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聖女の来訪

 王さまが言った通り、聖女様は塔にやってきた。

 ちょうど朝食が終わって、洗濯などに取り掛かろうかって一服している頃合に。

 王さまは、昨日と同じように窓際のソファーに座って読書中。そしてわたし達は暖炉前のソファーに集まって、はてさて集まったのはいいけれどこれからどうしようという段階で。

 そこにいきなり現れた、もとい乗り込んできた一団は別世界だった。

 十数人の人だかりの中心にいたのは、わたしと同じ金髪を長く伸ばした少女だった。年齢は二つか三つほどしたという感じで、驚くほど綺麗だけど幼さも感じられた。でもそれは、周囲にいるのがわたし達よりずっと年上の男女だったから、そう見えただけかもしれない。


 あれが『聖女シエラリーゼ』なんだと、紹介されるまでもなく気づく。

 それほど、彼女は際立って別世界の人だった。


 広くはないリビングに、ずらずらと人が流れ込んでくる。聖女様はカディスさんとその他数人の騎士っぽいいでたちの男女に囲まれるようにして、わたし達の前にその姿を見せた。

 それ以外にも数人の、身なりのいい女性も一緒だった。

 おそらく、あの人達が『女官』なんだろうと思う。

 執事という階級の人は、意外と下っ端召使でも目にすることが多い。

 特に執事長なんかは、すべての召使の頂点に立つ。だから執事長も普通の執事も、あっちこっちで何かしらしていることが多く、わたしもそれなりに見かけたりする。

 一方、女官という人達は基本的に仕えている人――現状だと王妃様の傍を離れない。ほとんどが住み込んでいるので、上の階から出てくることもない。侍従の上には侍従長がいて、さらに上に執事、そして執事長がいるけど、わたし達侍女の上に女官はいないのだ。

 そんな、存在すら怪しいと思わないでもない女官が、集団で、聖女様と一緒に現れるという光景には思わずぽかんとしてしまう。というか、彼女らは何をしにきたんだろうか……。


「彼が、暴食王ですね?」


 一歩前にでた一人の女性が、王さまをちらりと見てから、わたし達に向かって言う。そんなの問うまでもなく見ればわかるだろうと思ったけど、わたしは問いかけにちゃんと答えた。

 王さまはというと、何事もなかったように静かに読書中だった。さすがに気づいていないということはないだろうから、あえて無視をしている……といったところだろうか。王さまは聖女様の来訪を知っていたようだし、いちいち反応するほどでもないのだろう。

 さて、黒い髪の女官は、こそこそと聖女様に何かを囁いている。

 直接はっきり聞こえているはずだけど、どういう意味があるのかはわからない。なんとなくだけれど生きる世界の違い、というものなんだろう。相手は聖女で、しかも未来の王妃で、そうでなくてもこの国でも有数の貴族の令嬢。雲の上の上、月や星ほど離れたお方だ。

 そんな相手に仕えているからなのか、黒髪の人に限らず、女官全員から発せられる雰囲気というか空気というか、そういうものがものすごく冷たい気がしないでもない。

 まぁ……別にいいけど。

 どうせわたし達は下っ端だし、塔にいる間は多少接近することはあれど、この仕事が終わったら二度と会うこともないだろうし。睨むような冷たい視線も、そっと受け流していこう。

「サリーシャ」

 と、驚くほどすんだ声がする。

 声の主は、やっぱりというべきか聖女様だ。

 あの黒髪の女官は、サリーシャという名前らしい。彼女は恭しく頭をたれると、そのまま数歩後ろへ進む。同じような体制で他の女官が交代して、騎士は直立不動のまま下がった。わたし達は数人の岸や女官に睨まれて、慌てて壁際まで逃げるように下がる。

 そのままに残ったのは未だ読書を続ける暴食王と、彼をじっと見ている若き聖女だけ。

 聖女様は王さまに、手を伸ばせば触れることができるほど近くに寄った。

「おはようございます暴食王。此度もいつも通り……ですね」

「……」

「わたくしの力が目覚めるまでには、最短でもひと月近くはかかるといいます。その間は定期的にここを訪ねますので、そのつもりで、……あなたにとっては、慣れたことでしょうが」

 王さまは答えない。だけど視線を、聖女に向けた。それははずされることはなく、次第に一番近くにいるサリーシャの様子がおかしくなってくる。彼女はどうやら、あの聖女のことを慕っている――を通り越し、崇拝しているようだ。もっとも、それは彼女に限らない話だけど。

 聖女の手前、じっとしてはいるものの震えているし、凛とした美しさのある整った顔にはきっと悪寒がするような怒気が滲んでいるに違いない。よかった、わたしとミィは後ろにいて。

 彼女はきっと、仕事であろうと暴食王なんかに聖女が会うのが嫌なんだろう。

 ましてや。

「……っ」

 いきなり手を伸ばした王さまが、その髪に触れたりなんかしたら。

 瞬間、わたしの目の前で、黒髪が逆立った幻が見えた。幻と一瞬思えなくて、思わず息を呑んで身をそらしてしまう。サリーシャはつかつか、と聖女に近寄ると、まるで王さまから奪い取るようにその華奢な身体を抱き締める。他の侍女や騎士も同じように、彼女を取り囲んだ。

「姫様、もうまいりましょう」

「え……あ、はい。わかりました」

 女官達に囲まれたまま、聖女は静かに――そしてすばやく去っていく。残ったのは遠ざかる金色をじっと見つめる王さまと、なぜか残っているカディス様。そしてわたし達四人。

 足音が遠ざかって何も聞こえなくなっても、わたし達は動けなかった。

 王さまはしばらくすると、自分がしでかしたことも忘れたようにまた本を読んで、ミィがカディス様にお茶を出すんだと台所に下りていって。わたしと双子は、ソファーに崩れ落ちて。

「……なんだったんだ、あれ」

「知らないわよ」

 ぼそぼそと交わされる双子の声。

「サリーシャ殿は昔から、その……なんだろうな。ああいう人でな」

 それに、ソファーに腰を下ろしながらカディス様が参加する。


 聞けばあのサリーシャという女性は、ずっと聖女様に仕えてきた人で、聖女に関することでああいう反応をするのは、これが初めてのことではないらしい。というか男性というものが彼女に接近することをとにかく嫌っていて、家族かカディス様ぐらいしか近寄れないそうだ。

 なお、他の女官はもちろんのこと、騎士も彼女の『同類』なので傍にいられるそうで。


「ユイリック、君は……できれば、彼女が着ている時は下にいた方がいいな」

 今でこそ傍にいても睨まれるなどされなくなったとはいえ、かつては剣を突きつけられて追い払われていたというカディス様は、苦笑とため息が混ざったような様子でそういった。

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