兄妹は騒がしい
それにしても、この城はとにかく広い。
水門部分を入れなくても六階ほどあるし、水門を入れたら十階は越える。なので城へ通じる階段はとにかく長いし、外周を通るようになだらかに整備された、馬車用の道まであった。
といっても、そこはものすごく遠回りになるので、使うのは遠方から来たお客様。なので外周を馬車がたくさん通っていると、あぁ、お城ではパーティでもしているのかとすぐわかる。
こんな、変な構造になっているのは、湖のふちが盛り上がっているからだった。
器みたいな形、と言ったら、きっと知らない人にもよく伝わると思う。
そこの一部――少し欠けるようになっていたところに水門を作って、小ぢんまりとした港のようなものも作って、さらに城を築いた。そこに町ができたのが、聖都ラウシア。
昔、星が落ちてきたとかいう話がここには伝わっている。その衝撃があの湖や地面の隆起を作り出して、衝撃のせいか水の流れが変わって川が繋がって湖になったのだと。
その星とは女神のことであり、こうしてこの地は祝福される場所となった。
……とても夢見すぎって感じの、御伽噺。
まぁ、そんなこんなでこの町は水不足とは縁がない。わたしの故郷も、近くに大きな川が流れていたので、水で不便な思いをした覚えはなかったと思う。水害の不安ならあったけれど。
水は重要なものだ。この国では水の流れは清らかさの象徴で、波紋を模した魔よけ飾りはよくある話。聖都の水路なんて、大聖堂を中心にした大きな波紋を幾重にも描いている。
生活にも信仰にも重要である水の心配が無いというところと、そもそもの信仰の礎である女神が降臨した土地であることは、ここに都を築くに値するだけの要因だった。
だって誰もが、その女神を敬っているわけなのだから。
けれど、この場所に都を作らざるを得ない理由は、もう一つある。誰もが知っている、聖都が他とは比べられないほど『特別』な場所である、その所以を物語る出来事。
他のこと――水源も女神のことも、実はそう重要でもなく。
ただ、その最後の理由こそが、この場所に巨大な町を生み出した。
なんていえば、わたしが故郷を飛び出した理由が、そこにあるように聞こえてくるかもしれないけれど、あいにくとそんなドラマチックな素性なんて持っていない。
わたしはただ、故郷を出たかっただけだ。
そして、人がたくさんいる場所に、行きたかっただけ。けれど、きっとかわいそうな子を見るような目で見られてしまうから、その理由は両親も含めて誰にも言えないままだった。
そう。
「ラキちゃん、どうかしたの? ぼーっとしてるよ?」
振り返ってわたしを見る、一番の友人であるミィにすらも。
何でもないよ、と答えると、安心したように目を細めた。他の友人ならすぐにわかるごまかしを、ミィは絶対に疑ったりはしない。そこが少し心苦しいけれど、いざ気づかれれば最終的にミィは泣き出してしまう。いい子すぎるほどいい子。人の痛みを数倍にして受け取る子。
それがミィ・ミュエル・ミリアンという名前の、女の子だった。
彼女がわたしが故郷を出た理由を知れば、きっと自分のことのように悲しむ。
だからこそ、笑顔で繰り返す。
ただ、故郷を出て独りで暮らしてみたかったの、と。
嘘じゃないから、大丈夫。
「ほんとに大丈夫?」
そうたずねられても。
「大丈夫。早く行かないと、ご飯食べられないよ?」
笑顔でちゃんと、そう返すことができる。
そうだったぁ、とあわてて走り出すミィを、わたしは追いかけた。表の廊下を走ると誰かが怒ったりするけれど、幸いにもそういう人と出くわすことは無い。この時間は朝休憩だから別のところ――たとえば中庭とかで、のんびり朝の疲れを取っているのだろうと思う。
だから思いっきり、食堂目指して走ることができた。
「あーっ、やっときたぁ!」
もうすぐ食堂、というところで見えたのは、こっちを見て手を振る少女。そして、その隣に立って腕を組んでこっちを見ている少年。同じような背格好で、召使の服を着ている二人組。
どちらも濃灰色の髪を長く伸ばし、少年は後頭部で軽く結っている。少女の方はそのままおろしていて、特に結ったりはしていない。服は違うが、雰囲気がとても似ている。
この二人は兄妹で、双子。
兄のユイリックと妹のラヴィーナ。
わたしと同じ十七歳の、今も城にいる数少ないわたしの同期。
男女の双子はあまり似ないというけれど、この二人はかなり似ている。というより兄であるユイリックがとても女性的な顔つきで、だから時々姉妹だと勘違いされているみたいだ。
妹のラヴィーナが、すらっとした体系で身長もあるせいだと思う。決してユイリックが小柄というわけではないけれど、とにかく見た目のシルエットがすごく似ている兄妹だった。
ああして並んでいると、やっぱり姉と妹に見えてしまう。もちろん妹のラヴィーナはわたしやミィとそろいの侍女服だし、兄のユイリックはすらりとした侍従服で、見た目は違う。
ただ、普段着の好みがそっくりで、時々呼び間違えそうになったりする。
ユイリックに言ったら機嫌を悪くするから、胸の奥にそっとしまいこむけど。
それにしても、二人ともどうしてここにいるんだろう。
まさか、ミィと同じく待っていてくれたのか。
「ったくもぅ、呼び言ったミィは帰ってこないし、待ちくたびれたわよぅ」
「ご、ごめんね」
「謝らないのー。待ってたのはあたしの勝手。この兄貴と二人っきりで、鏡みたいにそっくりな顔つき合わせてご飯とか、ぜぇったいにヤだもん。それなら食い損ねる方がマシー」
「おい」
「本当のことじゃん。食べるモノの好みだって同じだし、マジで鏡なんだから」
ねぇ、とわたしに同意を求めるラヴィーナと、それは違うだろ、と書かれた顔をこっちに向けてくるユイリック。えーと、正直いたたまれないので、コメントは差し控えたい気分。
「と、とりあえずご飯食べよう、先に……ね?」
「……まぁ、それでいいけど」
行くぞ、とさっさとユイリックは歩き出す。ほっとしながら、わたしが追いかけた。
不満そうにしていたラヴィーナも食欲や空腹には勝てないのか、それともミィの心配そうな視線には叶わなかったのか。ため息を小さくこぼすと、カウンターに向かっていった。