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大聖堂での出逢い

 わたし達が任された仕事は、とても簡単なものだった。

 大聖堂の中央にある、大きな大きな礼拝室。そこの奥にある儀式場の燭台に、一つ一つ専用の蝋燭を立てていくというもの。火をつけるのは、実際に儀式が行われる時らしい。

 詳しいことを聞いてはいないけれど、この蝋燭は重要なもののようだ。

 なにせ、どこにどの蝋燭を立てるのか、決まっているから。

「えーっと、この『薔薇の灯火』は……あっちね」

「なぁ、『睡蓮』はどこだ?」

「それはこっち。ユイリックはこの『百合』をお願い。そこの燭台だから」

 こんな風にテキパキと、大量の蝋燭と戦っている。幸いにも燭台に刻まれたマークの種類と大きさがそこに立てる蝋燭を示しているので、口で言うより実際の作業は楽な方。

 しかし、実際に仕事をしているのはわたしと双子だけだった。

 ミィはかわいそうに、あんなに怯えていた存在が目覚めると聞かされた瞬間、そのまま崩れ落ちるように倒れてしまって、まだ目覚めない。ここにいないのが、その証拠だった。

 幸いなのは、件の王子の側近が、偉い人の割りにいい人だったことだ。

 事情は知らずとも倒れたのは自分のせいだと思ったらしく、どこか休める部屋にミィを運んでくれたらしい。どうしても無理のようなら、城までつれて帰るとも言ってくれた。

 もしこれがあの執事長なら、即刻仕事を辞めさせられていたに違いない。

 カディス様という名の、赤茶色の髪のあの方はいい人だ。

 ああいう人ばっかりだったら、もっと召使は生きやすいのに。


「先ほど、知り合いの司祭から話を聞いてきたが」


 と、そこにカディス様が戻ってくる。どうやら儀式には王子も参加するらしく、今からもう警備やら何やらで打ち合わせをしている……ようだ。もちろんそんなことを教えてもらえるわけがなく、護衛役といった風貌の男性と真剣な表情で話をしていたからそう思っただけだ。

 その忙しいはずのカディス様は、少し休憩を取っていたわたしに近づいてくる。

「例の少女は、意識を取り戻したらしい。まだ、顔色はよくないという」

「そうですか……」

「もう少しして落ち着いたら、こちらに来るとのことだ」

 どこか申し訳なさそうにしている姿はかわいい気がするけど、この人はわたしより十歳近く年上の……たしか、二十六歳。ミィと比べれば十歳も違う。身体つきもユイリックと比べたらかなりがっしりしていて、王子の側近と言っているけど実際の役どころは護衛騎士だ。

 城勤めも長くなると、それなりに上の『偉い人』を見かけることはある。

 というより不用意に近寄ったりしないように、という自己防衛なのだけれど、そういう意味でわたしは彼のことを知っていた。まぁ、見た目の特徴と立場、主に見かける場所などを。

 ……別に、話しかければ即無礼になってしまう、というわけじゃない。

 カディス様に限って、それはない。だけど周囲――主に彼の奥方、いっそ一夜の相手でもいいからと、熱を上げている令嬢や上の侍女の皆様方は、それはそれは恐ろしいのだ。誰だってわが身がかわいいのだから、わたしも自己防衛に専念させていただく。

 だから、巷にあふれた恋愛小説、特に身分の違いなどを乗り越えてく類は、どうしても途中で吹いてしまって読めたもんじゃない。はっきり言おう、あんなのがあるわけがないと。

 まず出会えない。近寄れない。近寄ったらおそらくは死ぬ。社会的ではなく、物理的な意味で次の日の朝日は拝めない。世の中には、己の我を通すために何でもする人間がいるのだ。

 正直なところ、わたしは暴食王よりそっちの方が怖い。

 ミィがそんな恐ろしい連中と、関わらないことを願うばかりだ。まず会わないだろう暴食王の存在だけで倒れてしまう彼女のこと、きっと心労であっという間に女神の元に旅立つ。

「……何も不安に思うことは無い」

 ぼんやりとしていると、カディス様がそんなことを言う。

「シエラリーゼ姫は、最高の力を有する聖女と名高い。何の不安もない」

 カディス様がそういう通り、聖女シエラリーゼの力はすごいという話だ。しかし、そんなにすごい力があっても、暴食王の封印を解かなきゃ得られないなんてどうなんだろうか。

 いくら、女神が自分の力を削ぎ落として暴食王を封印した結果、魂に残留した力――聖女が女神の生まれ変わりであることを象徴するものが、弱まっているとはいえ。でもその力そのものを封印素材にしていて、放置すれば『完全に』封印が解かれてしまうなら仕方ないのかな。

 最悪の形で目覚められるよりは、いいのかもしれない。

 なんでそんな、重要であろう機密を、わたし達が知らされるのかわからないけど。

 知らされないことは、知らなくてもいいこと。

 あえて尋ねることもない。

「はい……あ、でも」

「ん?」

「それはわたしではなく、ミィに言ってあげた方がいいです」

 わたしは別に怖くありませんから、と答えると、カディス様は少し不思議そうに目を大きくしてわたしを見た。そんな風にいう人を、初めて見たのかもしれない。

 さっきから平然としているラヴィーナだけど、やっぱり怖いのかため息が増えているし、兄への八つ当たりも苛烈だ。ユイリックも、あまり表情が明るくは無い。

 誰だって恐ろしい。

 もしかすると何もかもが、一瞬のうちに終わってしまうかもしれないから。わたしだって終わってしまうのは怖い、怖いけれど逃げることはできない。自分がしているこの作業が導いてくれる『明日』の存在を信じて、その明日のためにいつも通り働くだけだ。

「そうだな。後で伝えよう」

 では、とカディス様はどこかに去っていく。その先には二人の少年。わたしより年上そうな二人組だった。どちらも薄茶色の髪で、身なりがいいからそれなりの身分なのだろう。

 もしかして彼らも王子の側近か何かなのかな、と思いつつ眺めていると。


「……」

 一人が、わたしをじっと見た。


 わずかに結える程度の長さまで、その髪を伸ばした人だ。凝視されているようだけど、わたしは彼に見覚えがない。なのに彼は、何かを伝えようとするかのようにわたしを見る。

 誰だろう、と首をかしげると、すっと視線がはずされた。

 ……なんだったのかな。

 しかし、わたしには悩んでいるヒマはない。

「ラキーっ。そっちにある『椿』の蝋燭持ってきてっ、一番大きいの!」

「あ、わかった……!」

 脚立の上での作業を開始したラヴィーナが、わたしに助けを求めている。儀式場の隅に積みあがった箱から蝋燭を引っ張り出して、ぱたぱたと走った。その間、あの視線を感じることが数回あったけれど、仕事を再開したわたしにいちいち確認する余裕などあるはずがなく。

 いつしかその視線は、感じなくなっていた。

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