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暴食王と世界の終わりに立つ少女  作者: 若桜モドキ
Sacrifice of preestablished harmony
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別離の儀式

 運命の日。


 セシルはカディス以下、数人の騎士を連れて塔にいた。もっとも、実際に塔の中に入るのはセシルとカディスだけだが。シエラリーゼは、兄のクリアに連れられて、後から来る。

 これから彼を騎士を護衛に、大聖堂まで護送するという最初の仕事があった。嘆かわしいことに暴食王を担ごうとする、危険な思想を掲げる集団があるからだ。これまで彼らは特に問題は起こさなかったが、今回は暴食王を処刑する予定であり、それはすでに知らされている。

 ゆえに厳重な警備を持って、儀式に望まなければならなかった。

 しかし彼らも聖女には敬意を示しているらしく、シエラリーゼの到着を待つのは、二人を同時に移動させることで相手の動きを封じるという意味がある。彼らとて市民から絶大な信頼を寄せられる聖女を害すれば、世論がどう動くかぐらいはわかっているだろう。

 久方ぶりに相対した暴食王は、窓辺に佇んで外を見ていた。

 朝日に照らされた青い髪は、水面のように煌いている。相変わらず、見ているだけでぞっとするほど見目が整った男だとセシルは思った。やはりヒトではないのだと、改めて感じる。

 処刑されることは、とっくの昔に知らされているそうだ。

 すでに覚悟を決めているのか、彼の雰囲気は凪いだ水のように穏やかだった。

「……お前は、あの聖女をどう思う」

 彼はいきなり、部屋に入ってきたセシルにそんなことを言い出す。視線は窓の向こうを向いたまま、入ってきた二人を見ることもしない。かといって窓の外に何か珍しいものがあるのかといえばそんなこともなく、鳥が群れを成して飛んでいるのが見えるぐらいだろう。

「どういう意味かわからないな。シエラリーゼは、シエラリーゼだ」

「そうか……では、何も知らぬということか」

 意味深につぶやく彼を、セシルは睨む。

 バカにされたような気持ちになり、不愉快になったからだ。

「お前に何がわかる。シエラリーゼの何が」

「……シエラリーゼという娘のことは、何も知らない。それはお前の方が詳しいだろう。だが我は彼女について知っている。正確に言うと『聖女について』だが……同じようなものだな」

「だから! 何をお前は知っている!」

「我が死した後の、彼女の運命だ」

「運命、だと……」

「どの道、お前と聖女が結ばれることはなかった。彼女がいようといまいと、お前が思いを寄せようと寄せまいと、聖女が王妃になることなどおそらくありえない未来だっただろう。それはあの娘に限ったことではない。すべての聖女はそういう運命を背負っている」

 言われ、確かにそうだとセシルは思う。

 聖女となればその当時の王子の妻に望まれることもあっただろうし、それが叶えられないことも無かったに違いない。なのに彼女らは未婚で、王を封じて数年以内に必ず死んでいる。

 それは表向きは力を抑えきれず、身体が限界を向かえたものだとされていた。

 大聖堂は常に、そう発表していたが……。

「違うというのか、お前は」

 否定して欲しかったその問いは、小さく頷かれることで肯定される。

 暴食王はゆっくりと振り向き、セシルを見た。

「もともと聖女とはそういう存在だ。神は対でなければならず……聖女としての力を手にした瞬間から、あの少女は女神ラウシアとなっている。ゆえに、世界は彼女の存在を許さない」

「なぜ、どうしてだ! 彼女は女神だぞ!」

「彼女しか神を名乗るものがいないからだ。我も力を失い、もはや神とはいえまい。バランスを欠いた世界は傾き、滅びに向かう。……彼女が生きている限り、世界は緩やかに滅びの道を転がっていく。だからこそ聖女は死ぬしかない。自害を、彼女らは選ぶしかない」

「じが、い……?」

 そうだ、と王は淡々と答え。

「力に耐えられないわけでもない、ただ、それが世界の『答え』だから殉ずるのみだ」

「ではシエラリーゼ嬢は、すべて承知で何もかも受け入れたと?」

 王の言葉に何も返せないセシルに代わり、カディスが口を挟む。

 セシルはぼんやりと王を見たまま浅く呼吸をするだけで、唇はかすかに震えている。言いたいことはあるが言葉にならない、そんな様子だった。あまりの衝撃に何もいえないのだろう。

「何もかも、の意味合いは知らぬが。だが彼女は己の運命を知っているはずだ。でなければ自害など選べないからな。もし何かを成そうとしたなら、すべてを知った上での覚悟だろう」

「では……だから、婚約も解消したと、いうことか」

 婚約、その言葉にセシルの身体が震えた。数年以内に死ななければならないなら、婚約など何の意味も無い。結婚する前に死ぬだろうし、結婚してまもなく死ぬことになるだろう。

 だから彼女はすんなりと、婚約を破棄して見せたのだ。

 意味がないと、わかっていたから。

「殿下、カディス様。聖女シエラリーゼ様がお付きになられましたが」

「……通してくれ」

 未だ言葉を発せないセシルに代わり、カディスが返事をする。

 まもなく、豪奢な、聖女としての装束に身を包んだシエラリーエが現れた。傍らにはクリアが立っていたが、顔色がよくない。その目が友人であるセシルに向き、意味深に伏せられる。

 よろり、とセシルがシエラリーゼに近寄る。

「シエラ……シエラっ」

「……あら、どうかしましたの?」

「シエラ、シエラ、嘘だろう? お前が死ぬなんて、そんなことは」

 肩を掴んで揺さぶるセシル。そうだ、嘘に決まっている。彼女が自分の傍からいなくなるはずが無い。ずっと彼女は聖女として、傍にいてくれるのだから、そう決まっているのだから。

