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消さねばならぬもの

 大聖堂の地下深く。

 ひたすら明かりのない階段を下へと進んだ先、ぽっかりと開けた空間があった。

「ここがそうか」

 つぶやくのは、黒というより灰色を混ぜたような、くすんだ茶髪の青年。セシルという彼はこの土地を治める王族に生まれ、いずれは国王の座に座ることを定められた存在だった。

 そんな彼は、幼い頃からずっとある『王』の話を聞かされていた。

 何度も何度も。

 永遠に、その『王』を抱えていかなければならないと。いかなることがあってもこの地を捨てることは決して許されず、ただ静かに、水の流れのように穏やかにここに在り続けろと。

 それが何のことか、幼い頃は理解できなかった。

 こわいこわいおばけが、地面の下にいる。

 その程度の認識しかもっていなかった。実際に詳細を知ってみれば、おばけどころの話ではないものがいた。それでも、そんなものは迷信だと……彼女がいなければ、言えただろう。

 暴食王と共に語られる女神ラウシア。

 その生まれ変わりである聖女シエラリーゼ。

 友人、いや親友といっていいクリアの、年の離れた妹が。自分の婚約者として選ばれた彼女がまさか、現実逃避とも言える逃げ道を根こそぎ奪っていくなど思いもしない。別にそのことを恨むわけではないのだが、その金色の髪を見るとどうしても『王』のことを思い出す。

 かつて、神々を食らい、世界すら食らおうとした暴食の王。

 それが眠るのが、この先にある空間だ。

 鳥篭を模したように、ぐるりと部屋の中央付近を囲った金属の棒。それにはどうやら複雑な模様が刻まれるか描かれるかしているようで、かすかに明かりを反射して煌いていた。

 そしてさらに中央には、男がいる。

 セシルの側近の一人でもある、カディスくらいの体格の。人間で例えるなら二十代半ばといった風貌の男だ。明かりが届かないため、詳しい部分はよくわからないが……髪は長い。


「あれが、暴食王です」


 淡々とした口調で、シエラリーゼが言う。彼女は手にした燭台を頼りに、一人、前へ前へと進んでいった。追いかけようとするのを、彼女の侍女である女が止める。ここから先は聖女であるシエラリーゼの仕事らしい。セシルは黙って、遠ざかるその華奢な背中を見た。

 さらり、と左右に揺れている金色の髪。

 あの毛先が地面につきそうなほど長い髪は、聖女のしるしなのだそうだ。確かに絵画に描かれる女神ラウシアは、皆が息を呑むほど美しい髪を持つ。それは金糸に例えられるほどだ。

 一同が沈黙を持って見守る中、シエラリーゼは足を止める。

 金属の棒の、ちょうど入り口に面している側には錠前があった。

 青黒い、金属らしき何かで作られているように見える。

 シエラリーゼはそれに触れて。

「おはようございます、暴食の君」

 彼女の声にしてはやけに低い声音を、りん、と発した。

 瞬間、かちり、と何かがはまり込むような音がして、室内が一気に明るくなる。何がどうなっているのかわからないうちに、セシルはこの空間の全容を目の当たりにした。


 ――何も、なかった。


 大聖堂のように装飾という装飾のない、シンプルで簡素なことこの上ない白壁。

 黒い石を使った床と天井。

 壁があまりに白く、上下がすっぽりと存在しないような感覚に陥る。あまり、長いしたいとは思えない。早く終わらないのか、とセシルは苛立ち混じりに前方に視線を戻した。

 そこには目覚めた暴食王と聖女が、ただ向かい合っていた。

「……」

 鳥篭のような鉄柱は消えうせ、明るくなったこともあって例の男がよく見える。あの錠前などのような青黒い、普通の黒よりまだ深く見える闇のような髪色も、同じように沈み込んだ色彩の瞳がただじっと、目の前に立つ白と金を纏う聖女を見つめていることも。

 言いようのない、苛立ちのようなものがこみ上げた。

 だが、自分の出番ではない。

 シエラリーゼは彼に近づくと、いつの間にか手にしていた手枷を男につけた。それはあの錠前と同じ色をしていて、鎖で繋がれているものの動くのに不便はなさそうに見える。

 事前に司教などから聞いた話では、これで暴食王の安全な封印解除と、それに伴う聖女の力の覚醒が終わったことになる。見たところ、シエラリーゼに変化はないようだが、本当にちゃんとできているのかセシルは不安だった。封印をしくじった王子として名を残すことが、気に入らないというわけではない。悪名すら残らない可能性があることが、嫌なのだ。

 しくじりは、あってはならぬこと。

 なのに。


「終わりましたわ」


 振り返ったシエラリーゼは、にっこりといつもの笑顔を浮かべている。すぐ傍に、誰よりも近い場所にあの暴食王がいるというのに。まさか、あの手枷一つでここで眠らせているのと同じだというのか。おそらく女神の力の一部なのだろうが、セシルは思わず眉をひそめる。

 しかし、力のないヒトの子である自分には、何もできない。

「行くぞ」

 セシルはその笑顔からさっと目をそらして、背を向ける。かすかに聖女の侍女から殺気のような、あるいは怒気のようなものを感じたのだが、それすらも無視して歩き出した。

 それに他のものも続いたが、余計な音もついてくる。

 じゃらり、じゃらり、と鎖がこすれ揺れる音が。

 そうだ、王は城に連れて行かなければいけなかった、とセシルは思い出し。

「……ちっ」

 舌打ちのようにかすかなため息を、一つ漏らした。

 いつかこの音を、必ず永遠に消してやると――願うように誓いながら。

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