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Decline  作者: TAP
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第一話 ②

 奇怪な風景にも目が少しづつ慣れ、窓の外の空が少し赤くなってきた。かなり長い時間が経ったらしい。少し眠気を感じていた自分だったが、ここで電車のアナウンスがあった。

「まもなくゥ終点ーまもなくゥ終点でェございます。お忘れ物の無いようにィお気をつけください」

電車のアナウンス特有の独特のイントネーションから発せられるありふれた注意を聞き、自分は棚に上げていたボストンバッグを降ろした。他の乗客達も、鞄を手に取ったり、昼寝から目覚めたりと、身支度を始めている。目の前に座っていたがたいの良い男は一際大きなスポーツバッグを持参していた。中身は何なのか、自分には知る由もない。スポーツ用品か何かだろうか。ニット帽の少女はヘッドホンを小さなリュックから取り出し、首にかけていた。ファッションの一環なのかは分からないが、どうやら音楽を聴くつもりはないらしい。左の方に座っていた女性も何やら大きな、旅行用のトランクキャリーを持っていた。細身な体に大きなそれはかなり不釣合いに見えた。一体何を持ってきたというのか。自分のバッグには、少しの着替えやスマートフォンの充電用コード程度しか入れるものが無いため、大きくもなければ重くもない。ニット帽の女性のリュックも低い身長相応の大きさで、重いもの等は特に入っていなさそうだ。他にも、座っているときは分からなかったが、前の男の身長の高さには少し驚かされた。軽く見ても180センチ以上はあるだろう。自分の身長は172センチというこれまた中途半端な高さのため、彼の目線は完全に自分より上にある。おまけに肩幅が広く、胸板も厚い。自分とは違い、スポーツに情熱を注ぐような生き方をしているのかもしれない。そしてニット帽の女性、いや少女というべきか。彼女は非常に小柄だった。恐らく150センチかそこらへんだろう。さきほど少し帽子を取った時に見えたのだが、赤く染めているように見えた髪は実はサイドの一部分だけであり、他の部分は普通の黒色で髪型はショートカット。赤く染めているのは、最近流行のメッシュとかいうものだろう。真面目そうな少女は至って平均的な体格で、さきほどまで気づかなかったが、目が悪いのか眼鏡をかけているらしい。髪は肩までかかる程度で、服装にしても雰囲気にしても乗客の中で一番清潔感に溢れていた。さて、ここまで見た様子では自分達乗客の共通点は無い。あるとすれば、誰もが人見知りというか、他人と話そうとする雰囲気が無いぐらいだろう。そして隣の車両にも乗客はいないらしいことが分かった。もしかするとこの電車に乗っていたのはこの四人だけだったのかもしれない。そうだとすれば、電車の会社にとっては赤字になるのか、などとくだらないことを考えてしまうのだった。


 次第に電車の速度が遅くなるにつれエンジン音は小さくなっていき、波の音らしきものが耳に入るようになった。そして窓の外に見える太陽の地平線に半分程度沈んだところで、静かに電車は停止した。

「本日は当電車をご利用頂きまことにありがとうございましたァ。またのご乗車をォお待ちしております」

アナウンスの終了と共にドアがゆっくりと開く。自分は、長時間座りっぱなしだった体を伸ばし他の乗客よりも早く外へ出た。ふと、靴の底越しにちゃぷん、と何か柔らかいものの感触があった。驚いて足元を見る。正体は簡単、水だ。少しパニックになりながら一つしかないホームを見渡してみる。線路は完全に水没していて、ホームにはところどころに大きな水溜りがあった。さきほどの波の音の正体は、電車が水を切って進んでいたことから生じたものだったことに自分は気づく。どこか遠いところから、かもめの鳴き声のようなものが聞こえる。電車の終点、そこはまさに海だった。電車の行き先を知らなかった自分は、呆然と、夕日に照らされる電車の車両と海に無造作に突き刺さっている標識を見つめていた。他の乗客達も少なからず戸惑いの表情を浮かべていたが、自分の席の前に座っていた大きな男は自分達に背を向け、ホームの奥へと歩き去っていき、いつしか視界から消えていた。一人が行動すると、それにつられて行動するというのが良く言われる日本人の性であり、真面目そうな、眼鏡をかけていた少女も少し時間を空け、ホームの奥、改札へと歩いていった。

 さて、自分はどうしたものか。とりあえず終着駅に着いたはいいものの、何をすればいいのかはさっぱり分からない。泊まる場所を予約していたわけでも無く、親戚の家があるわけでもない。そこで電車の運転手なり車掌なりにこの辺りについて何か聞こうと思いつき、電車の先頭と最後尾を訪ねてみたが、誰も人がいない。もう降りてどこかへ行ってしまったのだろうか。それなのに電車のドアは開きっぱなしで用心のかけらもない。ここでもう一つ嫌なことが起こった。太陽が完全に沈んでしまったのだ。急に不安に駆られた自分は再び周囲を見渡す。日没と共にホームは一瞬真っ暗になったが、幸いなことにすぐに明かりがついた。しかしその光は普段目にする電灯のものではなく、ホームに等間隔で備え付けられた提灯によるものだった。電灯と違い、さほど明るくはなくホームはぼんやりとした柔らかい光に包まれる。提灯はホームの端から端まで続いており、改札口の方までにも続いているようだ。どうやらこの駅には普通の電灯は無いらしい。だが嬉しいことに電車の車両の電灯はきちんと点いていたため、自分は再び電車の中へ戻り、ロングシートにどさっと腰を下ろした。何もかも分からないことばかりだ。広告のパネルがぶら下がる天井を見上げ、思わずため息が出た。いっそのこと、今夜はここで夜を明かしてやろうかと開き直り、シートに寝転がろうとした時、自分に話しかけてくる一人の少女がいた。

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