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残り香の残り香

 新しく来た騎士――いや、騎士様は、とってもいい人だった。

 あの二人はなんだったのか、と思うほど。あの騒動は夢だったのかと思ったけど、青い顔で駆けつけた執事長を見る限りは、一応現実に起こっていたことらしい。

 そこで改めて執事長から説明を受けて、今日の仕事は終了。

 ようやく復活したミィと一緒に、わたしはさっそく夕食を作ることにした。すぐそこに食堂があるんだから、そこから運んでもらえばいいんじゃないかって思ったけれども、わたし達だけならともかく暴食王に提供することはできないらしい。わたし達と同じになっちゃうから。


 それに一人分というのは、かなり面倒なもの。

 まとめて作れるのなら、それに越したことはない。


 さて、一緒に暮らすとなったからには、役割分担は非常に重要なこと。

 料理当番は基本的にわたしとミィ、ラヴィーナが担当。ユイリックは力仕事や、王さまのお世話を担当する。ほら、わたし達は一応花も恥らうお年頃の乙女だし。

 王さまはよくわからないけれど手枷をつけていて、はずせないことはないので着替えなどは不便はないみたいだ。けどいろいろ着替えなどを手伝わなきゃいけないので、任せている。

 落ち着いてからテキパキと役割を決め、次に自分の部屋を決めた。わたしは四階にあるミィの隣の部屋を使い、下の二部屋を双子が使う。……といっても、今着ているもの以外に荷物は持ってきていないので、部屋を決めたところで何もすることはないけれど。

 こうして住む環境を確保したら、さすがにおなかがすいてきた。

 動いてはいないけれど、精神的な疲労は普段より強い。

 明日もあるし、さっさと食べてお風呂に入って寝てしまおう、ということで。

「とりあえず、この干し肉を使ってスープにしよっか」

「うん。お野菜は何にしようかなぁ……」

 二人で地下の倉庫を歩き回り、納められている食材を物色する。ある程度生ものの食材も置かれているが、基本的に保存が利くようなものばかりだ。たとえば生野菜を使ったようなサラダがほしい時は、そのつど必要な食材を差し入れてもらうことになるのだと思う。

 面倒だから、できるだけそういうメニューは避けよう。

 たとえばジャガイモを使ったサラダ、なんてこともできるわけだし。

 あぁ、でも卵や牛乳もほしいし、パンもできれば焼きたてがいい。明日また様子を見に来るといっていた執事長に、それとなく相談してみようと思う。

「何か、メニュー表とか作った方がいいかもねー」

 すっかい元気になったミィが、肉の塊を抱えて笑っていた。先ほど、改めて王さまと顔をあわせてきたわけだけど、さすがに慣れたのか倒れたりはしなかった。覚悟のようなものを決めた時の強さは、ミィの右に出る人はそう多くはないと思う。わたしでも敵いそうにない。

 ひとまず今日はシンプルに。

 さっきも言ったとおり、この干し肉を使ったスープと……野菜の炒め物にしようか。主食がないので具沢山で、おなかにしっかりたまるように。味付けは塩と胡椒、素材の風味かな。

 肉はそのまま台所にでもつるすので、丸ごと持っていく。野菜は必要な分だけ。適当な袋に押し込んでいく。二人でばたばたと二階に戻れば、水を汲んできたラヴィーナに出くわした。

「おっかえりーぃ。それが晩御飯?」

「うん。ユイリックは?」

「兄貴は下……っていうか、外。お風呂の準備。つっても水路を使えば簡単に水が引き込めるようになってるから、お湯がわいたらすぐに入れるってさ」

 便利よねー、と笑うラヴィーナ。どうもこの塔の一階部分は、割と頻繁に使われていた、あるいは使う目的で作られているようで、あの一階にあった扉もその名残だと思う。

 寝る前には、戸締りしないといけないかな。

 そんな会話をしながらも、テキパキと調理の準備を整える。鍋にフライパンに、かまどで使う薪。下の倉庫から引っ張り出した食材と、そして各種調味料を、倉庫などから運び出す。

 調味料は小さな陶器の器に移して台所の戸棚に並べ、いつでも使えるようにした。

「えっと、じゃあラヴィちゃんはお肉をきってね。私とラキちゃんで、お野菜切るの」

「切るのはいいけど……どうすんのよ、これ」

 明らかに十数人分はあるだろう肉を見て、ラヴィーナはぼやく。結局、普通に切るのではなく必要なだけ周囲から削ぎ落とすことにしたらしい。それを、細かすぎないよう切っていく。

 かまどに火を入れて湯を沸かし、そこに細かく切った野菜を入れた。

 たまねぎとジャガイモをあえて崩して、スープのとろみに使おうと思う。それと一緒に肉も入れれば、いい味が染み出してやわらかくなると思う。味付けは最後にさっとつけよう。

 あとは他の野菜を細く切って、塩コショウでさっといためるだけ。これは後。

 これにパンでもあればいいんだけど、ないものは仕方がない。

 幸い、小麦粉やお米はあったので、明日は何かしら主食が用意できると思う。


 しばらくするといい感じにスープが煮えてきて、いい香りがしてきた。それに誘われてユイリックが上がってきて、そのまま早めの夕食時間へとなだれ込む。

 王さまの分はそれらしい豪華な食器に入れて、しずしずとミィが持っていった。慣れなきゃいけないから、という本人の希望で。きちんとこなせたらしく、さっきよりももっと『いつも通り』の笑顔を浮かべて戻ってきたので、見ているこっちもほっとする。

 この様子なら、何とかここで暮らしていけそうだ。いつまでかはわからないけど。

 わたし達の仕事に、明確な終わりはない。

 明日いきなり終わるかもしれないし、一ヶ月以上かかる可能性もある。

 いつまで過ごすことになるのか、まだはっきりしたことは誰にもいえないそうだ。すべては暴食王という存在を、もう一度地の底に封じるまでの時間稼ぎのようなもの。聖女が自らの中に取り込んだ女神の力を把握し、扱えるようになったら、この生活は終わってしまう。

 やっと出逢えた王さま――暴食王とも、そこでさようならだ。

 わたしは、この衝動を誰かに言うことはない。そのつもりで生きてきた。ずっと逢いたくて仕方がなかった相手が、どうして彼だったのかわからないし、知ってもきっと意味はない。

 悩む時間すら惜しく感じる、だからわたしは今に身をゆだねることにした。

 少しでも穏やかに、一緒にいられるように。

 そうすることで、これからも長く続くだろうあの人の時間と記憶、その片隅にうっすらと香りだけでも残せたら。世界を食らうという暴食王だと知りながら、やたら世話を焼いたおせっかいな小娘がいたと思い出せる程度でいいから、彼の中に残ることができたなら。

 わたしは、それだけでいいと思う。

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