逢いたかった人
紛い物と呼ばれることが嫌いだった。
そのせいで、両親が白い目で見られることが嫌いだった。
いくら、姉を切り捨てることが司祭様の考えでも、人々は容赦しない。それ以前に、切り捨てなければならない事態こそが、何にも勝る悪であると、許しがたい大罪であるのだと。
誰もがそんな思いと心の刃を持って、わたしや家族を傷つける。
わたしの価値は、その生まれから定められていて。
それは永遠に、覆ることはない。
どうしてわたしも死ななかったのかと、そんなことを思っていた。なぜ、わたしが消える側ではなかったのだろうと。本物が消えて偽物が残って、そこになんの意味と理由があるのか。
紛い物であるなら、生きている意味はない。
ここにいるのが、本物の『ラキ』だったらどれだけよかっただろう。
だけど、紛い物は紛い物なりに生きていた。
今を『生きる理由』を、それなりには抱えていた。
いつだったか、もう覚えていない。紛い物と呼ばれることに慣れて、明日死ぬ運命を望んでいた頃。そう、わたしは紛い物である自分が嫌なのに、自分で死ぬこともできなかった。
わたしのせいで苦しむ両親を見ていたくなかったし、わたしのことで胸を張って生きていない二人を見るのも苦痛だった。けれど自ら終わらせることだけが、できないでいた。
だって、わたしの存在はわたしのためのモノじゃ、ないから。
わたしは生まれるはずだった『姉』の人生を、間借りしているようなもの。
そんな『わたし』が嫌になったぐらいで終わらせるなんて、許されないと思っていた。少なくともその頃はそう思い、信じ、だからいつか『お前ではダメだ』と言われる日を待った。
自然に訪れる終わりの日を、死を。
――だけど同時に抱えた渇望があった。
逢いたいという、衝動。
わたしは、どうしても『誰か』に会いたくてたまらなかった。誰ともわからない誰か。名前も知らないし姿もわからない。年齢も知らない。実在するかも定かではない誰かに。
それは小さな願いだった。
希う死より小さい、意識しなければ思い出せもしないものだった。けれど子供なりに身の置き方を考えるようになって、それにあわせてこの『衝動』は大きくなって死すら飲み込んで。
いつしか、この衝動はわたし自身になった。
この衝動だけが、わたしを『わたし』にしてくれた。
ラキのものじゃない。この思いは『姉』のものじゃない。わたしの、『シエラ』だけの所有物なんだと思った。かつて、シエラになるはずだったわたしだけが抱くことを許されたもの。
きっと、わたしはこの思いを持つために生き長らえている。
わたしはこの衝動の器なのだ。
その、名前も顔もわからない『誰か』に逢いたいと思うようになるのに、そう多くの時間は必要なかった。自然とわたしはその知らない『誰か』に逢いたくて、どうにかして探しにいく算段はつかないものかと考えた。もっとも、子供に妙案が出てくるだけの頭はなかったけど。
でも、親に言うことはできない。
言えばもっと迷惑になる。わたしという存在はただでさえ二人を苦しめて、離婚とかをしていないのが不思議でならないくらいだ。もう、この二人を紛い物の『わがまま』につき合わせることはできない。この願いはわたしのものだから、わたしだけで何とかしよう。
時間が流れる。
子供のわたしには何もできない。ただ、逢いたい、という衝動だけを抱えている。誰にも言うこともできなくて、吐き出す先も存在しない。だからただ、小さい身体に抱え込んでいた。
――早く逢いたい。
声にできない願いだけが、渦を巻いて沈んでいく。
そして十三歳になった頃に、転機があった。偶然にも、城の侍女としての働き口が故郷の町にまで届いて、その条件にどうにかわたしも引っかかっていたのだ。
聖都だったら、きっと逢えるに違いない。
あれだけ大きな町なら、きっと。
そう思ったわたしは家族に、一人で聖都に行くことを伝えた。反対されたけれど、結局二人は折れてくれた。どの道、故郷ではまともに就職や結婚もできないのだし、いっそ何も知らない場所に行った方がいいだろうと。最初に母がそう言い出して、そして父が折れた形だ。
それがただの厄介払いでも、わたしは構わない。
おかげでわたしは聖都に向かうことができ、そして。
今、目の前に『誰か』がいるのだから。
やっと、逢えた。
ずっと逢いたかった人。
聖都に来て三年。焦りと共に日増しに膨れ上がった飢えが、彼の姿を見た瞬間にどこかへと消えていった。今まで感じたことのない感覚。これこそが、答えなのだと思う。
彼がそうなんだと、誰かがわたしに教えてくれている。
この衝動のことを告げれば、きっとそれは勘違いだとみんな言うと思う。だけど、これまで城ですれ違ったり見かけた、数多くの誰かにこんな衝動は沸き起こらなかったのだから。
だからきっと、この衝動は『本物』だと思う。
わたしが逢いたかったのは、この人なんだって。
彼がどんな存在でも、わたしには一切関係がない。そう、彼が『暴食王』と呼ばれる、いずれ別離が定められている存在であったとしても、わたしには些細な問題だった。
彼に出逢えた。
それだけで、よかった。
次に息を吸うその瞬間に世界が消えても、今のわたしに悔いなんてない。