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《促進能力》の異界獣  作者: やなぎ怜


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(11)

「ワイバーン……ってなんですか?」


 来客に粗茶ながらお茶を振るまった鞠理は、リシャールカの口から出てきた言葉に首をかしげる。


 リシャールカはかつてアムドラルスのいた傭兵団の元団長の娘であるらしい。しかし今は傭兵団を離れ、テラを連れて武者修行の旅途中だと言う。そういうわけでふたりは旧知の仲ということであった。


 糖蜜菓子を口に放り込みながらリシャールカは鞠理の疑問に答える。


「竜の一種ね。一般的に想像されるような竜よりかなり小型で四足じゃなくて二足なのが特徴」

「それを討伐しに?」

「そう。群れからはぐれたワイバーンがこの村の近くに営巣しちゃってるらしいのよ」

「初めて聞いた」

「おっさんも昨日初めて聞いたからな」


 リシャールカの体面に座り、茶をすすりながらアムドラルスは答える。ティーカップを配り終えた鞠理は盆をキッチンに戻すと、三人の話に加わるべくアムドラルスの横に腰を下ろした。


 アムドラルスの言葉に昨日酒場へ行ったのは、単に遊興の目的だけではないと鞠理は今さらながらに気づかされる。


「じゃあ、倒しに行くの?」

「まー頼まれちゃったしな。町の方に依頼を出したからもし受領者が来なかったらやってくれとよ」

「そういうわけで受領者は現れたわけど、手伝ってくれるわよね?」


 リシャールカは満面の笑みを浮かべアムドラルスを見た。それ見たアムドラルスはめんどうくさそうな顔をして頬をかく。


「修行中じゃないのか?」

「さすがにワイバーンをふたりで倒すのは無理があるってば!」

「そっちの……テラだったか? の《能力》はなんなんだ」

「僕の《能力》は《結界》です。空中に防御壁が張れる《能力》ですね。……そういうわけであまり能動的な戦闘には向いていないんですよ。僕自身あまり体力には自信がありませんし」


 そう言ってテラは申し訳なさそうにアムドラルスを見る。二対の視線を受けていたアムドラルスは、そこに鞠理の目も加わっていることを察すると「あー」となんとも言えない声を上げた。


「――たしかに、ワイバーンを実質ひとりで狩るのには無理があるし、マリーの能力は戦闘向きだ」

「そうなの?」


 リシャールカの問いに鞠理は答える。


「《促進》という《能力》が使えます。簡単に言うと植物の種とかなら急成長させられて、すでに育っているものなら老化させられます」

「今回の依頼に最適じゃない!」


 膝を叩いてリシャールカは喜ぶが、アムドラルスは渋い顔のままであった。彼がそんな顔をするのを不思議に思い、鞠理は首をかしげてアムドラルスの顔をのぞき込んだ。


「どうしたの? おっさん。依頼受けたんでしょ?」

「受けたが……お前を連れて行くとは言っていない」

「えーっ?! なんでなんで?!」


 鞠理が口を出すより先にリシャールカが駄々っ子のようにアムドラルスへと食いつく。


「テラの《結界》で防御しつつあたしとラルで応戦、その子が《能力》を決める! 完璧な布陣じゃない!」

「そうだよおっさん」

「しかし僕の《結界》があっても危険ですよ。それにその《能力》を大容積の相手に使った経験はありますか?」


 意外にも冷静な意見を出したのはテラであった。


 たしかに鞠理の能力はアムドラルスよりもひとまわりほどの大きさの相手にしか使ったことがない。そのことに思い当った鞠理であったが、簡単に折れるほど彼女は素直な性格ではなかった。


「ない、けどたぶんできるよ。それに仮に最期まで《促進》できなくても攻撃の手は多いほうがいいと思う。……だよね、おっさん」

「まあ、そうだが。本当に着いて行く気か?」

「うん」

「じゃあ決まり決まりー! さっそく準備に入るわよ! ラル、野営の道具はあるわよね?!」

「お前なあ……」


 アムドラルスは空気をぶち壊すような快活すぎるリシャールカを見てため息をついた。しかし動き始めたリシャールカを止めるのはかなり難儀な話である。それをテラもわかっているのか、アムドラルスと鞠理に対して申し訳なさそうな顔をした。



