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お世話係という名の生贄

 えっとぉ、とラヴィーナが戸惑った声を発し。

 わたしはふと、現実に引き戻される。胸の鼓動は激しく、痛みと錯覚するほど大きい。何度か息を吸って吐いて、わたしはどうにか平静であろうとした。あまり意味はなかったけれど。

 ミィを挟むように支える双子は、ただただうろたえるばかりだった。

 どこの誰かもわからない。

 城の上層階からしか入れない塔に、おそらくは閉じ込められた青年。見た目の色からして王族の縁者ではないのは、下っ端召使から見ても明らかだった。この国の王族は薄く、淡い色合いの茶髪が多くて、国王夫妻もその一人息子である王子もわたしやミィのような髪色だ。

 こんな人、王族にはいない。

 ましてや王族を閉じ込めるなんてことは、普通はしない。

 いや、可能性はないことはないだろうと思うけど。過去にはこういう処置が必要なほど、とにもかくに手が付けられない王族がいたという。たとえば、近いところだと国王の実弟。

 詳しいことは知らないけれど『気が触れた』とされるその人は、二十そこそこで病の床に伏して亡くなったという。その人も、郊外にある別邸に軟禁されていたそうだ。

 おそらく、ここもそういう『くさい物に蓋をする』ための部屋、いや塔なのだろう。

 問題は、目の前にいてこっちを見向きもしない彼が、どう見ても王族ではないことだ。身なりはしっかりしているけれど、ならばなおさらおかしい。城に王族ではない誰かを閉じ込めておくという行為も、その世話が仮にわたし達のような『曰くつき』を当てることも。

 でも、なんとなくわかっている。少し考えれば、一つの可能性が浮上する。だって一応わたし達は『呪われている』わけで、それをかけたのは暴食王。そんなわたし達と一緒になりたがる存在なんてまずいないし、そもそも世話が必要な身分の人との直接的な縁なんてない。

 ……となると、彼の正体が見えてくる。

 こんなわたし達でもお世話ができる、いや、わたし達しかお世話できない相手。


「暴食王……」


 吐息のような呟きが、わたしの口からこぼれる。

 と、それなりに騒がしかったはずのわたし達を一瞥もしなかった彼が、ちらり、と部屋の入り口の方を見た。青黒い瞳が、わたし達を静かに見ている。何の感情も感じさせない目だ。

 彼は肯定も否定もせず、しばらくこっちを見てからすっと視線を本に戻す。もし違っていた場合、さすがに暴食王呼ばわりされれば否定が飛んでくるだろう。

 だから、あれは無音の肯定ととっていい気がした。

 それがラヴィーナにもわかったらしく、いやいやというように首を横に振る。

「う、うそ……でしょ? ね、ねぇ、冗談だよね、こんなのさ」

「だけど、わたし達は『清めの儀』が必要な状態なんだよ? そんなのと一緒にさせる、させられる相手なんてそんなに多くない。その筆頭は、たぶん……そうじゃないかなって、思う」

「それは、だけどっ」

 だけどぉ、と今にも泣きだそうになるラヴィーナ。ミィはほとんど意識を失いそうになっているし、ユイリックはそんな彼女を支えるだけで精一杯で、ラヴィーナもこの通り。

 ここはわたしがしっかりしなきゃ。

 心の底にある衝動を抑え、わたしは一歩前に出た。

 彼はこちらを、やはり見ないまま。なのにこの緊張感、威圧感はなんだろう。まるで部屋の中のいたるところに目玉があって、視線を一心に浴びているかのような気持ちになる。わたしがわたしでなかったなら、もしかするとミィより先に倒れてしまっていた可能性すらあった。

 息を整えて、頭を動かす。

 きっと、呪いだのなんだのは、わたし達をここへ投げ込むための理由だ。

 ああいえば誰だって、ここに来ることを選ぶだろうし。

 いうならばわたし達は生贄。聖女と女神の力によって今も封じられている状態の彼が、何か起こした時に犠牲になっても差しさわりのない存在。いくらでも替えが聞く消耗品。

 わかってはいたことだけど。

 所詮上の『偉い人』にとっては、この程度なんだって。

 しかし実際に直視させられると腹が立つというか、一人一人の横っ面を思いっきり張り倒してもいいんじゃないかなと思う。……わたし以外の三人は。わたしは、うれしいから論外だ。

 聖都にきた理由には、暴食王は関係ないと思った。

 そもそも関係性を見出すことすら、ほんの一瞬たりとも考えなかった。

 どうして彼だったのか、という疑問はあるけど、その答えはまだ見えない。

 あの様子では、彼が知っているようには見えないし。

 何だか、必要以上に厄介なことになってしまったけれど、まぁ、よしとする。この未来を知っていたとして、それでもわたしはきっとこの場所に来ることを望むだろうから。自分の思考回路があの衝動のためだけにあることぐらい、わたしはもう嫌になるくらい知っている。

 ただ、一つ問題があった。

 逢えるわけがないと、心の底で思っていたからなのか。

 わたしは逢った先のことを、実は何も考えていなかったのだ。

「暴食王、と……あなたを、お呼びしても?」

 まずは交流。名前を知ろう。暴食王というのは称号のようなもので、本名じゃない。なんとなくそんな気がする。ないと決め付けるわけにもいかないから、ちゃんと尋ねておかないと。

 何やってんのよ、と背後から声がしているけど、わたしは無視した。

 ただ、じっと。

 本を読みふける暴食王を見つめる。


「――我に名はない。暴食王でも、何でも、好きに呼べ」


 しばらくして、彼はようやく口を開いてくれた。視線は本に向かったまま。わたし達の存在を完全に無視しているわけではなく、一応声ぐらいは聞いていてくれたらしい。

 しかし、暴食王。

 ちょっと言いにくいというか、威圧的というか。ごまかしにしかならないとはいえ、もう少しマイルドにしたい。おそらくもう意識を手放したに違いないミィのためにも、少しでも。

 考え、わたしはちょうどいい呼び名を思いついた。

「えっと……それじゃ、王さまってことで」

 よろしくお願いしますね、と笑いかけると、一瞬だけ視線が向いた。事前に本人が宣言していた通り呼び名はどうでもいいようで、その視線はすぐにそらされてしまったけれど。

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