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これからのこと

 嵐のように聖女様ご一行がやってきて去って。

 残されたわたし達は、ひとまず紅茶を飲んで一息ついていた。

 さて、どうしてカディス様だけが残ったのかというと、実は彼がこの塔の警護責任者になったからなのだそうだ。寝泊りこそしないものの、この塔に通ってくるつもりらしい。

 王子の側近なのにいいのかな、と思うけれどそこら辺はいろいろ事情があるようで。

「一応、王子の傍にはあいつがいるからな。……なに、これもいい修行だ」

 カディス様はそういって、楽しそうに笑っていた。

 先日危なくなりそうなところを助けてくれたフランベル様は、名前をクリア・フランベルといってわたしと年が近いらしい。王子とは親友であり、幼馴染であり、そしていずれは義兄弟になる関係。そう、王子と婚約中の聖女様は、何を隠そう彼の妹に当たるのだ。

 そんな恵まれすぎってぐらい恵まれた彼――と王子様は、カディス様からするとまだまだ子供の部分が幅を利かせているらしい。カディス様という絶対的な信頼を置ける『大人』がいなくなることで、いろいろ刺激を与えたいのだとか。上の人は上の人で、いろいろ大変そうだ。

 確かに、いつまでも大人にくっついているのはいいことではないと思う。

 何より王子様は未来の国王。

 いざという時は、自分でびしっと決断できなきゃいけないだろう。

 だとすると、それなりの理由をもって一時的に傍を離れられるこの仕事は、意外と都合がいいのかもしれない。何か問題があれば気づけるし、手助けすることだってできるだろうし。

 問題があるとすれば、この仕事がいつになったら終わるのかよくわからないこと。

 すべてはこの場にいない聖女様の、今後の具合にかかっていた。

 暴食王は、起こしっぱなしにはできない存在だ。いずれはまた聖都の地下に封印しなければならない。けれどそのためには女神の力が必要になって、生まれ変わりである聖女様はまだ力が目覚めきっていないらしい。一応、封印解除と共に目覚めは始まっているそうだけど。

 しかし、外から見る限りは何がどうって感じはしない。

 確かにこの上なく気品にあふれ、さすが聖女、さすが未来の王妃って感じはあった。でも神々しさというか、人間離れした何かは特に感じなかった。単純にわたしの感覚が貧相なだけなのか、それともこれからゆっくりとそれらしい何かを纏うようになるのだろうか。

 現状でもまぶしさすら感じるから、もし後者だったら直視できないかもしれない。

「本来なら、暫定的に君達の後見に立っている聖女……というより、その実家であるフランベル家の関係者が、ここで私の仕事をしているはずだったんだがな」

「何か問題でもあったんですか?」

「あぁ。フランベルの本家には二人しか子がいない。一人は聖女シエラリーゼ嬢。もう一人は王子の側近も勤めている、彼女の兄のクリア・フランベル。先日、君達を助けた人物だ。万が一にも何かあった時、取り返しがつかないという理由で、私がここにきたわけだ」

 私は次男だから仕方がない、と苦笑をこぼすカディス様。

 庶民にとっては長男も次男も三男も、ついでに言うなら十人姉妹でもまったくもって問題はないのだけれど、貴族にとってはかなり重要な問題だ。何せ、女の子しか産めない奥方は離縁されるなんて話もある世界。実に恐ろしい。なお、子供が産めない場合も以下同文だ。

 カディス様はリーヴィリクム家という、代々王族の側近や騎士団長などの重要なポジションを任されてきた名家に生まれたという。けれど本人も言った通り次男で、上にはお兄さんが一人いらっしゃる。ちなみにお姉さんも二人いて、どちらも許婚に嫁いで子供もいるらしい。

 つまり、カディス様は末っ子というわけだ。

 よりにもよって、と言えなくもない次男というポジションの。

 言い方は悪いけれど、もしもカディス様が長男だったら、ここには別の誰かが来ていたのだろうと思う。だって長男は跡取りだから、こんな危険なところに向かわせるわけがない。


 カディス様がここにいるのは、万が一が起こっても影響の少ない次男だから。

 跡を継ぐでもない、重要ではあるが替えが用意されているパーツ。


 ……そう考えてみると、何ともいえない複雑な気持ちになる。

 貴族の世界は、やはりあまり好きにはなれそうにない。召使の中には、愛人辺りになって楽したいなんていってる人もいるけど、わたしは仕事以上にあの世界に関わりたくない。何か嫌な感じだ。生きる世界が違う。わたしは、あんな世界で暮らしていたくはないな。

「お貴族サマも、面倒なのねぇ……贅沢の代償かしら」

 と、ラヴィーナはカディス様差し入れのお菓子をつまんでため息を一つ。

 確かに、特権階級にはそれなりの苦労もある。わたしからすると、それを『苦労』とするのは気に入らないけれど、それを苦労とするのがあの世界の流儀だから仕方がない。

 けれどその変わりに贅沢がある。誰より綺麗な服を着て、多くの人に傅いてもらえる。その優越感を得るためなら、その程度の苦労も厭わないということなのかもしれない。

 わたしなんかは贅沢するより、時々美味しいものを食べられればそれで。


 ――と考え、わたしははっとする。

 その時にカップを落としかけ、音を鳴らしてしまったために視線が集まった。ミィがすかさず布巾をどこからか取り出してきて、少しこぼれたお茶を丁寧にふき取っていく。

「ラキちゃん、どうしたの?」

「いや、ちょっと問題があったのを思い出して……」

「問題……また何かあったのか?」

 先日の騒動を知っているカディス様の、すぅっと視線が鋭くなる。

 いや、そこまで深刻とはいえないことなので、そんな真剣な目をされると困る。

 わたしは思い出した問題とは、わざわざ言うまでもなく食糧事情。

 パンや野菜などあまり保存がきかないものを、どうやって手に入れるかということ。お米があるので主食には困らないとはいえ、ずっとリゾット系ばかりではさすがに飽きてしまう。

 かといって肉や芋ばかり、というのもちょっと……。

「確かに。何らかの命令がもう出されているかもしれないが、念のために聞いておこう」

「ありがとうございます」

「いや。誰も請け負わないだろう仕事を、無理強いしてやってもらっているのだから。それくらいは整えなければな。とりあえず昼には間に合うよう、今から話を通してくる」

 くいっと残っていたお茶を一気に飲んで、カディス様は颯爽と部屋を出て行った。騎士の階級ではないらしいけれど、腰には立派な剣があるし、身のこなしは優雅にして軽やかで。


「……か、かっこいい、よね」


 と、ミィが頬を赤らめてしまうのも納得のかっこよさだった。

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