 野営と戦闘の装備を整えた一行は、森を抜けた先にある切り立った渓谷を目指す。大岩がそこらに転がっており、その合間をぬうようにして裂け目から植物が芽を出していた。


 ワイバーンは高所に営巣するとのことで、こたびの移動はちょっとした登山の様相をていしており、残念ながら体力のない鞠理とテラのために一行は休憩を取りながら登ることになる。


 より正確にはアムドラルスも年齢的に岩肌を登って行くのは少しだけ疲れるようで、その姿を見たリシャールカにおちょくられることとなった。


 しかし一日目の探索は空振りに終わる。


 アムドラルスいわく、群れからはぐれたことでもう少し低所に営巣しているかもしれないとのことであった。それを裏づけるように一行の道筋には鋭い爪跡の残る岩が転がり、乾燥したフンが落ちていたのだ。このあたりにいるのは間違いないだろうとアムドラルスたちの意見は一致した。


 だがなにはともあれ日暮れは間近である。早々に四人は野営の準備に取りかかった。火を熾すための薪は持って来ていたので問題はなく、あとはアムドラルスが鳥を二羽落とし、それに加えて携帯食料が夕餐となる。


 ちろちろと中心にある炎が四人を照らす中、会話を楽しみながら食事は進む。特に武者修行で各地を転々としているリシャールカとテラの話は鞠理には興味深かった。リシャールカの方も久方ぶりにあうアムドラルスと積もる話があるようで、その口は饒舌だ。


 見たこともない異国の文化に食事、手ごわい魔獣との戦いとその肉。うっかり迷いの森に踏み込んでしまったときに食べた植物の味……。食事の話がやけに多いのが気になったが鞠理は放っておくことにする。


 目を輝かせて耳を傾けてくれる相手がいるせいか、リシャールカもまるで軽い酩酊状態のようにぺらぺらと舌が回る。それを見るふたりの男の顔はなんとも言えないものだが、少なくともそんな彼女をいとっているわけではないということはわかった。


 だがアムドラルスは、リシャールカがついにはこんな話をしはじめたせいであわててしまう。


「ねえねえマリーはなんでラルが仮面をつけてるか知ってる?」

「ばっ……お前……!」

「えっ。知らないです」


 わずかに腰を上げるアムドラルスの姿に鞠理は目を丸くした。しかしリシャールカの話の方が気になって仕方がない。


 なぜアムドラルスが仮面をつけているのか鞠理は今まで口にしたことがなかった。それはアムドラルスに対する遠慮もあるが、もしなにかしらの深い事情があるのだとすれば触れないのが得策だと考えていたこともある。


 だが、それでも気になるものは気になるのだ。そして今その厚いベールがリシャールカという旧知の人物の手で開かれようとしている。これは鞠理に取って魅力的なことであった。


 鞠理が乗って来たのを見るや、リシャールカはその耳に口をよせて内緒話をするようにささやいた。


「『かっこいいから』だって」

「えっ」

「『かっこいいから』……うふふ。ラルにもかわいい時期があったんだねえ」

「えっ、え?」


 予想外の答えに鞠理は拍子抜けした。それと同時になんだかいつも余裕の表情でいるアムドラルスの姿が脳裏をよぎると同時に、その仮面をかっこいいからつけ始めたのだと聞くと、奇妙なおかしさが込み上げて来る。


「リシャールカあ……」


 鞠理に秘密がバレてしまったことを悟ったアムドラルスは低い声でうなった。しかしリシャールカは涼しい顔である。


「お父さんが言ってたんだから本当のことだよ」

「昔の! 話だ!」


 珍しく声を上ずらせて弁明するアムドラルスが哀れに思えて、鞠理は思わず助け船を出してしまう。


「で、でも、その仮面って役に立ったことありますし」

「え? うっそお」

「本当ですよ」


 そうして先の決闘とそれにいたった顛末を説明して聞かせてやった。すると今度はリシャールカが目を輝かせる番である。おちょくったりしつつも、なんだかんだとアムドラルスのことが好きなのだなと鞠理は思った。


