目が覚めた日
聖女は、それから少しして帰っていった。
カディス様がわたし達を呼びにきたことで、それを知る。
なんの話をしていたのか、気にはなったけど誰も尋ねなかった。たぶん、答えられない内容なのだろう。だからわたし達を――部外者を締め出した。尋ねても答えはないと思う。
そう、わたし達は『関係者』じゃない。
関係者のような立ち位置の、部外者だった。
だから詳しい事情は知らされないし、何かあっても外に置かれる。
わかっていたこととはいえ、簡単な事情も知らされないとなると怒りと不安が、どうしても胸のうちに満たされてくる。いつでも『消せる』立場ゆえの、上にはわからない不安と恐怖。
しかし、カディス様にそれを八つ当たりしても、意味はなかった。
答えられない人をなじっても、どうしようもないのだから。
かくして、日常は戻る。ミィの夢を失っても、ここでの生活はもう少し続く。
ううん、前に戻っただけだろう。
ミィが何もいわなかった頃に、限りなく近いと思えば。その頃と、今はほとんど変わらないと思う。あとは知っているわたし達が、何も言わずに以前の通りにすごすようにすればいい。
一応双子には、わたしからそれとなく話をしておいた。
本当はミィから言った方がいいのだろうけど、なかなか一緒になれなかったから。
「……そっか」
ラヴィーナは寂しそうにつぶやき、ユイリックは無言だった。
みんな、わかっていたのだとわたしは思う。夢は、結局『夢』でしかない。最初から、こうなることはもう決まっていたのだし、ある程度覚悟のようなものはみんなそれぞれにあった。
ふと気になったのは、どうして『今』、夢を終わらせたのかということ。
もう少しぐらいは――夢は、続けられたはずなのに。
聖女が来たからというわけではない、と思う。それならただ静かに流されて、仕事が完全に終わってから夢も終わらせればいいのだし。今あえて終わらせる、その理由は――何か。
わたしはふと、その疑問を口にしたところ。
「あぁ……それは、あのクソヤロウが話したのよ、お見合いのこと」
ラヴィーナが、顔をしかめながらそう答えた。
クソヤロウ、というのはおそらくクリア様のことだと、思う。他にそう呼ばれる、こっちと接点のある人が思いつかない。カディス様のことは、普通にカディス様って呼んでいるし。
本人が聞いたら怒りそうだけど……まぁ、ラヴィーナだから仕方がないか。
「っていうか聞いてよちょっと! あの野郎ね!」
「う、うん」
がしっとわたしの肩を掴んで、ラヴィーナが怒鳴りだす。
曰く、クリア様は仕事中のミィを呼びつけて、お見合いの話をしたらしい。身分が違うから苦労をするのは君の方だ、あの人は次男だが貴族ではない君と結婚するとなると実家を追い出されるだろう。そうなると貴族階級しか勤められない、王子の側近ではいられない。
彼を王子の傍から失うことは、この国の未来にとってもよくないことだ。もし彼に何も言っていないのならば、何も言わないまま離れてほしい。思いそのものを、捨ててほしい。
それが君を含むすべてのためになる。
……とかなんとか。
「何なのよあの、ミィのことを考えているけど結局自分の都合を押し付けてますトーク! 思い出すだけで虫唾が走るわっ。これだから、こーれーだーかーらーっ、貴族は嫌なのっ!」
「わ、わかったって」
「あまりに偉そうだから、頭から水ぶちまけてやったわ!」
ざまぁみろ、と得意げにするラヴィーナを、ユイリックがため息混じりに見ている。そういえば昨日、クリア様がなんかびしょぬれですごすごと帰っていくのを見た。仕事の手伝いをしたらミスをした、と本人が言っていたのでそれを信じたけど……なるほどそういうことか。
普通、そんなことをしたら物理的に首が飛びそうだけど、やっぱり自分が酷なことを言ったと思っているのか、ラヴィーナにお咎めはないようだ。ないようだけど……。
「危ないから、もうしちゃダメだよ」
「わ、わかってるわよ……でも、でもねっ」
悔しいじゃない、と小さくもれた声が、たぶんここにいる三人共通の思い。
夢を見ることすら許さない、そんな現実が悔しい。
だけど、忠告を受けてすぐに夢を終わらせたのはミィの決意。彼女の意思。それに異を唱えることはできない。だって、これこそわたし達は部外者なのだから、静かに見守るだけだ。
悔しいけど、仕方がないこと。
クリア様の言うことは、残酷なほど正しい。身分違いの恋は、身分がより低い方にありとあらゆる痛みが向く。片方の身分が高いほど、残る方が疎まれてずたずたに引き裂かれる。
恋が叶ってほしいと思うけど、そんな風に傷つけられるミィは見たくなかった。
「仕方がない、のよね」
「……あぁ。他ならぬ本人が決めたんだからな。オレには無理だが、ミィが泣いてたらお前やラキがぎゅうぎゅう、たっぷり抱き締めてやりゃーいいんだ。それでいい」
「……ん」
兄の言葉に、少し笑みを浮かべる妹。
そんな二人は、これから台所に向かう。
今日の夕食当番はユイリックとラヴィーナが担当していて、二人はこの辺りの郷土料理というか、伝統的な料理を作ってくれるらしい。どんな料理を作るのかは、聞いていないけど。
メニューは食べるまでのお楽しみだ、とのこと。
「できるだけ、おなか減らしときなさいよねっ」
ラヴィーナはさっきまでの暗い表情を隠し、双子はニコニコしながら去っていった。残ったわたしは夕方まで、リビングで軽く掃除をすることになっている。美味しい食事は、きちんと整った部屋とテーブルで。ミィもリビングにいるし、少し様子を見るのもいいと思った。
「……えっと」
そう思い、リビングに来たわたしは言葉を失いかけた。
王さまが読書をしていて、傍にいるカディス様も読書中で。ミィが一人で、あちこち片付けているいつも通りの光景。あえて異変を探すなら、ミィがカディス様に話しかけていないぐらいしか思いつかない。それも、読書をジャマしないようにしている、と思えば普通だ。
ただ、空気がなんだか張り詰めている、ような。
その原因が、カディス様のような。
「あ、あの……お茶とか、いりますか?」
意を決して、王さまとカディス様に話しかける。王さまは首を軽く横に振って、いらないという意思を示したが、カディス様は無言。聞こえていない、ということはない……はずだ。
どうしたのか、と思ってみていると、彼の視線が時々ミィに向かっているのに気づく。
やっぱり、ミィの様子に変化があったことに、気づいてしまったのだろう。
カディス様なら、それくらい簡単にわかると思う。今まで割りと積極的に話しかけてきていた少女が、急にそっけなくなればどこの誰だって気になる。ミィはそこらへん、どうも少し過剰にやってしまったらしい。ただ、近寄ろうとする足を止めるだけでよかっただろうに。
しかし今更、ミィにそこを注意しても手遅れだろう。あらかじめ言っておけばよかったのかもしれないけれど、それをわたしに思いつくことができたかというと怪しいし。わたしは自分のことでも手一杯で、結局後手に回ってあれこれ何とか繕うことしかできないのだから。
ただ、そんな冷たい目でミィを見るのは、やめてあげてほしいと思う。
事情があるんです、仕方がないんです。
でも、そんなことを説明することもできない以上。説明してもどうにもならない問題が、そもそもの根本にある以上。何より、それを彼女が望んでいない以上。
わたしは何とかしたいと思いつつも、見ていることしかできないのだった。




