再会
ラヴィーナとユイリックをもてなしと話し相手として上に残し、わたしとミィは洗い物を片付けるために台所に立っていた。そんなに広くないので、わたしとミィだけで問題ない。
さすがに作るのは人手がいるけど、今度は食器とかを洗うだけだから。
「よかったね、ミィ」
「……うん」
きゅ、きゅ、とお皿を洗いながら声をかけると、隣のミィが嬉しそうに微笑む。料理を作ったのは三人だけど、料理そのものを選んだのはミィだ。
だからカディス様が喜んだのは、ミィの功労と言っていいとわたしは思う。
洗い物が終わったら、次はお洗濯。そして掃除。その前にカディス様と王さまに、お茶とお菓子を出さなきゃいけない。お菓子は――たぶん作らないと、いけないと思う。
それを、ミィにやってもらおうとわたしは思った。お菓子作りはミィが一番上手だし、カディス様と仲良くなれるいい機会だ。未だ少し怖がっている王さまとも、少しは打ち解けられるだろう。そうやって少しずつ近づいていって、親しくなって。
……そこから先は、わからない。
わかっている。
わたし達は下っ端召使で、この仕事が終わったら『上』との縁は切れる。カディス様と会うこともないだろう。こっちが一方的に、見かけることはあっても。それがこの国の、身分にまつわる理だ。王族でさえも、それに逆らえば幽閉されたり、社会的に物理的に消される。
生まれた瞬間から、何もかも決まってしまう。
下は下、上は上として生きて、交わることなんてない。あってはならない。だから仮にミィとカディス様が『いい仲』になったところで、その先にある未来は別離という二文字だけ。
いっそ、王さまのように『二度と会えない』のであれば、楽なのかもしれない。カディス様の話は嫌でも耳に入るだろうから、きっと話を聞くたび胸が痛むだろう。
わたしはいい思い出だけを時々記憶から引っ張り出して、それでいいけど。
ミィは現在進行形で、目にし、耳で聞くことになる。もちろん、田舎に引っ込むなりすれば離れることはできるけれど、田舎でも大貴族の結婚などはそこそこ耳に入るものだ。リーヴィリクムはフランベルと並ぶ名家の一つで、よほどのド田舎でもなければ知らぬものはいない。
どこまで逃げても、他国に逃げても、ミィは彼の話から逃げることはできない。
あぁ、どうして彼だったのか。
どうして彼女だったのか。
女神ラウシアは、再生と創造を司る神。何かを作り出すことを司る。でもその先は、管轄外ということなのだろうか。一方的にこんな縁を作り、ミィの中に枯れる定めの種を植えて。
……まぁ、でも神様というのは残酷なもの、と相場が決まっている。
現に女神は残酷だ。
自分が『殺しきれなかった』からといって、終わりのない後始末を後世に残した。こんなことは口が裂けてもいえないけど、聖女だ何だと祭り上げたところで結局、王さまがこの聖都から消えることはない。どれだけ人々が願っても。女神――その力を持つ聖女は、無力だ。
面倒だなぁ、と改めて思う。
わたしといいミィといい、どうしてこんなことになったのやら。
最初から望みが欠片もないわたしと、望みがあるようで結局消し飛ぶ定めのミィ。どうして揃いも揃ってこんな道に、まるで仲良く手をつなぐようにして迷い込んだのか。
「面倒だよね、本当」
「え?」
「……ん、なんでもない」
きゅいっとお皿を磨き、綺麗な水につけなおす。それをミィが受け取って、布で水をふき取って切れ込みの入った板に並べていく。あとは乾いた布をかけ、適当なところに置いておけば夕方には乾いている。布をかけるのはほこりとか、そういうのがつかないようにする知恵だ。
六人分のお皿は、そんなに量はない。
無言のまま作業を続けていると、あっという間に終わった。
さて、次は掃除だけど……その前に、お茶を。オーブンはまだあったかい。さっと小麦粉とバターなどを混ぜて、こねて、一口大に整形して、焼き菓子なんかを作ってみようか。
……作るのは、わたしじゃないけど。
「ミィ、焼き菓子作れる?」
「え? うん、できるよ」
「じゃあ、材料もあるから、それ今から作って。で、焼けたらお茶と一緒に上に。わたしはお風呂の掃除に行ってくるから。双子は室内の掃除。……要するに、いつも通り」
「わかった。……お菓子、多めに作っておくね」
後でみんなと一緒に食べようね、とにっこり笑ったミィに頷き、わたしは台所を出た。
たん、たん、たん、と階段を駆け下りていく。
ここでの生活で、返す返すも最高だと思うのはやはりお風呂だ。城の、召使用のお風呂は広いけれど使用する人数も多く、あまりゆっくりできる場所とは言いがたかった。それでも貴族のお屋敷によっては、使用人用のお風呂などがなかったりするので、多少混雑しようともいろいろ揃っているわたし達は、まだまだ恵まれているのだと思う。
さて、ここのお風呂は結構広い。
わたしやミィ、ラヴィーナの三人ぐらいが、ゆったり入って余りある。手足もぐぐっと伸ばすことができるので、ついつい長湯になってしまってのぼせそうになったりとかも。
そんな、ものすごく癒される空間であるお風呂は、もちろん清潔でなければいけない。清潔だからこそ伸び伸びとできるわけで、そのためにも毎日欠かさずお掃除だ。
「よいしょっと」
専用のブラシと、粉末の石鹸。それを倉庫から引っ張り出してくる。
この、粉状になった石鹸はすごく便利だ。身体を洗うのも、髪を洗うのも。それ以外のいろんなものを洗うのに、いちいち大きな塊を手などでこすったりする必要がなくなったから。
まぁ、食器とか身体を洗うのは別にいい。問題はこういう、広い範囲を洗う時。ブラシにこすり付けるという方法もあるけど、アレやると石鹸ボロボロになって哀れ。たぶん掃除の現場では、あの粉末石鹸はないて喜ばれた一品だと、わたしは思う。すごく便利だし。
さて、その便利な道具の使い方は簡単。
お湯を抜いたお風呂に、さっさっさと撒くだけ。あとはブラシで、ごっしごっし、とあわ立てつつ汚れを落としていくだけでいい。実に簡単で、手間がいらない作業だ。
ごしごしとこするのには意外と力がいるけど、今夜のためなら気にならない。綺麗なお風呂であったかいお湯につかる、というのは最高の贅沢だとわたしは知った。知ってしまった。
そのためならば、多少の苦労も気にならない程度に。
しかし単純な行動は、意識の鋭さをゆっくりと奪っていく。
かたん、というかすかな物音にわたしは、すぐ気づかなかった。
いや――気づいたけど、勝手に気のせいだと決め付けて、作業を続けた。
だから。
「こんにちは、ラキ」
そう、声をかけてくるまで、彼の接近に気づかなかった。
慌てて振り返ると、そこには見覚えのある薄茶色の髪。
こちらを見て微笑む姿。
「イオ、様?」
少し前、塔の外で出会った彼が、お風呂の入り口に立っていた。




