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暴食王と世界の終わりに立つ少女  作者: 若桜モドキ
Castle filled with thorns
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抱き寄せたもの

 困ったことに、なってしまった。

 ミィは、とぼとぼとした足取りで、歩きなれない豪華な廊下を進んでいく。ここは城の五階部分――城勤めの人々の執務室などが並ぶ、本来彼女が立ち入ることはない階である。

 彼女の腕には紙の束があり、これをある場所に届ける途中だった。


 始まりは、塔の外で洗濯物を片付けていた時のこと。

 カディスが上に来ていたため、ミィは下にいたのだが――。

「あら、ミィじゃないの!」

「あ……ど、どうも。お久しぶり、です」

 そこにやってきたのは、昔から世話になっていた先輩侍女。三十代だというが、活力にあふれて若々しい、ひそかにモテている女性だ。ミィも、ラヴィーナやラキも、彼女の下で働いているのである意味では上司といえる。多くの若い侍女にとって、姉のような存在だった。

 そんな彼女と、この塔に来てから初めての再会。

 ミィは、彼女が腕に抱えていた紙の束が、気になった。

「あ、そうだわっ。ちょっと手伝ってほしいのよー」

「え?」

「実はね、そこでこれを上に押し付けられて……」

 聞けば食堂で休憩を取っていると、珍しく侍女長の部下がきたらしい。そして彼女を含む数人の侍女に紙の束を持たせ、昼までに上の各部署に運ぶように命じられたそうだ。どう考えても命じた側が頼まれた用件で、さらに下へと押し付けにきたらしい。よくあることだ。

 紙の量はそうでもないが、上の各部署――となると、さすがに人手が足りない。しかし昼前となるとみんなが疲れているし、偶然にもなかなか手伝ってくれそうな召使が見つからない。

 そこに、馴染みの見習いコックが、裏庭にミィがいることを教えてくれた。

「ってことなの。よろしくー」

 はい、と渡されたのは無地の紙。これにメモやら何やらを書く、のだろう。確か商人をしている父も同じような紙を、定期的に注文して大量に運ばれてきていた。

「あ……でも、私」

 受け取ってしまったのはいいが、問題がある。ミィはこの塔を動いてはいけない。硬く禁じられているわけではないし、抜け出そうと思えば抜け出せないこともないが。しかしいくら本人が意外と普通の人だったとはいえ、暴食王の影響は怖い。

 だが――それを、どう説明すればいいのだろう。

 おそらく、あの塔に暴食王がいることを、知っている人は限りなく少ない。間違っても目の前の彼女は知らない。知っていれば、そもそもミィに仕事を頼んだりしないだろう。

「塔にいるっていう要人さんのお世話も、住み込み命令出るくらいわがままっぽくて何だか大変だろうけど、ラキとかラヴィーナもいるんだし、ちょっとぐらいならいいでしょ?」

「あ、え、で……も」

「じゃ、お願いねっ」

 他にも声かけなきゃいけないから、とにこにこしながら去っていく。

 残されたのは、紙の束。

 ミィは結局、それを届けることにした。紙はどこにどれだけ届けるのか、というのがあらかじめ決まっているらしく、紙を纏めた紐に届け先を記したメモがくっつけられている。

 塔を離れることに迷いがあったが、事情を説明することも適当な嘘もつけない。それほど距離があるようには見えないし、カディスのこともあってミィがいなくてもそれほど不自然ではない状態になっている。ほんの少し、昼までに戻ってくれば……きっと、問題はない。

 せめて誰かに一言ぐらい言い残したかったが、それは叶わず。

 こうしてミィは、久しぶりに城内へと戻ったのだ。

 その時に知ったのは、ミィ達四人は塔にいる要人の世話をしている、という話になっていることだった。お忍びなので表立って世話役をつけられず、ミィ達が選ばれたとか何とか。

 間違ってはいない、いないが、何とも不思議な気分になる。

 こうして、他のことも適当にごまかされているのだろうかと思った。



   ■  □  ■



「じゃあ、失礼しました」

 合計で六箇所の部屋を回り、ミィの仕事は終わった。

 後は誰かに見つからないように、そそくさと塔に戻るだけ。

 戻るだけ、なのだが。

「……カディス、様」

 目が向いたのは、一つの部屋の扉。先ほど、別の場所に向かう途中、通り過ぎた用事のない扉だった。その向こうからカディスが部下に命ずる声さえ、聞こえなければ。

 用事もないのに、早く帰らなければいけないのに。動けない。久しぶりに聞いた声に、みっともないほど自分が喜んでいるのが、わかってしまったから。みっともないというよりももはや浅ましいほどで、そんな資格など自分にはないと思うのに動けなくなった。

 後一度、何か声を。

 そんなことを望んでいる――のかもしれない、無意識が。

 でも、とミィは心の中でつぶやく。声を聞く前に、望む前に、やらなければいけないことが自分にはあった。仕事ではなく、彼をこちらの都合で振り回したことへの、謝罪だ。

 わがままだった。ちょっと夢を見たかっただけだ。彼には何の関係もないことだった。それなのに彼に迷惑をかけた。謝らないといけない、とにかく、謝らなければ。

「……ごめん、なさい」

 小さく、唇から声が漏れる。

 扉をたたいて、出てきた相手に告げる言葉を。今はまだ、こんな小さな声でしか発することができない。だけど、ミィは覚悟を決めた。この仕事が終わってしまう、その前に必ず、と。

 そろそろ戻ろう、と彼女は扉の前から離れる。離れようとする。



 直後背後から伸びてきた腕をつかまれ、ミィはそのまま部屋に引きずり込まれた。

 そして――。

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