「やるじゃんラル!」

「っつーてもその《異界獣》を説得したのはマリーだけどな」


 やや照れくさそうにしながらもアムドラルスはいつもの調子を取り戻したらしい。


 輪の中の話は《異界獣》のことに移った。


 テラはこれまでにも自分と同じ《異界獣》に何人もあっているらしい。いずれも地球から来た人間が多く、人種は様々とのことだ。だが日本人にあうのは鞠理が初めてとのことである。


「そういえば『知っているか』……と言えば、マリーさんは満夜祭(まんやさい)をご存じですか?」

「満夜祭?」

「あー、そういやそんなのもあったなあ」

「もーラルってば結構重要なことなのに教えてなかったの?」

「忘れてたんだよ」


 鞠理が知らないと首をひねれば、リシャールカからアムドラルスに叱責が飛ぶ。そんなリシャールカの責めに対してアムドラルスはいつものひょうひょうとした態度を崩さず頭をかいた。


 そんなふたりを置いてテラが丁寧に説明をしてくれる。


「満夜祭というのは僕たちの世界で言うところの冬至にあたります。つまり、一年のうちでもっとも昼が短い日のことを『満夜』と呼び、死と夜の神のために祭りを催すんですよ」

「それが《異界獣》となんの関係が?」

「死の世界と夜の時間は、こちらの人からすれば一種の『異界』にあたるそうなんです。ですから満夜の日には死と夜の神の力が強まり、異界が身近になるそうなんです。……まあ前置きはこれくらいにしておいて、端的に言うと満夜の日にはこちらの世界から見た異界――つまり僕たちの元いた世界を見ることができるんですよ」


 テラの言葉に鞠理は少なからずおどろき、そして少しだけ元いた世界のことが気になった。そう言えば、あちらでは自分の扱いはどうなっているのだろうか? そんなことを考えるも鞠理には上手く想像ができない。


「それでですね、《異界獣》たちの中には満夜の日に死と夜の神の神殿を訪れる者もいるんですよ。神殿にある水鏡に不思議と元の世界の姿が映るそうなんです」

「テラさんは見たことないの?」


 鞠理の言葉にテラは首を横に振った。


「正直に言って見る気はないですね」

「どうしてか、聞いてもいいですか?」

「はい。……僕はこちらの世界での生活が気に入っているんです。もちろん元いた世界でだって、楽しいことはありましたし、気になることだってあります。けれどね、やっぱりつらい思いの方が強いんですよ。どうしてもね。ですからなんとなく、水鏡をのぞくのが怖いんです」

「怖い?」

「里心がつく、とでも言うのでしょうか。あちらの世界のことが気になりだしたら、それはそれでつらいじゃありませんか。……そんな思いはしたくないんですよ。だから僕は水鏡を見る気はないんです」


 そんなことは鞠理は考えたこともなかった。


 元の世界のことが気にならないと言えば嘘になるが、たしかに鞠理にとってもあちらの世界ではつらいことばかりだった。だから水鏡をのぞいて見ても「里心がつく」ことはないだろう。そう断言したかったものの、鞠理にはできなかった。


 もしかしたら、と思ってしまうのだ。もしむこうの世界で両親が心配していたら、自分はあちらの世界に帰りたくなるのだろうか。そんな思いがぬぐえずに鞠理は口をつぐんで考え込んでしまった。


 そんな沈黙を破るかのようにリシャールカの明るい声が場を取り持つ。


「まー満夜祭まで時間はあるんだし、じっくり考えればいいんじゃない?」

「そうですね……」

「一度逃せばそれきりという話でもないですしね。よく考えるといいですよ」


 テラとリシャールカにそう慰められるように言われ、鞠理はアムドラルスを見た。しかし彼はわれ関せずといった様子で鳥肉をほおばっており、鞠理は少しだけ不安を覚えた。


 アムドラルスは鞠理の元いた世界について必要以上に聞いて来ない。それは鞠理にとってありがたかったが、同時に彼があちらの世界についてどういった考えを持っているのかが不透明で、彼女はときおりどう動けばいいのかわからなくなってしまう。


 だがわざわざ問いただすのもなんだか気まずく、結局このときも鞠理はアムドラルスになにかをたずねるということはしなかったのだ。

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