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彼女にとっての出逢い

 ほっとした。

 怪しい人じゃないと、わかって。


 でも、じゃあ彼は誰なんだろうと考える。身なりは立派で、おそらくは騎士だ。あるいは騎士のような格好をした、どこかの貴族のお坊ちゃんなのかもしれない。

 でもあの大聖堂にいたわけなのだから、どっちにしろ怪しい人ではないと思う。こと暴食王に関係することで、この国の人がその辺のチェックを怠るとは思えない。その程度の人間しか残っていないのだったなら、そもそもわたし達はここにいることすらなかっただろう。

 王さまの封印が不安定で否安全な状態で目覚め、おろおろするに違いない。

 だからたぶん、この人は大丈夫だ。

「僕はイオ。君は確か……ラキ、だったよね?」

「え、あ……はい。ラキ・メルリーヌと申します」

 ぺこり、と頭を下げる。見かけからして相手は身分が上だから、礼儀正しく。めったにそういう身分の人に会わないとはいえ、城仕えである限り会う確立は普通の人よりずっと高い。

 だから下っ端召使でも、こういう礼儀作法の講習は定期的に行われていた。もちろんそれらは必須。万が一にも来賓――それもものすごく偉い人に粗相があれば、大騒ぎになるから。

「それで、イオ様はわたしに何か?」

「いや、見かけたからちょっと、声を。……それと、敬語も止めてほしい」

「ですが」

 初対面なのに、そんな馴れ馴れしいことはできない。こればっかりは性格の問題で、すぐにどうにかなることじゃなかった。申し訳ないけど、すぐに口調も態度も崩せそうにない。

「申し訳ありません」

「いや、いいんだ。無理強いしたいわけじゃないから」

 ごめんね、と謝罪を口にするイオ様。

 それが、余計こっちに申し訳ないという気持ちを生むと、きっとこの人はわかっていないんだろうなと思う。まぁ、責めることじゃない。これもまたわたしの、わたしだけの問題だ。

 そんな個人的な問題はさておき、イオ様はなぜここにいるのだろうか。

 中庭ならともかく、ここは裏庭だ。

 そう呼ばれる程度には寂れて人が立ち入らない、入っても召使ぐらいだろう。

 噂では、時々身なりのいい人がこっそりと、いけない秘め事にふけるのにここを使っているなんてのも聞いたことがある。ちょうど隠れるのによさそうな茂みがあるし、人も来ないし。

 でもそれは大体が夜会があった夜で、こんな真昼間っていうのは……さすがに。

 何より、イオ様はそういう人には見えないし。

「暴食王の、世話は大変かい?」

「いいえ。今のところは、特に何もないです。……といっても、まだ一日目で、これからが大変なのかもしれませんけど。でも、今のところは大丈夫そうだなって、わたしは思います」

「……そうか」

「王さま……いえ、暴食王も、そんなに怖くないですし」

 わたしの、その言葉はきっと異質だ。

 この世界であの人を怖くないといえる人間は、きっとわたしぐらいだろう。あるいは、無駄に虚勢を張った時に、そんな言葉が飛び出すのかもしれない。けれど、それすら裏側にあるのは暴食王と呼ばれる存在への、消しきれない『恐怖』。怯えながら吐き出した強がりで。

 わたしは、つくづくおかしいのだと、思う。

「面白いことを、言うんだね」

 苦笑気味に言葉を返すイオ様を見ると、特に思う。

 やっぱりわたしは、どこかおかしいのだ。例の衝動といい、その矛先が暴食王と呼ばれるあの人であることといい。ここへきて、わたしの『紛い物』らしさが、これでもかと浮かぶ。

 だけど、わたしの本心は偽りなく『怖くない』という。


 王さまは怖くない。

 ただ、怖く見えるだけ。


 わたしからすれば、時々遠くに見かけることのある偉い人――そう、たとえばこの国の国王を含んだ各国の君主やそれに匹敵する人のほうが、ずっとずっと恐ろしいと思う。威厳という名の威圧を発し、無条件にひれ伏さなければならない相手を、怖く思うのは当然のこと。

 しかも少しでも無礼な――相手にとってそう思える言動をすれば、明日の朝日を見ることはできないだろう。だからわたしは人間の方が怖い。王さまはそんなことしないから。

「だって事実ですから。王さまは、怖くないです」

 ほら、と耳を澄ますと、塔の中から双子、というかラヴィーナの笑う声がする。何を話しているのかまではわからないけれど、その底抜けに明るい笑い声は、しっかりと届いていた。

「ずいぶん、賑やかなんだね」

「はい。いろいろ話をしてもらっているんです。この国の、世界の、昔の話とか」

 いろいろ。そう、いろいろだ。何も聖女様や国王の話だけじゃない。閉じ込められていても世情は伝わり、王さまはいろんなことを知っていた。世の中のことをちゃんと、まるで実際に見聞きしたように知っていた。それをあの人は、乞われるままに語り聞かせてくれている。

「王さまは……いい人ですよ」

 本当に、いい人だ。あの人が生きた時間から考えると、子供ですらないわたし達なんかのわがままを聞いてくれる人だ。静かに聞き流し、無視を決め込んでも問題ないというのに。

 暴食王ということさえなかったらと、そう思うくらい。

 優しい人だと、思う。

「……」

 イオ様は、そんなわたしの様子に、やはり驚いたようだった。

 でもそれがわたしの本音で、偽りのない心で。別に一人ぐらいそんな、ちょっとおかしいのがいてもいいんじゃないかなと思う。みんながみんな、同じになることはないのだし。

「君は変わっているな。面白い」

「変わっているのは自覚しますが……そんなに、面白いですか?」

「僕の周りには、面白みのない連中しかいないから。同じ木枠で作った、同じような器ばかりが並んでいる。どれもこれも、みんな同じだ。違うのはごく一部で……君も、その一人かな」

 くすり、とイオ様は目を細めた。

 彼の言葉は褒め言葉、と思っていいのだろうか。単純に変人扱いされただけ、という気がしないでもないのだが、実際わたしは限りなくそっちなので黙って微笑んでおくことにする。

「また、ここに来るよ」

 そういった彼は、笑みを浮かべてわたしに背を向け、歩き出す。


 ――イオ様。


 特に意味もなく心の中で名をつぶやき、わたしは去っていく背を見送る。結局、彼はここになにをしにきたのかわからないと気づいたのは、彼が完全に見えなくなってからだった。

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