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紛い物のラキ

「ご、ごめんねっ。本当にごめんねっ」

 申し訳なさそうにミィが合流する頃には、もうあらかた作業は終わっていた。それでもそれなりにまだ残っているので、やっぱり彼女の合流は嬉しく思う。

 まだ顔色がよくないミィには、とりあえず下の作業を任せることになった。わたしとユイリックの二人が、それぞれ脚立に上がって、ラヴィーナとミィから蝋燭を受け取って立てる。

 蝋燭には、それぞれ花の模様が描かれていた。

 休憩時間に通りかかった神官様に聞いたところによると、この蝋燭も、絵を書くのに使った絵の具なども、いろいろと手間隙かけて専用のものを用意させたのだという。どうして花の絵なんだろう、と思ったけれど、そこまで尋ねる余裕はなかった。ただ、故郷の教会でも何かしらやる時に何らかの花を添えていたから、そういうものなんだろうと思うことにする。

 儀式はひときわ大きい蝋燭が、すべて燃え尽きるまで続くらしい。

 わたし達は準備が終われば帰るのでそれを見ることはないけど、この大量の蝋燭に火がついたらさぞかし綺麗なのだろう。何せ百本はあると思われる蝋燭の山なのだから、きっと。


「あー、終わったー」


 わたしの反対側で作業をしていたユイリックが、ゆっくりと脚立から降りていく。こっちもあと数本の蝋燭を立てれば終わりだ。火は儀式の最中につけていくらしいけれど、脚立なしではつけられないこの高さのは、いったいどうやってつけるのだろう。気になる。

 脚立から降りる頃には、三人はもう片付けを始めていた。蝋燭は箱の中に丁寧に梱包されていたので、その梱包素材やらが散らばっている。この仕事は、ひたすら『もっと早く』と急かされるような仕事だった。外はすでに薄暗くなっていて、時間としてはギリギリな感じだ。

 後は儀式場からゴミを撤去し、そそくさと城に帰るのみ。

 空になった箱に片っ端から押し込んで、テキパキと運び出す。

「無駄に厳重な梱包だよな、これ。ゴミばっか」

「まぁまぁ。大事なものだから、壊れたりしたら大変なんだよ、きっと」

 ぶつぶつとアレコレ言うユイリックをなだめつつ、確かに梱包がちょっと過剰だな、とわたしも苦笑する。おそらく数を用意するのが難しく、予備がほとんどないから一つたりとも使えないなんてことになると困るから、だとは思うのだけれど。

 そんな感じに、会話を挟みながら何度か往復し、あと一往復というところで。

「おめでとうございます、さぁ、奥へ」

 高らかに喜びが満ちた声が響いて、わたしやミィ達はそっちに目を向けた。そこには立派な服を着た司教様と、周囲の人におめでとうと祝福されている若い夫婦らしき男女がいる。

 女性の腕にはまだ小さい、生まれて間もないのだろう子供がいた。

「洗礼かぁ。いいわよね、ああいうのって。憧れるわぁ」

「なんだ、結婚する気なのかお前。無謀だな」

「はっ。兄貴に言われたかないわ! この前ので何度目かしらね、失恋」

「う……うるせぇ! 縁がないお前よりよっぽどマシだっ」

 ぎゃあぎゃあと言い争いながら、次の箱を取りに行く双子。

 ミィもそれについていき、わたしはぼんやりと幸せそうな親子を眺めていた。もうじきあの小さくて新しい命は、それを形作る名を与えられる。その音を背負い、生きていくのだろう。

