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君恋う  作者: 氷室 愁
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6.廉国

訪問有り難う御座います!プチ ハプニング編です。


鈍い音を立てて、愛羅の転がる旅は終わりを告げた。所々でスピードは落ちていたが、そのまま建物か何かにぶつかっていたら、ただでは済まなかっただろう。

[いたたた……]

愛羅がこれだけで済んだのは、転がり落ちたその先で受け止めてくれた人物がいたからだ。その人物を見上げると――

[驚いた……。まさか輝羅がこんな所から来るなんて]

[ら、濫!?]

濫が血の気の引いた顔をして、愛羅を見下ろしていた。

[え、ここ廉国だよな]

[ん?そうだけど]

[なら何でここにいるんだよ]

[……]

[……おい]

濫の顔に笑みが広がる。

[俺の国だから]

[騙したな!]

濫の胸倉を掴むと、大きく揺さぶってやる。前後に揺らされながらも濫は[あははは]と笑っていた。

[このやろう……くそ]

手を離すと、愛羅は徐に自分の外套の内側に手を突っ込んだ。取り出したのは黒の布で、外套と中の着物は濡れていたがこれだけはなんとか助かったようだった。

[これ、返す。前に借りた髪留め。今回のことは我慢してやるから、これで借りはなしだ]

[……これ、前のと違う?]

いらいらしていたのが一気に飛び不意に不安になる。

[……やっぱり汚した物を返すというのはあれだし、似た色の物を買ったんだけど……。やっぱり前の方がいいか?なら取ってくるけど]

[いや、有難う]

今度こそ本当の笑顔だった。

優しい顔。そう思った。

[はっ……くしゅ]

[冷えた?]

[ひえっ!?]

不意に、濫に強く抱き締められた。

[こんなに冷えてる。早く暖まらないと風邪をひくぞ。俺の家に来るといい]

何事もなかったかのように濫はすぐに身体を離した。寒いはずなのに、顔だけが火照った。

[くしゅっ……有難う。助かる]

[え、来るのか]

ぴたりと愛羅の首後ろに回された手が止められる。

[迷惑なのか?]

誘っておきながら無理だというのはどういうことだろう、と顔をしかめる。

[いや、そういうわけでは]

[なら行っていんだな。で、この手は]

まだ首筋に当てられている手を掴む。

[いや、強硬手段が必要かと]

つまり、断っていたら殴ってでも連れて行こうとしたのだろう。優しいと言えば優しいのだろうが……。


濫の家までは馬車に揺られていくこととなった。残念なことに、馬車の窓は黒塗りされていたので外を見ることは出来なかったが、代わりに着くまでの間、濫との会話を楽しむことが出来た。

[ここが俺の部屋だ]

[暖かい……]

甘い、香の香りが立ちこめていた。

暖められた室内にはいると、改めて自分の身体が非常に冷えていたことに気がつく。

[この国の部屋は皆ここのように暖かいのか?それとも庶民はそうでもないのか]

[程度は変わるかもしれないが、皆この部屋ぐらいの暖はとれるようにしてある]

[へぇ。この国の香も、珍しい匂いだな。甘いようで……、硫でも使えるかな]

ついつい物珍しさに、部屋を物色してしまう。

[それよりも、着替えた方がいんじゃないか?輝羅が歩き回る度に、部屋が濡れている]

[あ、ごめんなさい。手拭い借りれるか。拭くよ]

[いいから。着物は奥にある。取ってきて着るといい]

これ以上、自分が拭くだの何だのやって、部屋を濡らしてしまうのはいけないと思い、大人しく愛羅は奥の部屋へと足を運んだ。

部屋には、濫のものであろう着物が畳んで置いてあった。上下とも黒で、簡単に着られる形をしていた。

[人が来る前に……少し寒いけど着替えた方が良さそうだ]

火がついていない部屋は、隣の温もりが伝わっているとはいえ寒く、人前で着替えられないのなら早く着替えるに限る。

ついていた雪が溶け、水を滴らせる服は、ある程度窓の外で絞ってから、まとめて部屋に持って行くことにした。


[着替えてきたのか?]

服を持って現れると驚いた顔をした濫が出迎えてくれた。

[部屋を濡らすと悪いから。服は火の前で乾かしてもらってもいいか?]

[それぐらい別にかまわない。そんなことより、まだ濡れているじゃないか]

[うわ!]

服を椅子の背に掛け、干していると、不意に強く引かれ、寝台に座っている濫の膝に乗せられることとなった。

[何をするんですか!?]

[濡らしたままにしてると、身体冷えるぞ。あぁ、綺麗な髪なのに勿体ない。絡まってる]

櫛が丁寧に通されていく。

適当に切った短い髪なのに、綺麗?勿体ない?

[そんなもの別に…]

[そんなことない。柔らかいし、俺は香の髪が好きだ]

俺は香の髪が好きだ。

俺は好きだ。

俺は香が好きだ。

[うわぁ!!]

慌てて頭に浮かんだおかしな考えを振り払う。

[ら、濫は誰でもそんなことを言うんだろうな]

[そんなこと?]

[抱きしめたり…]

[身体が冷えているなら、当たり前だろ]

当たり前のことなのだろうか。そういえば、久しくこうして抱き締められるようなことはなかった。

布越しに感じる体温が熱い。

[…それに、別に男同士だしな]

[…そっか]

髪を解かし終えると、布で優しく髪を拭かれる。ぐるぐると頭を揺らされると、心地良かった。

[あのさ、濫は…まだあの婚約者のこと好きだったり…]

何となく思ったことが口をついてでた。

まだ引きずってるかもしれないのに何てことを――

[あ、いや、これは――]

慌てて取り繕うとするも、濫が答える方が早かった。

[あぁ、勿論。俺が愛するのは彼女だけだよ]

[…そっか]

ずきりと胸の奥が痛んだのはきっと気のせいだ。

ふわりふわりと頭が揺れる。

[もしかして、濫には兄弟とかいるのか?]

[弟が1人。何でだ?]

[いや、なんか慣れてるなって思ったから]

[そういえば、昔はよくこうして髪を乾かしてやったな]

[そんなのか?仲がいいんだな]

頭上で優しく笑ったのが分かった。


[服、結局乾かなかったな]

[いいよ別に、このぐらいなら]

外套はまだ湿っぽかったが、中の服は既に乾いていた。

[いや、このまま帰れ。風邪をひいてもいけないから]

[でも]

[服はまた会ったときに返してくれ]

[…うん]


切り株まで送ってもらうと、香鈴は濫の影が消えるまでずっと手を降り続けていた。

次はいつ会えるのだろうか。一ヶ月後?それとも半年、一年。そして、いつまでこうして不確かな約束を続けられるのだろうか。

[相手は…貴族。俺は、男。そう、男なんだ。きっと、弟のようなもの]

ならはこの胸のわだかまりは何だろう。

また新たに不確かな約束一つ持った香鈴は、硫に続く山道を下っていった。


香鈴は心が広すぎですよね。

有り難う御座いました

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