楽園の畔、最期の夜に
ずっと、帰りたかった。
ここに帰ってきたかった。
見渡す限りの光景が、あの頃のままで、息が苦しくて咳き込むことすらできない。それでいて視界は綺麗なままだから、わたしの身体はとても都合のいい仕組みだと思う。
そう、最後に見た景色がゆがんでいるなんて、あってはならない。
くるり、くるり、と回ってみた。
変わらない場所――ここは、楽園の畔。
深い森の奥、ぽっかりと開いた丸い平地。そこにはすんだ水を抱く湖があり、どんな季節でも美しい花が咲き誇る原っぱがある。湖の畔には大きな木があり、月明かりに影を落とした。
そこに、わたしと彼はいる。
二人っきり。静けさだけが漂う場所に、他の誰も存在しない。裸足で草を踏みしめ、少し前に進んだ。この身体すべてで感じる、懐かしい記憶。草花の香りも水の音も。
今度こそ。
耐えられないほど視界が崩れるくらい、うれしかった。
そんなわたしを、今にもしゃがみこんで泣き崩れそうなわたしのことを、彼は静かに見守っているのだろうと思う。振り返るまでも無く、わたしにはそれくらいわかるのだから。
ありがとう、優しい王さま。わたしが一番愛している人。
この場所に帰ってきたかった、この腕の中に戻りたくて狂いそうだった。もう、あんな思いをしなくてすむ。わたしはずっと、この人と生きていく。ずっとずっと、いつまでも。
少し身体を離して、わたしは腕を広げた。
精一杯の、最高の笑顔を浮かべ、ずっと言いたかった言葉を告げる。
「終わり行くこの世界の憂いと一緒に、わたしを食べて」
怖いものなんて、悲しいことなんて、何も無かった。
世界の最期に、あなたの傍にいられるのなら。