(10)
フィビロンはアムドラルスの年齢から勝機を見出したらしい。たしかに、アムドラルスはすでに最盛期を過ぎて久しかった。傭兵としてはそろそろ使いものにならなくなる時期である。だからこそフィビロンは勝てるだろうと算段したのであった。
町の中央広場でふたりの男が対峙する。その周囲には決闘と聞きつけた野次馬たちが集まり、しきりにふたりをはやし立てていた。娯楽の少ないこの世界においてはこういった争いごとも住民たちの「楽しみ」のひとつなのである。
「勝負は一回きり。剣でやる。立ちあい人はこの群衆だ」
フィビロンは不遜な笑みを浮かべ鞘から両刃剣を引きぬいた。それにあわせるようにアムドラルスも鞘から剣を取り出す。
最初に仕かけたのはフィビロンである。地を蹴り、アムドラルスへとその刃先を向けた。しかし年よりも軽快な動きを見せるアムドラルスに第一撃はかわされてしまう。
思ったよりも機敏に地を踏み、フィビロンの攻撃を巧みにかわしていくアムドラルスに群衆はどよめいた。
フィビロンは攻撃を避け続けるアムドラルスに対しいら立ちをつのらせる。それを察したアムドラルスはフィビロンの胸元へと踏み込む。しかしフィビロンもずぶの素人ではない。アムドラルスの一撃を剣で受け止めた。
アムドラルスは刃が止められたのを見るや、すぐさま剣先を引いて二撃目を叩き込む。だがそれもフィビロンの剣はさえぎることに成功した。
二つの刃がせめぎあい、剣先を交わらせては離れて行く。そして触れあうたびに激しい音を立てる。一合、二合と激しい打ち合いが続くが両者とも一歩たりとも引きはしない。
そして次第にフィビロンが押され始めた。広場の中央から押し出されはじめ、その体は端へ端へと寄って行く。同時にフィビロンの息が上がりはじめた。しかしアムドラルスの剣戟の激しさは変わらない。次々と繰り出される攻撃に、フィビロンは防戦一方となって行く。
そんなふたりの様子を、鞠理とシュエメイは体を寄せあって見つめていた。シュエメイは不安か、あるいは目の前の剣戟の激しさに恐れをなしたのか、小さく震えている。そんなシュエメイを励ますように鞠理は彼女の肩を抱いた。
「だいじょうぶ。おっさんなら絶対勝つよ」
鞠理はそう確信していた。
フィビロンの防戦一方から戦況は変わらず、このままで終わるかとだれもが思ったとき、彼は攻撃の隙をついて服の中に手を突っ込んだ。そしてなにかを取り出すや、それをアムドラルスにぶつける。それはなんの変哲もない、砂であった。
「うわっ」
「おっさん!」
砂をぶつけられたアムドラルスがひるむ。鞠理は思わず悲鳴にも似た声を上げた。群衆からも「決闘じゃないのか?」「ひきょうだぞ!」などと野次が上がる。
だがフィビロンはその好機を逃すようなまねはしない。これで終わりとばかりに大きくふりかぶり、顔をうつむかせたアムドラルスの首を狙う。
しかし、その腕が振り下ろされることはなかった。
アムドラルスは素早くフィビロンの胸元へと踏み込むや、剣の柄でしたたかに彼の腹を打ったのである。
その衝撃強さにフィビロンは息を詰まらせた。そして次の瞬間にはアムドラルスによって手にしていた剣を遠く弾き飛ばされてしまう。
一瞬の静寂ののち、周囲はアムドラルスの勝利にわき上がった。
「砂ぶつけられたときはだめかと思った」
日が中天にある中、馬車にゆられながら鞠理はそう回想する。横に座るアムドラルスは顔の上半分をおおう仮面を叩いて笑った。
「これのおかげで意味はなかったな。……まあ、あいつがなにかしてくるのは予想はついたがな」
そう。フィビロンがぶつけた砂はアムドラルスのつけていた仮面にはばまれて、ほとんど意味をなさなかったのである。
あの決闘のあと、フィビロンは悪態をついて逃げ出した。むろん、シュエメイを置いて。ひきょうな男ではあったが一応約束は守ってくれたらしい。……本当にそうであるかは置いておくとして。
そしてシュエメイは町にあるリュケネの小神殿に預けられた。ここから鞠理が来たときのようなあの大きな神殿へ移送されるとのことである。
シュエメイに話を聞けば、特定の個人の保護は受けず神殿の世話になるつもりだと言っていたので、このあとのことはだいじょうぶだろう。鞠理は肩の荷が下りたような気分になった。
そしてシュエメイからは何度も礼を言われ、鞠理は気恥ずかしくなると同時にふわふわとしたうれしい気持ちで満たされた。勇気を出して手を差し伸べて良かったと、このときになってようやく思えたのだ。
「マリー」
