彼女達の日常
ここは聖都ラウシア。
巨大な湖に面する大規模な水門と、その上に建造された王城。さらに水路が張り巡らされた町の中央にそびえる大聖堂が特徴的な、通称を『聖なる水の都』という場所。
水の流れは清らかさの象徴で、魔よけに繋がる。
だから、この町は――そして城や大聖堂は、水を内部にすら引き込んで流していた。特に水門と一体化している王城なんかは、風車を使って上層階にも巡らせているくらい。国王夫妻やその子供ぐらいしか見ることが無いと聞くけれど、城の屋上には庭園すら作られているとか。
これがこの世界の中心であり、この世界をいろんな意味で支える礎。
その王城で働いている侍女の一人であるわたし――ラキ・メルリーヌの朝は早い。
大聖堂の鐘が六つの時を数える頃には、すでに着替えを終えていなければならないほど。
毎朝身支度もそこそこに仕事に入り、人々の合間を縫うように移動しながら、物音を立てないようにやるべきことをこなす。肩につく程度に切りそろえた金髪を、整える暇も無い。
元々は、もう少し伸ばしていたけれど、切ってしまった。
短ければ、整える時間も少なくてすむと思ったから。
そんな考えを肯定するように、わたしには次々と仕事が回ってきてしまう。たとえばよく使われる部屋や廊下の掃除や、各所から洗濯するものを回収して洗濯場へと運ぶなど。
イジメではなく、本当に仕事がとにかく多い。
かなりの量だから毎日大変で、当番制でよかったと思う。
別の仕事をする召使が食事に向かうのを横目に、わたしはひたすら歩く。
食事は基本的に順番でとる決まりで、当番で決まっている仕事が終わったら順次食堂へ食べに行くことになっている。たとえば、特定の場所を専門的にやっているような召使は、起きてすぐに食べに行って、今ごとはもうそれぞれの持ち場に立っていると思う。そうすることで城や町を巡る水の流れのごとく、スムーズに多くの仕事を回していけるようにしているらしい。
わたしが向かう洗濯場も、そんな召使がいる場所のひとつ。
そして、わたしは特定の役割を持たない、所詮は雑用係というヤツだった。
今日は専用の台車に各所の汚れ物――使い終わったシーツなどを山ほど入れて、召使専用の通路を進んでいる。運んでいる洗濯物の一つ一つは軽いけど、この山ではさすがに重い。
ようやく洗濯場に到着すると、そこにはすでに数人の侍女がいた。
洗濯物の山を前にエプロンと腕まくりをして、準備万端といった様子。
いつ見ても、この瞬間の彼女らは少し怖い。
大量の洗濯物を相手にしているからか、殺気すら感じるからだ。ただでさえ多いところにさらにさらに運び込んでしまった、という負い目のようなものを感じてしまうのかもしれない。
手伝いをすることは禁じられていないし、何かした方がいいのだろうか。
「あら、ラキじゃない。ごくろうさま」
どうしようか一瞬迷っていると、一人の侍女がわたしを見て笑った。
一時期、手取り足取り城内のことを教えてくれた先輩。今でも何か困ったことがあったら相談する相手で、わたしを含む多くの若い侍女にとって母か、年の離れた姉といった感じだ。
城で騎士をしている旦那さんがいて、時々中庭で一緒にいるのを見かける。
末端の方で五男とはいえ貴族の出らしく、昔はいろいろ大変だったという話だ。そういうところの貴族ほど、こう、面倒なものなのらしい。周囲を巻き込んで数年、半ば駆け落ちするような形で二人はやっと夫婦になれたという。それが、わたしがここに来た数年前より前の話。
その当時を知る人は、次は子供だなぁ、なんて茶化して遊んでいる。
「今日も多いわねぇ……」
「そう、ですね」
わたしが必死に持ってきたものを、ひょい、と軽々と持ち上げる。相変わらず、ここの人達はすごい。どんな量の洗濯物にもひるむことなく、軽々と運んで次々洗うのだから。
もしわたしがどこかに配属されるならば、ここがいいと思う。
……腕力は、たぶん後で追いつくと思うし。
「もうこっちはいいから、ご飯行っていいわよ」
「あ……はい」
お先に、と頭を下げてから部屋を出た。
そのまま、少し上の階にある食堂へと向かう。
この王城――というより水門は、斜めになった湖のふちをえぐるようにして、大昔に作られたものらしい。わたしのような住み込みの召使などが寝泊りするのは、主に水門の方。
食堂は、城そのものの一階部分にある。
城の一階には他にも湖に面した中庭があって、とてつもなく景観がいい。何でも、渡り廊下を窓に見立てていると聞いたことがある。そして中庭の部分は吹き抜けになっていて、夜会が開かれる大広間のある二階からも、直接降りることができるようになっている。
さらに上には城勤めの『偉い人』の執務室や、騎士団の詰め所など。
五階より上は客間や、王族方の私室などがある……らしい。
わたしは五階などに行ける身分じゃないから、すべて噂や伝聞、推測。とはいえ、入れるのは貴族階級出身だけであることを考えれば、たぶんだいたい正解していると思う。
召使が入れないと掃除などができないように思っていたけど、実際はそこを担当する専門の人がいるから何も問題は無かった。もちろん、その人達は選ばれた、上流階級の人。
女官や執事、と呼ばれる……らしい。
何せ縁がまったくないから、どう呼ばれているのかよくわからない。ただ、先輩がそんな風に呼んでいたから、たぶんそうだと思う。……まぁ、呼び方なんてわからなくても、特に問題はないけど。だってそんな人達に、わたし如きが会うことなんておそらくないだろうから。
そんな人がお世話するのが、つまり王族やそれに匹敵する方々。
仕える側すら会えないのだから、もちろんお世話される側にも会えるわけも無い。
いくらこうして城で働いているといえども、御伽噺のようにそうホイホイとやんごとなき方々に逢えるわけじゃない。せいぜい、遠くに見かける回数が、ちょこっと増える程度。
というか、わたし達に王族を見かけて、きゃあきゃあ言う余裕なんてなかった。
毎日を慌しく働き、休日は死んだように休むか、寝ている。
それが、わたし達の日常。