食堂にて
食堂は、まだ人がいた。
といっても、本格的に食事を取っている人は少なく、ほとんどが何らかの飲み物とちょっとしたお菓子をつまんでいて、要するに仕事を終えた休憩中という感じだ。
わたし達はまず、カウンターに置かれたそれを見る。
そして、ほぼ同時にほっと息を吐き、胸を撫でおろした。
カウンターにおいてある巨大な砂時計は、それ一つが食堂の営業時間を示す。ざっと見積もって三分の二を下へ落としたところで、どうにか食事をとる時間は残っているらしい。
「えーっと、今日は何にしようかなー」
「オレは無難に日替わり一択」
「じゃあ、あたしも」
言いながら、ラヴィーナは振り返る。
「ミィは?」
「え、えっと……私も、同じのにしようかな。ラキちゃんは?」
「じゃあ、わたしも一緒で」
選んでる時間もないしね、と砂時計を見る。
食事をするに必要な時間はあるけど、それでも満足いくものではない。メニューを眺めあーでもないこーでもないと、悩む時間すらわたしは惜しいと思った。
それよりも、四人で賑やかなにおしゃべりをしたい。
「ってことでー、日替わり四つお願いしまーすっ」
ラヴィーナのよく通る声が、食堂に響く。一番近くにいた調理場担当の女性が、にっこりとこっちをみて笑った。そして他の人達に、てきぱきと命令して料理を準備していく。
日替わりメニューは、メイン以外は毎日同じ安価な定食だ。リーズナブルなお値段で、ボリュームもあるので、わたしの食事はだいたい日替わりにしている。そういう人は少なくないからなのか、栄養などもちゃんと考えられているのだと、前に聞いたことがあった。
唯一の問題は、その日にならないと何がメインかわからないこと。
もし嫌いな料理がメインだった場合に備えて、それ以外のメニューもある。
なんとも親切な食堂だと、わたしは感謝するしかない。
ちなみに、食堂のメニューにはサンドイッチなど、もっていけるものもあった。時間がある昼食なんかは、そういうのを買って中庭で……なんてこともする。
ただ、今日は朝から忙しい様子だから、もしかすると何かあるかもしれない。
つくづく、朝を食べ損ねる不運に見舞われなかったことを、感謝しよう。
「はい、日替わり四つよ」
ごとん、と四人分の食事がカウンターに並んだ。それぞれにお金を払って、窓際の眺めのいいテーブルに移動する。ラヴィーナお気に入りの場所で、わたしも気に入っている場所だ。
ちょうど四人がけのテーブルで、わたしとミィ、ユイリックとラヴィーナがそれぞれ隣同士に座る。同じ顔を見たくない、という双子の要望を満たすための席順だ。
それぞれの前には、出来立てほやほやの朝食。
今日の日替わりメニューは、以下の通り。
メインは濃厚なスープ。野菜がごろごろと入っていて、お肉もたっぷりと加えられている具沢山な一品だ。お肉も野菜も日々の調理で出る余りものが中心で、肉は硬い部位を長時間煮込んでやわらかくしているらしい。もっとも、それでもだいぶゴリゴリとした、筋の食感が強い食感を与えてくるのだけれど、所詮下っ端召使の食事だから肉が出るだけマシだと思う。
そして、握りこぶしほどの大きさの丸いパン。聖都の外に広がる平原にある畑で作られた小麦などを使っていて、ふっかふかで美味しい。わたしは、コレに具を挟んだものが好きだ。
挟むものは何でもいいけれど、個人的には半熟のオムレツなんかが最高だと思う。そこに味をつけて煮付けた、薄いぺらぺらの肉を一緒に挟んで、ついでに野菜なんかも挟んだりして。
ちなみに食堂の持ち運びができるメニューの、一番人気らしい。ソース代わりの肉の準備が面倒なせいで、一日に売られる数は限定。わたしもめったに食べられない。
「あ、ラキは水いる?」
「うん」
ラヴィーナにコップを差し出し、水を注いでもらう。飲み物は基本的に水で、各テーブルに置かれている水差しを勝手に使うことになっている。水だけなら、ここにはたくさんあるし。
一通り準備が整ったところで、ミィが指を交差させ、胸の前辺りで手を組んだ。ユイリックもラヴィーナも、わたしも、同じようにする。そして少し俯き、目を閉じて。
「えっと、それじゃ……水に満ちし女神ラウシア。今日の恵みに感謝します」
「感謝します」
食事の前の、祈りの言葉。
数秒、呼吸を四、五回する程度の時間。
女神ラウシアへの祈りと感謝の言葉を口にし、ようやく食事がスタートだ。適当にパンをちぎって口に運びつつ、スープを飲む。具が多いから、むしろ『食べる』が近いかもしれない。
一口に余りものといっても、一応は城に謙譲された野菜など。切れっぱなしでも、正直なところわたしが故郷で食べていた野菜より、ずっと美味しいといわざるを得ない。王族などの方々に差し出された部位以外の、硬い部分がメインである肉類さえも以下同文という感じだ。
野菜も肉も、少し離れたところにある農園と牧場で、専用に育てているという。つまりエサやら何やらを徹底的に計算し、管理し、必ず美味しくなるように育てられた食材達だ。
そりゃきれっぱしでも筋ばっかりでも、美味しいに決まっている。
「んー、ニンジンがあまーい」
「肉もいける。ちょっと硬いけどな」
むぐむぐ、とさっそくスープに食いつく双子。
このスープは塩とこしょうで味をつけたシンプルなもので、野菜の皮や肉をはずした骨などを使ったダシを使っているという。何代か前の料理長が、少しでも無駄になる食材を減らすためにと使われなくなっていたこの広間を、そのまま食堂にした時からの定番メニューらしい。
それまで、召使は各々、なんらかの方方で食事を各自入手していたという。もちろん忙しくて食べ損ねたりする召使も多く、買出し係なんてものまであったとか。
しかしこの食堂が作られてからは、わざわざ出て行く必要もなくてとても助かっている。調理場などの方も、微妙に使えないこともない野菜などを無駄にしなくてすむ。
まさに、いいこと尽くしだ。
料理場はもっと利点があって、ここで新人の教育なども行っているらしい。現在の料理長もこの食堂からのたたき上げで、今も上の厨房を目指す若い料理人が数多く働いている。
「そーいえばさー」
パンをちぎりながら、ラヴィーナが口を開く。
「最近なーんかね、城の中が慌しいわよね」
「そう、なの?」
「ん、ミィは裏方がメインだもんねぇ……あたしと兄貴は、割と表で仕事してることが多いんだけどさ、何か妙に増えてるわけよ。いかにも大聖堂からきましたっていう風貌の人」
「あぁ。オレも見た。掃除しながらだから、ジロジロは見てないけどな」
「そうなんだ……」
「でさ、あれは『もうすぐ』なんじゃないかって、兄貴と話してるわけ」
もうすぐ、という言葉に、わたしとミィは息を呑んだ。聖都の中央にある大聖堂の関係者がこの城の中で慌しく動き回ったり、ある程度は起こることが事前に知れているもの。
それは、わたしが知る限りは一つしかなくて。
記憶が定かであったなら、確かに『もうすぐ』だった、はずだから。
聖都は、一つのバケモノを飼っている。いや、孕んでいる。大聖堂の地下深く、鳥篭のような空間に封じられたそれを、起こさないように丁寧に寝かしつけ続けているという物語。
そのバケモノと呼ばれた存在を、人は――暴食王と、名づけていた。