「ん?」
「よくやったな」
磊落に笑いアムドラルスは鞠理の頭をなでくる。いつもより強い力に鞠理の頭は振り回された。しかし、いやではない。
「よくやったのはおっさんだよ」
「でもおっさんだけじゃどうしようもできなかっただろうよ」
「そうかな……」
「おっさんもひきょうな大人だからな。関係ないことには首、つっこみたくないわけ」
「でもおっさんは助けてくれたよ。……だから、ひきょうじゃない」
鞠理が真剣な様子でそう言えば、アムドラルスは歯を見せて笑った。
「ありがとな」
その日の夜の寝つきはいつになく良かった。今までに感じたことない充足感の中で、鞠理は眠りの底へと落ちて行くことができたのだ。
わからなかった「じぶんにできること」。そしてその「範囲」。それが少しだけ形を見せてくれたような、鞠理にとってはそんな日の出来事であった。
「たのもー!」
その訪問者は冬をひかえた秋の空っ風がきつい日に現れた。
その日のアムドラルスは前の晩に村の酒場で飲んで来たのでいまだに高いびきをかいており、応対に出たのは早々に起きていた鞠理であった。
「……どちらさまですか?」
訪問者は見事な赤毛をひとつにまとめ上げた、そばかす顔の快活そうな女性である。腰には細剣を提げており、軽装ではあるが革の鎧を身につけていた。そしてそのうしろには女性よりも頭一つぶん背の高い青年がいる。
「あれっ? あなただれ?」
「いや、それはこちらが聞いているんですけれども……」
赤毛の女性は鞠理が出たことにおどろいたのか、目を丸くした。そしてその口から出てきた言葉に、鞠理の猜疑は深くなる。
それを察したのか女性はあわてた様子で手を振るう。
「あれっ? あれ? おっかしいなー……ここにはたしか仮面のおっさんがひとりで暮らしてるはずなんだけどなー」
「おっさんならいますけど……知り合いですか?」
「えっ? いるの? じゃああなたってだれ? ま、まさか子供……?!」
「違います」
女性が妙な勘違いをする前に鞠理は素早く断じた。
遅々として進まないふたりの様子に気をもんだのか、女性の後ろにひかえていた青年が声を出す。
「とりあえず自己紹介しましょうよ。初対面なんですし」
「あ、ああそうね」
せきばらいをひとつして女性は胸を張って高らかに名乗りを上げる。
「あたしはリシャールカ! 武者修行中の傭兵! よろしくね! で、こっちはあたしの《異界獣》のテラ!」
「どうも初めまして。ご紹介にあずかったテラです」
「あ、こちらこそ失礼しまして……」
テラはそう言ってごく自然な動作で頭を下げる。それを見て反射的に鞠理も会釈をして名を名乗る。
「ところであなたって《異界獣》よね。顔つきが違うもの。どことなくテラに似てるわ」
「たぶん同じ日本人だからですよ」
テラの言葉に鞠理はおどろき、改めて彼の顔を見た。なるほど、たしかにここに来てからはなじみの薄かった日本人らしい顔つきをしている。こちらの世界の住民はどちらかといえば彫りの深い、鞠理からすればいかにも「外国人」といった風貌の人間が多い。
テラが「たぶん」と断言できなかったのは、恐らく「鞠理」という名前のせいだろう。響きだけ聞くとたしかに日本人とは思えないかもしれない。
「わたし、日本人です」
「あ、やっぱり。僕の名前は本当は『寺橋』って言うんですよ。だから『テラ』」
そう言ってテラは朗らかに笑む。しかし次に発せられた言葉は重く、鞠理を引かせた。
「前はブラック企業の社員をやってましてね……サービス残業に次ぐサービス残業で頭がおかしくなって、発作的に会社のビルから飛び降りたらこちらの世界に来てしまったんですよ」
朗らかな笑みを崩さぬまま一息に言われた言葉になんと返していいかわからず、鞠理は黙り込んでしまう。どうやらテラは異世界で同じ日本人に出会い、いささか浮かれているらしい。
他方、保護者であるリシャールカはそんなテラの体をひじでついて笑い飛ばす。
「もー初対面の相手にそんなこと言っちゃって。あ、ごめんねーテラってばなんか自虐趣味があってさ。あとでシメておくから!」
「あ、は、はあ……」
鞠理にはもごもごとあいまいな返事をすることしかできない。
そうしているうちに玄関先の騒ぎを聞きつけたのか、寝床にいたアムドラルスが目を覚まし鞠理たちの方へとやって来る。
「あ、おっさん」
「朝からどうした――ってリシャールカか?!」
「久しぶり――って、うわっ酒くさっ!」
そんなこんなで騒々しい一日は幕を開けたのである。




