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宵闇の逃亡

 一人の少女が王と消えて、半月。

 今宵、一人の青年と少女が、手を取り合って世界から姿を消そうとしていた。

 しかし自害ではない。それぞれが名も立場も職も捨てて、別の場所へと逃げようとしているだけのことである。そうしなければ身分が違う、この二人が共に生きる道は無かった。

 だが手を取り合って逃げ出した二人の前に、黒衣に身を包んだ集団が立つ。青年は少女を守らんと剣を振るうも、数の前にひざをつかざるを得なかった。命を奪えとは言われなかったのだろう。あるいは、必死に男の名を呼ぶ少女が、あまりにも哀れだったからかもしれない。

 彼らは意識を奪った青年を抱え馬車に乗せると、そのままさった。

「かでぃ、すさ、ま……」

 うずくまり、手を伸ばす少女を一人、残酷にも残したまま。



   ■  □  ■



 少女が意識を取り戻したのは、それから数日後。

 気づくと、彼女――ミィ・ミュエル・ミリアンは、見知らぬ部屋にいた。見ずともわかるほどよさそうな生地で仕立てられた衣服を着て、ふかふかのベッドの中に横たわっていた。

「あ、れ……?」

 おかしい、と思う。

 自分はカディスと……身分の違う、最愛の人と逃げたはずだ。旅立ったはずだ。互いだけを荷物にどこか、二人で生きられる場所を探して。だけどここは無一文に近い二人では、とても手が出せそうに無いほどきれいな部屋。全部夢だったのかと、身を起こして。

「目が覚めました?」

 そう、声をかけてくる少女の声に気づいた。

 さらりとゆれる、長い金髪。品のいい立ち姿と、どこか影のある表情。


 しえら、りーぜ――さま。


 頭の中で声がして、しかし口から音はこぼれなかった。どうして彼女が部屋に入ってくるのかわからなくて、どうして自分が彼女の間近にいるのかもわからなくて。

 どうして、そんなかわいそうなものを見る目で、見ているのかわかりたくなくて。

「サリーシャの手のものが、あなたを見つけてくださったの。だいじょうぶ、乱暴はされていないから。何もされていないから。少し頭をぶつけてしまったようだけど、それだけ」

 年下なのに年上のような元聖女が、静かにミィの頭を撫でる。

 いたわるようであり、慰めるようであり。そして、別の何かへの怒りが滲んだ声に、ミィは自分におきたすべてを思い出していく。いやそれは思い出すというより、目の前で紙芝居の形を取って淡々と教えられている構図に近い。こうなって、こうなったと――伝えられて。

「カディス様……」

 ぽろり、と涙がこぼれていく。




 失敗した。ダメだった。

 ミィはシエラリーゼの様子から、ミィはそれだけを理解した。

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