第一話 電車
感想、指摘などあればどんどん言ってもらえると喜びます。
よろしくお願いします。
電車に揺られて数時間。乗客の間に数秒の会話すら無し。流れるのは言葉ではなく気まずい沈黙。誰しもが足元を見つめるか、窓の外のどこでもない場所を見つめていた。いつまで電車に乗っていれば良いのかは誰も知らない。もちろん自分にも知る由はない。今の社会で幅広く求められている、コミュニケーション力とやらが高ければ乗客の間でも少しの談笑や身の上話程度はできたいたかもしれない。自分に言えた立場ではないが、この電車の、自分と同じ車両に乗っている数人の人達はそのような能力が低い人物だと言って間違いはなさそうだ。表情や雰囲気を見れば分かる。コミュニケーション能力の高い人物特有のファッションなり表情、スタイルとやらは、言葉に表すことはできないが高校や大学に行っていればおのずと分かるものだ。自分はそういう人々を見る度にどこか嫉妬し、そんな自分を自己否定するという生活を悶々と送ってきた。どこかで変わろうと思えど、人間はそう簡単に変われるものではない。そう結論を出し、現実から逃げ続けてきた結果、今の自分のような捻くれた人間が出来上がってしまった。
同じ車両に乗っているのは、自分を合わせて四人。女性が二人に男が二人。互いに等間隔に席を空け、個々の時間を過ごしている。窓の外を眺めるのに飽きた自分はスマートフォンを取り出し、虚ろな目でそれを弄りだし、自分の前の席に座っていた男は肘掛に体を預けて眠りだした。かなりがたいの良い男なので何かスポーツでもしているのではないだろうか。車両の中にはロングシートが八席あり、それぞれの端をそれぞれの乗客が座っている形だ。ドアを挟んで、自分の右側には、ちょっと話しかけにくそうな服装の(ストリート系ファッションとかいうんだったか)女性がぼんやりと足元を見つめていた。でかでかと髑髏がプリントされたニット帽と真っ赤に染められた髪が目立つ。左の方の座席には真面目そうな女性が一人座っている。真面目ではありそうだが、その他に特に紹介することのないような地味な女性だ。不思議なことに乗客の年齢は全員自分と同じ程度に見える。ちなみに自分は今年で十八回目の誕生日を迎える。かといって特に喜びはないのだが。
スマートフォンの充電も半分を切ってきたところで、車掌が自分達の車両に入ってきた。入ってきたからといって特に誰にも見向きせずに次の車両へと向かっていくのだが、一瞬自分と目が合ったような気がした。人と目を合わせるのが苦手な自分はすぐに目を逸らしたため、会話などが起こりはしなかった。そして車掌は車両の連結部分のドアの前で一礼しまた次の車両へと向かっていく。さて、スマートフォンの充電を温存しておきたい自分は窓の外の景色に目をやった。何の変哲もない山々が見えるが、季節が真夏のためかどこか青々としているように見える。生きる活力に満ちたような、輝かしい風景だった。しかしそんな風景も長くは続かなかった。輝かしかった風景は次第にどこか捻じ曲がったような、どこか現実離れした景色へと変わっていく。青々としていた山は消え、今度はどこまでも続くような海が広がっている。驚かされたのは、車両の窓のどちら側からも海が見えているということだ。電車が海の上を走っている、という馬鹿らしい考えが浮かんだがそれはあり得ない。線路が水に浸かると電車は止まってしまうはずだ。さらには海に標識や看板の柱が見え始めたのには気が滅入った。柱は海の中から突き出していてまるで木のようにそこら中に点在している。車両の乗客の表情が少し訝しげになっていくのを感じた。標識にも意味は無さそうで、規則性もない。これに関しては理由も意味も分からなかった。だが、そんな現実離れした風景も、少し綺麗だなと自分は感じている。
そもそも、電車がどこへ向かっているのか自分は知らない。恐らく他の乗客も知らないことだろう。しかし誰しもがそんなことを気にしていないように見える。無関心というやつだ。もちろん自分にとってもどうでもいい。なぜどうでもいいのかは自分にはよく分からなかったが、恐らくはどこにいても人生は大して変わらないからであろう。よほどの大事件でもない限り、歩む人生は世界のどこにいても結局は同じようなものとなってしまうのである。
さて、自分にとって電車は嫌な乗り物だ。毎朝通勤、通学ラッシュで混んだ電車を二時間ほど乗って学校へ向かっていたからだ。それだけならまだいいが、マナーの悪い乗客の行為を見たり受けたりすることで自分のストレスはどんどん溜まっていった。駅のホームを通過する電車に飛び込んでいく人を見たこともある。そのような経験から、いつしか自分の中には確証があった。電車が行き着く場所というのはろくでもない、楽しくもない場所に違いないのだ。
しかし今、見たこともない風景が少し自分の心に響いて、最近では湧き上がることの無かった好奇心という名の感情が心の底で生じていることを、否定することはできなかった。