表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

6.インセンティブについて考察する

 前回に提示したとおり、今回はインセンティブ(誘因)の問題について考察を進めてゆく。


 ゆくのだがその前に、「そもそも“インセンティブ”とは何なのか?」ということについて確認しておきたい。


 たとえば、あなたが大学受験生だったとする。来年に自分が入るべき大学を、まずは「志望校」として選ばなくてはならない。A大学からE大学まで、候補を五つに絞ったとしよう。その上であなたは、この五つの大学を第一志望から第五志望まで振り分けなくてはならない。


 この振り分ける際の条件として、「インセンティブ」が存在するわけである。


 たとえば、あなたが大切にするインセンティブが知名度だったとする。このとき大学受験生のあなたは、「B大学よりもA大学のほうが国内で知名度がある。だからA大学をB大学より優先させよう」などと考えるわけである。


 あるいは、もうちょっとひねくれた観点から「インセンティブ」を考えてみることも可能である。やはりあなたが受験生だとして、しかも共学の女子生徒だったとしよう。比較的大人しい性格(設定)であるあなたは、騒がしい共学の環境にへきえきとしていた。そんなとき、あなたにとって大切となるインセンティブは「男子のいない大学へ進学しよう」ということになる。かなり消極的な選択肢ではあるが、これも一つのインセンティブの事例として見なすことができるはずだ。


 これから魔法大国にかんして論じてゆく際のインセンティブも、おおむね上記のようなものとして読者の皆様には理解していただきたい。


 さて、では具体的なインセンティブの形について考えてみよう。先ほどまでの例に従えば、インセンティブにはおおむね二つの傾向が考えられるだろう。一つ目が「正のインセンティブ」であり、二つ目が「負のインセンティブ」である。


 まずは、「正のインセンティブ」について考察をしてみよう。あなたは魔力を保有しており、O国が発生させる「正のインセンティブ」により、どうしてもO国まで行きたいと考えるのである。


 このときの具体的なインセンティブの形としては、たとえば「O国へやってきた魔力保有者は、大変優遇される」といった形式が考えられる。優遇の中身については特に問わない。身分保障であっても構わないし、生活保障であっても構わない、免税特権だろうが何であろうが、作者の好みの設定にすることができる。


 「正のインセンティブ」の構造については理解できたものと考える。では、「正のインセンティブ」が成立しえた際に、はたして仮説は妥当なものになるかどうか、それを考えてゆきたいと思う。


 まずはインセンティブの性質上、仮定④「魔法が国の内部において奨励されている環境である」が成立することは疑いないと思われる。むしろ「正のインセンティブ」は、この仮定④を焼きなおしたものとさえ見なすことができるかもしれない。


 次に考えなければならないのは、「正のインセンティブ」の行方である。情報化社会に生きる我々にとってはあまりなじみの薄い問題ではあるが、「O国が正のインセンティブを公表している」ということもまた、立派な“情報”の一つである。中世西洋風をベースとする和製ファンタジー世界観において、この情報が完全な形で行き渡るのは途方もない労力を必要とするが、しかし「人材の維持・確保」が「魔法大国」の究極条件である以上、なんとしてでも「正のインセンティブ」をもれなく完全な形で伝播することがO国にとって必要である。すると、O国には仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」が成立していなくてはならなくなる。


 さて、残るは仮定①「魔法に反対する勢力が存在する」ということだが、これは考慮に入れなくても、入れても大丈夫な仮定となる。O国で魔法に反対する勢力がいたとしても、O国自体が「正のインセンティブ」を発している以上はさして問題にならないはずだからだ。


 しかし当然、仮定①の処理については疑問が沸く方もおられるだろう。


「なるほど確かに、“正のインセンティブ”がはたらいている場合には、それも魔力保有者を募集しているO国の中で仮定①が成立している以上は、あまり大きな問題にはならないだろう。しかしながら、もし仮定①が、O国ではないほかの国で成立していたとするならば、この考察は破綻してしまうのではないか」


 という疑問を呈される読者の方も少なからずいるだろう(と、わたしは考える)。


 そこで考えなくてはならなくなってくるのが、「負のインセンティブ」である。上記の疑問を「正のインセンティブ」の内部から解決しようとするのは大変な作業だが、「負のインセンティブ」として、あたかも別の事例として扱ってみたら、どうなるだろうか?


 今あがった疑問を、そのまま「負のインセンティブ」として考えてしまおう。たとえば「魔力保有者は、今いるP国だと迫害されるが、O国だと迫害されない」という条件ならばどうだろうか。「P国で迫害が起きている」以上、仮定①が成立するのは必然となる。


 しかし、仮定③と仮定④についてはどうだろうか。この点、「負のインセンティブ」は「正のインセンティブ」よりやっかいな存在である。たとえば「ラーメンが食べたくない」というインセンティブがあったからと言ったって、「じゃあ、スパゲッティが食べたいんですね?」という解釈は成り立たないはずだ。


 これと同じ状況が、「魔力保有者は、今いるP国だと迫害されるが、O国だと迫害されない」というインセンティブにおいても成り立つのである。すなわち、「O国が魔力保有者を迫害しない」からといったって、仮定④「魔法が国の内部において奨励されている環境である」ということが成立するとは限らない。また、「O国が魔力保有者を迫害しない」という情報がP国へ流れたにしても、仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」と言い切ることはできないはずだ。そもそも人材を確保するために、O国が主体的に流した情報であるとは考えることができないからである。


 となると、「負のインセンティブ」というものは存在しないのだろうか。しかしながら、今の考察で問題となったのは、仮定①を無理に尊重しようとしたがゆえの失敗だった。仮定①を考慮しないとき、「負のインセンティブ」はどのような性質を帯びてくるだろうか?


 たとえば、「魔力保有者はO国へ行かないと、きびしく罰せられてしまう」という条件だったらどうだろうか。「罰せられたくない」という消極的な動機は、「負のインセンティブ」として充分成立しえる。


 このとき、O国は他の国に対して「罰する」だけの強制力を有していることになる。また、強制力を行使する以上、仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」が成立すると考えることができるはずだ。


 続いて仮定④「魔法が国の内部において奨励されている環境である」であるが、これも成立させることが可能になる。わざわざ罰則規定を設けてまで魔法使いを招集する以上、「O国は魔力保有者を需要している」と見なすことが可能だからだ。


 以上のようなことを踏まえると、「正のインセンティブ」、「負のインセンティブ」いずれの場合でも共通して言えることがいくつかある。


 まず仮定③、仮定④は、O国を「魔法大国M」として成立させるために重要な用件であること。その一方で、仮定①「魔法に反対する勢力が存在する」は条件としては存在しなくとも大丈夫だ、ということである。


 さらに重大な示唆としては、「O国は覇権国家である」ということがあげられる。なぜか? 「正のインセンティブ」の場合、仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」より、O国は各国に情報を浸透させるだけのネットワークを保有していることが推測される。


 また、「負のインセンティブ」の場合でも、仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」より生じる強大な強制力を、O国は他国へ発揮できることが示唆される。


 いずれのインセンティブを選択するにしても、O国は覇権国家であることが容易に見て取れる。そしてこのことはすべて、仮定③「魔法大国を志向するある国に、世界的人材確保が可能である」の比重があまりにも大きすぎることを示しているのに他ならない。


 加えて、覇権国家と魔法大国の因果関係が、このままでは見えてこなくなる。「O国は魔法大国なので、覇権国家だ」ということもできるし、「O国は魔法大国だから、覇権国家となった」と見なすことも可能なのである。


 これらの問題について、次回は考察してみたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