 わたしとは違う。

 ――違う。

 嫌な思いが口から出そうになって、わたしはあわてて視線をそらした。仕事をしている間にきっと、あの親子はあの場所からいなくなるはず。それを願いながら、走っていった。



   ■  □  ■



 洗礼、というのは名前を聖職者によって清めてもらうこと。

 あるいは、司祭様などに名づけをしてもらうことだ。田舎だと後者の意味で使われることが多くて、そうやって清めることで初めてその名は、その子の名前となるのだという。

 後から清めてもらう場合、親は女神に名を教えてもらっているといわれる。蹴れ聖職者ではない親の名づけだけでは、その子のための名前にならない。だから洗礼もするのだと。

 そんな無茶な、と思わないでもないけれど、そういうものだから仕方がない。

 昔は全部、司祭様などがつけてくださったそうだけど、自分で我が子に名を与えたい――じゃなくて、わが子の名を言い当てたい親が増えて、後からの洗礼も多くなっているらしい。

 わたしは偶然、故郷の町に来ていた高名な司教様が名を見つけてくださったという。

 それは名を見つけたというよりも、ある種の予言で。まだ子供どころか結婚してすらいなかった恋人時代の両親を偶然見かけるなり、つかつかと歩み寄ってこういったのだそうだ。

 ――そなたらの、最初の子はラキという名を持つ娘だ。

 唖然とする両親に対し、司教様は続ける。

 ――二番目の子はシエラ。どちらも美しい、金色の髪を持つ娘である。

 これより数年後に二人は結婚し、授かったのは双子だった。順調に育って生まれてきたのは両親と同じ金色の髪を持つ、かわいらしい女の子が二人。司教様の言葉は正しかった。

 けれど、最初に生まれた『姉』は、死産だった。

 産声を上げることもなく、その身体はあっという間に冷たくなった。

 残る『妹』は多少呼吸が不安定だったけれど、ちゃんと生きて生まれてきた。

 この事態に困ったのが、故郷の教会を預かる司祭様。一番目の子はラキだけど死んでしまっているし、この場合はどうすればいいのかと必死に悩んで悩んで。


『姉は生まれる前に、神の元に旅立った。つまりは、生まれてこなかったのだ』


 そしてその『姉』に別の名を与えて埋葬し、残る『妹』に一番目の名を与えた。まるで彼女には双子の姉などいなかったかのように、すべては大人達の間で淡々と片付けられていった。

 それがラキ・メルリーヌという、この『わたし』の過去。

 姉の名を奪って生き長らえているわたしのあだ名は、紛い物のラキ。

 誰が最初に言い出したのか、わからない。近所の男の子の誰かだと思う。きっと、わたしの出生のことを親が話しているのを聞いたのだろう。ここぞとばかりに、いじめられていた。

 それは、わたしに結局『シエラという妹』が生まれなかったことで加速し、故郷を飛び出すぐらいの年齢になっても、まともに友人もできなかった。よくもまぁ、今は親しい友人が多数いるものだと自分でも不思議に思う。きっと、相手がみんないい人だったからだろう。

「おめでとうございます、この子の名前は――」

 若い司祭様が、まるで自分のことのように嬉しそうな様子で、すやすやと眠る幼子の名前を高らかに連呼している。こうすることで、この子の名前がそうであると示すのだという。

 いじめられている負い目からか、いろいろやってくれた両親が、それでも唯一、してくれなかったもの。わたしが真実その名を持つ子であると、二人は高らかに宣言してくれなかった。

 紛い物と娘を呼ぶその声を……二人は、結局否定してくれなかったのだ。


 それでも――わたしは『ラキ』だ。

 ラキになれなかった、けれどその名を名乗るしかない『妹』。

 昔は嫌いで、負い目で、変えられるものなら変えたいとさえ思った。でも今は、シエラのままだったら聖女様と似てるからちょっと困るかな、と思う程度には乗り越えていると思う。

 でも、故郷に帰ろうとは思わない。

 紛い物にしかなれない場所は、嫌いだから。

 何よりわたしがいることで、死んだ『ラキ』はいつまでも眠れないような気がして。自分達にはもう一人『娘』がいたことを、両親が思い出して苦しむのではないかと思って。

 そして誰にもいえないある衝動のまま、わたしは今もここにいる。

 きっと、ここにい続ける……。

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