書き換えられる筋書き
わたしはそのまま城内の一室に押し込められた。
痛めた足には充分を超えるほどの治療が施されていて、あっという間に痛みも少しだけあった腫れも引いてしまった。そして動けなかったその数日の間からずっと、わたしはなぜか今まで会うことも無かったような上の階級に位置する侍女――いや女官にお世話されている。
「お嬢様、お茶が入りました」
と、差し出されるお茶はとてもおいしい。
すんだ色を見せるその水面にゆったりと浮かんでいるわたしは、別人のようだった。
あれから、わたしの世界は別物になっている。
誰かに傅かれることもそうだし、すんでいる部屋もそう。あの塔の、王さまの部屋よりも豪華な内装には、戸惑いしか抱けない。場違い――そんな言葉しか、浮かばない世界だ。
着ている服も明らかにおかしいものだった。控えめの装飾ながらも、地味で周囲に埋もれることはなく。素人でもわかるほど上質の生地などを使用した、一級品のドレス。
これじゃまるでわたしが、どこかの貴族のお姫様みたい。
わたしは、絵に描いたような平民だというのに。
……王さまに出会わなければ、もしかすると死んでいたかもしれない、弱い娘なのに。
「失礼する」
そこに、青年の声がする。
愛想があまり無い、それはクリア様のものだ。
彼の――というよりも異性の声を聞いたのはあの一件以来だったりする。あれからずっとこの部屋で女性らにお世話されていた。足の治療も、王妃様付きの女医様がしてくれたという。
あぁ、明らかにおかしい。
わたしの待遇が、どう考えてもおかしい。
つりあわないとか不相応とか、そういう段階はもう通り過ぎている。
ずっと尋ねたかった。なのに彼女らは何を訊いても、それは答えかねます、とかいう言葉しか返してくれなくて。もちろんそんな状態なのだから、外に出ることも禁じられているし。
やっと答えてくれそうな人が、来てくれた。
「あの、わたし……どうして。いや、それよりみんなは」
立ち上がって詰め寄る。
ここに来てから、わたしは外部のことを何も知らない。ミィやラヴィーナ、ユイリックはどうなったのか。王さまはどうなったのか。そもそもわたしは、どうしてこうなったのか。
「少し長くなるが、それでもいいなら」
とりあえず座れ、といわれてわたしはソファーに腰掛けなおす。わたしの向かい側にクリア様が座って、程なくしてお茶が用意された。それを一口のみ、彼は。
「君の友人達なら無事だ。今は元の職場に戻っているときいているから、安心するといい」
そういってから。
「そして君についてだが……名目上、君はボクの妹になった」
なんて、嘘をついた。
■ □ ■
わたしが何も知らず、知らされずにいた間に、すべて変わっていた。
まるで世界が変わったみたい、じゃない。
ほんとうに、全部作り変えられてしまっていた。
わたしの名前は、ラキ・メルリーヌからラキ・フランベルに代わっていて。いつの間にか両親と呼ばなければならない相手が、クリア様やシエラリーゼ様のご両親になっていて。
これまで着てきたドレスも、この部屋も、全部わたしのもの。
わたしは、聖女として一生を送ることを決意したというシエラリーゼ様に代わり、王子の花嫁になるためにここにいるのだという。今はまだ始まっていないけれど、いずれは王妃となるための各種レッスンが始まる。そういえば、食事でやけに注意されたのは、もしかしてその一端だったのだろうか。注意といっても、少し雑な食べ方をしただけだったのだけれど。
「ど、して……だって、わたし」
意味がわからなかった。
この絵に描いたような一般市民、どこにでもいる庶民が、なぜ?
もしかしてわたしは、実は名家の生まれだったとでもいうのだろうか。どこから見ても平凡そのものだった両親のどちらかが、たとえば例の王弟だったなんていう話なのか。
いや、仮にそうだったとしてもわたしと王子の、イオ様――いやセシル様の縁談は、血が濃くなりすぎるからと忌避される。だからそれはないはずだ。それだけは、ない。
じゃあどうして?
わからない、意味がわからない。
「……本気、だったんだ」
わかったのは彼がイオとして告げた言葉、求婚が本気だったことだ。
きっと彼が持ちうる全権力を使い、わたしをこの座に据えたのだろうから。その思いの強さが恐ろしく感じられる。そこまで好かれるような、わたしは何をしたのだろうかと。
「セシルが何を考えているのかわからないが……シエラがそうしろ、というからな」
ぼそり、とつぶやかれる声に、わたしは首をかしげた。
シエラリーゼ様まで、この件にかんでいるということらしいけれど、理由は?
別の好きな人がいるという可能性は、聖女という存在の扱いからして考えにくい。そもそも身内にすら会いにくいというし、同年代の、彼女が恋愛対象とみなせる異性になって近寄れるわけが無い。その唯一が、婚約者でもあったセシル様だったのだろうし。
好きではなかったのだろうか。親同士か何かの約束で婚約していただけで、別に嫌いではないけどすきでもないという。あぁ……その可能性が高い。それなら、こうなるのも頷ける。
「ともかく君は、一週間後にセシルの新しい婚約者としてお披露目される」
「一週間後……?」
「その日、シエラは聖女としての仕事を終え、大聖堂でずっと暮らすことになる。その式典に君を連れて行くつもりらしい。なので最優先は立ち振る舞いで、明日から……かな」
「そう、ですか」
「こうなったからには、もはや逃げられない。フランベルの名に懸けて、君の身の安全と立場はボクらが保障する。だから安心して、どうかあいつの傍にいてやってほしい。王子として自分を律し続けた、聖女として願いを口にしなかった、二人の共通の願いが……君だ」
「そんな、こと……言われても」
「慣れてくれ、としか。……すまない」
クリア様はまだ仕事があるのか、それだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。残されたわたしは取り替えられたお茶に目もくれず、ぼんやりと室内を眺め続ける。
触れずともわかる、すべすべした壁。磨き上げられ、つやめいている。足元はふわふわのカーペットが敷き詰められていて、子供が転んでも痛くないから泣かないに違いない。
どれもこれも、わたしが生きてきた世界とは真逆だった。
何もかもが違ってしまった。
あぁ、でもミィ達が無事なのはよかったと思う。三人が無事なら、カディス様も元の仕事に戻られたのだろう。わたしも、彼らのように元の場所に帰りたいけど、もう無理なのかな。
だってわたし、あのフランベル家の養女になってしまって。
シエラリーゼ様の、姉で。
「……でも、そうか」
最後に、混乱しきったわたしの頭が最後にはじき出したのは。
あぁ――これで名実共に『シエラの姉』になったんだ、というつぶやきだった。




