陽だまりに眠る少女
始まりはいつだったのか。
一年よりは新しく、数ヶ月よりは古い記憶。
それを思い出すたび、彼の心はほっこりとしたぬくもりに満たされていた。夢に見ることがないのことだけが残念だったが、時折目にする現実が夢の変わりの慰みになっていた。
今日も、彼女は友人から離れて、一人で中庭にいる。
時間帯が悪く、あるいはよく、時々彼女は一人でその場所に座り込んでいた。もしかするとその時間を『狙っていた』のかもしれないと、最近思うようになっている。ともかく、眩いほどの金色の髪を持つその侍女は、今日も中庭に植わっている木の陰に入り眠っていたのだ。
転寝、あるいは昼寝。
休憩時間に少し、心と身体を休める時間。
見かけたのは偶然だった。必然、とは思わない。そんな雰囲気を、そんな空気を纏っているだけの偶然でしかないと思っていた。陽だまりの中、寝息を立てる少女の傍に立つまでは。
彼女――名も知らぬ、髪の短い彼女がそこで眠っていることがあると、気づいてからそれとなく中庭をみるようになった。もしかするといるかもしれない。そんな思いがあったのか。
本人すら知らない衝動は、その足をめったに立ち入らない領域へといざなう。
さくり、と音がした。
その音で、彼は自分が中庭に立っていると気づく。
どうしてここに、と自問すると、頭より先に足が自答してきた。視線が、次に答える。その矛先に一人の眠る少女を捕らえ、そこへ向かえと足に指令を出すことで。
ちょうど誰もいない、昼下がりの穏やかな中庭。
名も知らない彼女は一人、今日もすやすやと寝息を立てている。睡眠が足りていない、ということはないらしい。召使といえど、そこら辺の管理はしっかりと成されている。
――でも、仕方がないような気がした。
彼は、この場所に立ってそう思う。ぽかぽかと暖かく、心地よい。
眠る彼女は、綺麗だった。
美しさという点においては実母や、婚約者である聖女――もっと広げれば、その兄である親友の方が『美しい』だろう。良くも悪くも少女は普通で、美しいというよりも可憐だった。
肩につく程度の、短めの頭髪。黄金色のそれは、時折ふく風にそよりと揺れていた。木の幹に背中を預け、膝に手を置いて眠る少女。すぐ目の前に、ずっと遠くから見ていた人がいる。
だが彼は近寄るだけにして、触れることも声をかけることもせず去った。
しばらくすると彼女は友人に起こされ、午後の仕事に向かう。金色の瞳が笑みを宿して細められているのを彼は見たが、その先にいるのは彼ではなく元気そうな彼女の友人だ。その中に同年代の少年がいなかったならば。きっと、見ているだけで終わっていた、のかもしれない。
ただ遠くから見るだけの、いずれ忘れていく何かで、すんだのかもしれなかった。
――これが、彼と彼女の出会い。
ラキ・メルリーヌというその名を知る、だいぶ前のこと。セシル・イオ・エクリュネイルはこれ以後も彼女をそれとなく目で追い、ついに裏からそっと手を回して接点を作った。眠っていた彼女ではなくて、起きて、自分を見てくれる彼女を、どうしても目の前にしたかった。
叶うなら、もっと近くにいきたいと。
それが限りなく『恋』と呼べる、強い衝動であることを。
婚約という鎖によって、それを禁じられてきた彼に気づくことはできなかった。




