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話をしよう

 再び静かな時間が戻った塔のリビング。

 みんなが、それぞれのやりたいことをする自由な時間だ。ミィとラヴィーナは、城で聞いた噂話を語り合っているし、ユイリックは三人がけのソファーに寝転がって早くも昼寝を開始。

 そして王さまは、相変わらず例の場所で読書中。微妙に距離をとりつつもくつろぐわたし達など気にも留めない様子で、ぺらり、ぺらり、とページを一定のリズムでめくっていく。

 わりと、早い読書ペースだ。

 リビングなどには一応、それなりの冊数が用意されているけど。あれじゃ、数日で全部読み終わってしまいそうな勢いだ。……本も、頼めば持ってきてもらえるのだろうか。

 しかしあの調子じゃ、せっかく一緒にいるのに意味がない。

 まるで、ぶ厚い壁を挟んでいる感じだ。

 この距離感、わたしはどうにも気に入らない。居心地がよくない。

 ミィやラヴィーナだって、笑ってはいるけどいつもよりぎこちなく見える。ユイリックなんかは一気に口数が少なくなって、ほっとけば食事ぐらいしかしゃべらないかもしれない。

 これはいけない。

 こんなのがこれから最低でも数日、最長だと一ヶ月近くとなると、みんなの心が参ってしまうかもしれない。特にミィのことが心配だ。本人はがんばるといっているけれど、今は逆にそれが不安になってくる。つまり、がんばりすぎてしまうのではないか、という疑念だ。

 カディス様が来てくれるとしても、身分が違うからそう話も弾まないだろう。いくら近い場所にいるとはいえ、やっぱり生きている世界は違うわけなのだから。それに話をしたいからといって無理強いすることはできないし、やっぱり現状で何とかする手段を見つけなければ。


 そうなると、必然的にターゲットは王さまになる。

 むしろ王さましかいない。


 話をすることは、王さまの暇つぶしにもなるだろうし、少しはここでの生活が心地よくなるかもしれない。朝話した感じでは、むしろこの国の貴族様より接しやすいと思った。

 あの調子ならミィも、もちろん双子も抵抗なく接することができると思う。

 少しの打算――王さまと仲良くなれるかも、というものも含みつつ。

「王さま」

 わたしは王さまに声をかけた。

 すぐ近くで声をかけたからなのか、一応、視線だけは向けてくれる。

「ちょっと、お話をしましょう」

 がたん、と音がしたのはおそらく三人のうちの誰かが反応したのだろう。あいにく、背中を向けているので、誰なのかはわからない。ユイリックかラヴィーナあたりかな、と思う。

 ミィはぽかーんと、こっちを見ているだけだろうし。

「……」

 王さまは目をわずかに見開いたかと思うと、再び細めた。睨むようでもあり、残念なものを見るような感じでもある。この女は大丈夫なのか、といったところだろうけれども、わたしとしては実に正常なので気にしない。わたしはただ生きる世界を、もっと楽にしたいだけだ。

 居心地をよくするには、まずは会話が不可欠。

 もちろんわたし達だけがしゃべる、というのでは意味がない。彼がそこも一言二言でもいいから参加してくれないと困る。できればそこそこ積極的に関わってほしいけど、この様子では不可能といっていいのはわたしにもわかった。そこまで無理強いはしない。

 とにかくだ。

 互いにこう壁を作りつつ、同じ場所で暮らすというのはストレスがたまる。

 このままだと仕事を完遂する前に、倒れてしまうかもしれない。

「だから、おしゃべりしましょう」

「あのー、メルリーヌさんちょっといいですかね?」

 と、背後からユイリックの声がする。振り返ると、ちょいちょい、とこっちを見て手招きする彼がいた。王さまは何も言ってこないので、仕方なく離れて三人のところに戻ると。


「お前、何考えてんだ……? 大丈夫か? 大丈夫なのか?」

「疲れてるのね、ラキ。そうよね。かわいそうだわ……」


 双子に病人扱いされた。

 確かに突飛なことを言ったという自覚はあるけど、そこまで言うことはないと思う。違う意味でいくらなんでも、わたしがかわいそうだ。わたしはただ、少しでも場の空気を何とかしようと思って、とりあえず自分から行動を起こしただけのことなのに。

「いやまぁ……確かにこう、ずっと気は張りっぱなしだけどさ」

「だからって、よりにもよって……ねぇ」

「でもカディス様は忙しいし、そうなると一人しか残らないよ?」

「いや……その理論はどうかと思うんだが」

 食い下がる双子と、おろおろと傍観するミィ。

 確かにわたしの言葉は突飛で、むちゃくちゃなことだと思う。でも、外部からの接触が望めない以上は、今そばにあるものを活用していくしかない、というのは間違っていない。

 それが王さま――暴食王であっても。

 わたし達にわがままを言うだけの力はないわけで、仕方がないことなんだと。

「……そりゃ、そうだけどさぁ。あれ、話をしてくれる人に見える?」

 ラヴィーナの言うことも、確かにもっともだった。でも、王さまは話しかければ態度なりで一応ちゃんと答えてはくれるわけだし、たぶん何とかなるんじゃないかなと思う。

 それに、王さまは長い時間を生きてきた方だ。

 その大半を眠っていたとはいえど、かなりいろいろ見知っているに違いない。

 王さまの話を聞くのは、きっと楽しいことだと思う。

 ……たぶん。

「ってことで王さま、何かいろいろ話してくださいね」

「……」

 困ったわたしはひとまず、話題内容を王さまに一任する。そもそも彼がどういう話を見知っているのかわたしは知らないわけなのだし、これは決して丸投げとかじゃない、と思う。

 実際、適当にこの話題をといって、それについて何も知らなかったら迷惑だろう。わたしだっていきなりほとんど知らない話題――たとえば、貴族の力関係とか、そういうのについて話してくれくれなんていわれたらさすがに困る。興味がないから、何も知らないに等しい。

「王さま。お願いします」

 再度頼むと、王さまは目を閉じて深くため息をこぼす。それは諦めの声だったようで、しおりらしきものを本に挟むと、ぱたりと閉じて、近くのテーブルの上に置いた。

「え……えっと、じゃあ、その、昔の聖都の話とか、聞きたい、です」

 意外にも最初に話しかけたのはミィで、でもやっぱり一番離れたところにいる。それでも少しは慣れてきたようで、視線をそらしたりということはしていない。


 聖都か、というつぶやくような声を合図に、少しずつ会話は広まっていった。

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