 失われる未来など、あるはずがないのだ。

 揺さぶられていたシエラリーゼは少し驚いた様子を見せ、次に笑みを浮かべ。

「本当のことですわ、セシルお兄様」

 それがどうしましたの、とでも言うかのように、あっさりと肯定した。

「わたくし、どうせ結婚する前に死ぬのだろうと思っていましたの。だけど、それまでの間だけでも、あなたの傍にいたかったのですわ。だって、他の誰かが傍にいるなんて、耐えられませんでしたもの。だからフランベル家の力と聖女の力を使い、婚約者の座に座りましたの」

 それは、期間限定のことだからできたこと。

 死ぬまでの数年間だけ味わう、たった一つの『わがまま』で、『贅沢』。しかしセシルがそれを望まなくなったら、すべて無かったことにしようとシエラリーゼはずっと決めていた。

 だからラキを見初めた彼からの申し出に、喜んで首を縦に振ったのだ。

「お兄様、いえセシル様。ずっと、シエラリーゼは、あなたをお慕いしておりました」

「シエラ……」

「だからこそ、わたくしは身を引くのです。あなたの幸せのために。あなたが守り治めるこの国の未来の、数多の平穏の礎にわたくしはなるのです。わたくしはそのためだけの聖女です」

 どうかお幸せになってください、と。

 シエラリーゼは言い残し、大聖堂へ向かうために去っていった。

 彼女と『心中』することになる、暴食王を連れて。クリアは友人を気遣うように見たが、妹らについて部屋を出て行く。カディスもまた、彼らについて出て行った。

 残されたセシルは、がっくりとひざから床へ崩れ落ちる。

 何もかも、変わらないと思っていた未来が跡形もなく消えてしまう。残るのは滑稽な関係と一つの憎しみだけだ。暴食王を奪われたラキは、きっと……いや、絶対にセシルを許さない。

 これから、自分が立たされる未来が見える。王妃となる少女に憎まれながらもそれをひた隠しにし、親友の妹である聖女の犠牲を美談として国民の前で振りかざす。

 それは、とても馬鹿げた愚王の姿だった。



   ■  □  ■



 不必要なほど着飾らされ、わたしは部屋で迎えを待っていた。

 女官の一人から聞いた話によると、わたしは王子と一緒に大聖堂にいくらしい。手を取り合った姿を見せ付ける、ということなのだろうか。ご苦労なことだと思う。

 本音としては、行きたくなど無い。

 わたしが誰であろうと、この心が求めるのはたった一人だ。

 その唯一が失われる場所に、出向くことはしたくない。

 でも、わかっている。いかない方がずっと後悔するのだろうと。だからわたしは、流されるままに向かうしか道が無い。それしか、今のわたしが選べる道は存在しない。

 結局わたしは、何もできない。

 あれだこれだ考えても、それを実行する『力』がない。

 そもそも、女神が描いたシナリオを、ただの人であるわたしに変えられるわけなかった。わたしは所詮ただの人で、その中でもありふれた一般人。敵うはずが無かった。

 そんな風に思考をめぐらせていたわたしの耳に、その音が届いたのはすぐ間近に迫ってからだった。気づいて立ち上がるより早く、扉が壊さんばかりの力で開かれる。

「殿下……?」

 傍にいた女官の一人が立ち上がり、彼の名を呼んだ。

 ここにくる予定だったが、こんな登場ではなかったはずの彼の名を。尋常ではない姿を見せる彼は女官達に部屋を出るように命じ、困惑する彼女らはそれでも命令だからか出て行く。

 二人っきりになるなり扉を閉めて、そのままずるずると彼は崩れ落ちた。あまりに予想外な姿にわたしは、おろおろとしつつ近寄って声をかけることしかできない。

「あの、セシル様……?」

「シエラが死ぬと……聖女は、そういうもの、だと」

 ただ、ぼそぼそとつぶやかれたその声が、すべての答えになった。

 先日わたしが聞かされた彼女の話を、ついに彼も聞いてしまったのだろう。どういう状況だったかはわからないけれど、本人に直接告げられたのだろう、聖女が背負っている運命を。

 あの少女のことだ、きっと、惚れ惚れするほどいい笑顔だったに違いない。

 それがどれだけ、発言との不和を生むとも知らないで。

 笑顔であんなことを言われた相手が、どう思うとも考えないで。

「なんでだ、どうしてだ、何も変わらないはずだった! 彼女は自由になって、それで方がつくはずだった! これじゃ自由どころか、ずっと彼女を縛り付けるだけじゃないか! 聖女という椅子に縛り付けて、座らせ続けて……僕は、僕はそんなものを望んだわけじゃないっ」

 違う、違うと引き絞るような声でもらす、その姿は。

 別の声を、わたしの心の中に描く。

「……好きなんですよね」

 わたしじゃなくて、シエラリーゼという女の子が。

 本当は、彼女とずっと一緒が、いいんですよね。

 あぁだこうだと理由を並べ立てても、結局全部がシエラリーゼのため。彼女のためにずっとがんばってきたんですよね。わたしを見初めたのも、わたしと彼女がにていたこともあっただろうけれど、とにかく彼女を自由にしたかったんですよね。

 聖女という椅子から、解き放って。


 ――もう二度と、何かに縛られることがないように。


 セシル様は、彼は反論しなかった。肯定するように、ぱたぱたと涙をこぼすだけだ。それに勝る答えなんか無い。人は情けない王子だとか、笑うかもしれないけど、わたしはそうは思わなかった。続くと思っていた、信じていた未来が砂のように消えれば、誰だってこうなる。

 どうすれば、ハッピーエンドになるのだろう。

 長いようで短い時間で考えて、ふっと出てきた答え。

 それは――。

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