど離れた『パータ』って村のそばで暮らしてる」

「けっこう遠いんですね」

「そうか?」


 距離の感覚が違うらしく鞠理の感想にアムドラルスは首をかしげる。


「それと……《能力》ってなんなんですか? よくわからないのですけど……」

「《能力》はリュケネが《異界獣》に与えられた、この世界で新たに生きて行くための力……のようなものですな。具体的にはなにもない場所で火を熾したり、氷を生成できたりします」


 超能力みたいなものかと鞠理は解釈する。しかし鞠理自身には以前となにかが変わったと言う感覚はひとつもなく、いまいち実感がわかない。


「それってどうやって使うんですか?」

「リュケネのお導きによる……としか言えませぬな。なにぶんわたくしどもは《能力》は使えませぬ。今までの《異界獣》によればリュケネの導きがあって初めて使えるようになるそうですぞ」


 ずいぶんと抽象的な話に鞠理はまた考え込んでしまう。正確には困っていた。


 このアムドラルスという男は伊達や酔狂で《異界獣》の世話などに買って出たわけではあるまい。となれば目的は《異界獣》が持つ《能力》だ。だがその《能力》は「導き」とやらがなければ使えるようにはなれないらしい。


「わたし、今のところ『導き』とかは感じられないのですけど」


 鞠理は正直にそう告白する。あとから詐欺だなんだと責め立てられてはかなわないと思っての行動だった。


 だが鞠理の予想とは対照的にアムドラルスは磊落に笑うと、また鞠理の頭をその大きな骨ばった手でわしゃわしゃとなでる。


「なんだ? 《能力》が使えなかったらほっぽり出されるって心配してんのか?」

「いえ、そういうわけじゃ――」

「安心しろよ。そんなことしねえって。傭兵団から離れて田舎暮らしを始めたんだが、どうにも寂しくってな。ひとつ同居人でも欲しくて、どうせなら《異界獣》ってやつにしようと思ってくじ引きに参加したわけよ。……そういうわけだから、な。別に《能力》は使えなくても構わないんだわ」


 アムドラルスの言葉に鞠理は安堵した。それならばこの男についていってもいいかもしれない。神殿での生活よりもアムドラルスの言う「田舎暮らし」の方がいくらか想像が働くのもあった。


 それになんとなくだが、鞠理はアムドラルスの雰囲気に安心感を覚え始めていたのもある。鞠理の父親よりも年上に見えるこの男には、どこか包容力というようなものが感じられたのだ。孤独な鞠理はアムドラルスのまとうそんな雰囲気に無意識のうちに惹かれていた。


「それじゃあ」


 鞠理は気恥ずかしさからアムドラルスの手を頭から引きはがすと、一歩距離を置く。


「よろしくおねがいします」


 そして深く頭を下げた。それが鞠理なりの、これから世話になる身としての礼儀の示し方だった。


 アムドラルスは人の頭をなでるのが好きなのかは知れないが、そんな鞠理の頭にまた手を置いて髪をかきまぜるように動かす。犬猫に対する態度のようだと鞠理はひそかに思った。


「そう肩を張るなよ。こっちも緊張しちまうだろ」

「でも、わたし、これからおっさんの世話になるんですよね?」

「あーそれそれ。『おっさん』とか呼ぶ度胸があるんならもっと気やすくできるだろ?」

「……わかった。よろしく、おっさん」


 鞠理はそう言えばそれでいいとばかりにアムドラルスはぽんぽんと手を彼女の頭の上で跳ねさせる。


「話はまとまりましたかな」

「ああ……いいんだよな? マリー」

「うん」

「それでは……どうか貴女にリュケネの祝福があらんことを」


 そうして鞠理はアムドラルスに連れられて神殿をあとにした。


「そのかっこうじゃ目立つな」


 礼拝におとずれたのだろうか、神殿の周りに集まっていた人間たちの目が鞠理に集中する。鞠理は周囲の様相と自らのかっこうを比べて、あらためて別の世界に来てしまったのだと感じた。


 彼らの多くが着ているものは鞠理の服よりも仕立てが荒く、布の目も遠くからでもわかるものだ。対する鞠理の服は元の世界ではよくある制服だが、しっかりとした生地と縫いであるのは明らかで、くたびれた様子もなくこちらの世界では悪目立ちしてしまっていた。


 そんな鞠理を見かねて、アムドラルスは肩にかけていたローブを彼女にかぶせる。


「とりあえずそれ着とけ」

「……ありがと」


 アムドラルスが着ていたときは彼の腰を過ぎた辺りまでだったローブは、鞠理がまとえばふくらはぎまですっぽりと体を隠してしまう長さであった。


 深い藍色のローブからは少しだけ土のにおいがしたが、不快ではない。


 鞠理はアムドラルスの好意に甘えることにして、ローブの端をつかみ前をかきあわせた。


 そのあいだにアムドラルスは辻で流している乗り合い馬車をつかまえていた。


「それじゃ、改めて行くとするか」

「うん」


 人でごった返す馬車へはアムドラルスが先に乗り、鞠理へと手を伸ばして小さな彼女の体を引き上げた。干し草と汗と馬のにおいのする車の雰囲気に圧倒され、鞠理は言葉を失う。しかしそれは嫌な感覚ではなかった。


「……マリーの世界にも馬車ってあるか?」


 おどろいた様子の鞠理を気遣ってか、腰を落ち着けたアムドラルスがそう問う。鞠理も彼にならって干し草の上に腰を下ろした。それと同時に馬車が動き出し、小さな石を巻き込むたびにがたごとと車体を揺らしながら進み始める。


「あるけど、乗ったことはないよ」

「へー、じゃあこれが初めてか」

「うん」


 馬車に揺られながら鞠理はこれが現実なのかと再び考えはじめていた。現実だとすればなんと都合がいい世界なのだろう。居場所を求め、だれかに求められることを欲した結果が《異界獣》という存在へと自分を変えたのだとすれが、それはあまりに出来すぎている。


 そして鞠理の中に不安が芽生えた。ただひたすらに感覚を鈍化させて生きて来た。そして死への渇望に突き動かされるまま走り――この世界へとやって来た。


 それでは、この世界ではどうすればいいのだろう? ちゅうぶらりんになってしまったような感覚に、鞠理は思わずうつむく。


「あのさ、おっさん」

「ん? どうした?」


 騒がしい馬車の中でふたりは体を寄せあう。そこから伝わる体温に鞠理はなんだか無性に泣きたくなった。こんな風にだれかの体温を感じたことなどいつぶりだろうか。


「これって夢じゃないよね」

「つねってやろうか?」

「やだ」


 こちらにもそうして夢かどうかたしかめる文化があるのだなと、妙なところで関心しつつ鞠理はアムドラルスの腕に頭を預ける。なんだか頭がぼんやりとして、重くて仕方がなかったのだ。


 それが眠気と気づくのにはしばらく時間がかかった。なにせ今、眼前に広がる世界が夢のようであったからだ。


「眠いのか?」

「……わかんない」

「パータまでたっぷり時間はあるからな。なんなら今のうちに寝とけ」

「やだ」


 鞠理はアムドラルスから借りたローブを握り締める。顔をうずめれば土のにおいが強く香った。それにほのかに汗のにおいもする。その五感を刺激するひとつひとつに鞠理は名残惜しさを感じるのだが、どんどんとその感覚が鈍くなっていってしまう。


「夢じゃねーよ」


 アムドラルスはそう言ってまた鞠理の頭をなでる。頭をゆるやかに揺さぶって来るその感覚が心地よくて、次の瞬間には鞠理は意識を手放してしまっていた。

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