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君恋う  作者: 氷室 愁
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2.洞窟

初めてあったばかりの人について行くなど普通考えられませんが......そこは目を瞑っていただくということで!

寝床といわれた洞穴は意外に明るく、目立たないところにあった。中はとても綺麗に掃除してあり、干し芋などの非常食も沢山おいてある。

[滝の裏とは…よく見つけれたな。凄い]

[瓶があるから水は下まで行けば汲める。食べ物も気にせずに食べてくれ]

[……本当に有難う]

礼は言ったが、食べ物まで貰うつもりはなかった。そこまでは迷惑をかけられないと思っていた。

すると、まるでそんな香の考えを読んだかのように干し芋が放られた。

[ほら、香の茶碗と食べ物]

[わわっ]

慌てて投げられた木の碗と干し芋を受け取る。

[いや、俺は――]

[年上の者が年下の者を助けてやるのは普通だろ]

[そういうものか?]

[そういうもの、そういうもの]

納得はいかなかったものの、あまり断ってまた警戒していると思われても嫌なので、それ以上食い下がることなく、香は大人しく芋に口を付けた。それに満足したのか、濫も食事を始める。

[そういえば……香はどこ出身だ?共通語の奔の言葉に訛りもないし、奔国出身か]

奔・酪・硫・廉・洸の五つの国に接しているこの森は、どこの国の物でもないという不思議な存在となっている。そのため、五つの国の者がよく出入りしているのだ。

[……敵対する国だったらどうするんだよ。言えるか]

しかし、酪は洸国と硫は廉国と敵対関係にあり、敵対する国同士の者が出会えば、殺人・誘拐など、犯罪が絶えず、決して安全であるとはいえない森でもあるのだ。

[ふ〜ん……でも、俺は奔国。五つの国をまとめている国出身であるから、問題はないだろ]

唯一の中立国を上げられては仕方がない。

[……硫国]

[へぇ……警戒心――]

すると濫は不思議な笑みを浮かべた。よくは聞こえなかったが警戒心がどうのと聞こえた気がする。

[あそこは温泉が有名だな。黄昏時にあちこちで登る湯気が綺麗だった]

[来たことあるのか]

[一度だけ]

外は少しずつ紅に染まっていく。香と濫は滝越しに空が染まっていく姿を見ていた。

[香は誰から逃げてたんだ?]

それはあまりにも唐突な質問だった。驚きのあまり、椀から水がこぼれた。

濫はよく唐突なものの問い方をする。

[聞いていたのか!?]

あの切り株で呟いた言葉をまさか聞かれているとは思わなかった。聞かれていては少々まずいのだ。

[まぁ、少し。それで、誰から逃げてた?]

[……]

濫が少し動くたび、甘く優しい香りがした。

[事と次第によっては、俺が手を貸せるかもしれない]

それはどこか懐かしい香りで、だからかもしれない。話そうという気になったのは。

[……香鈴から]

その名を聞くと、濫は滝から視線を外し、驚いた顔をして香を見た。予想していた悪い方の反応だ。誰だ?――と首を傾げてほしかった。

[硫国の王女……硫香鈴か]

硫国では王族と同じ名を名乗ることは禁じられている。だから、その名を聞いてすぐに王女と分かったというのも頷ける。

しかし――

[本当に濫は何でも知ってるな。硫はあまり他国の観光を受け入れてないはずだけど]

[さっきも言ったが、俺が行けたのも、たったの一度だけだよ。それで、何か悪さでもしたのか?]

[……]

何と説明すればいいのか言いよどんでいると、

[婚約破棄……とか]

[!?]

そうくるか――!?

一言目から核心を突いてきた。

[えっと……そんなところ]

当たらずとも遠からず――といったところなので、有り難くそれを理由にさしてもらう。

[へぇ〜、硫では姫君の婚約者は王族でなくてもいいのか]

視線を横にやると、にやにやと濫が香を見ていた。きっと嘘だと思っているのだろう。それならそれでいいが、あまりこの話を続けるのはまずい。

素早く濫へと話を変える。

[濫は?濫は毎日ここへ来るのか?]

[いや、俺はたまに抜け出すぐらいかな]

[どうしてここに?]

[俺は破棄された]

[え!?]

こんなにも整った顔をしているのに、破棄されることがあるのだと心から驚いた。

ついまじまじと見つめてしまう。

[きっと相手は、濫の顔を見る前に破棄したんだな。今頃後悔してるぞ……]

[身分違いの恋だったんだよ]

そう言って滝に視線を戻した濫の表情はどこか苦しそうに見えた。

[婚約って、濫は貴族かなんか?]

[そんなとこ]

空にはもう月が浮かんでいる。滝に揺らめく月を見ながら、うつらうつらと瞼を閉じる。

同じ空間に誰かがいながら眠るのは何年振りだろうかと思いながら、深い眠りに沈んでいった。


早朝の春風は香の体温を奪っていった。

[はっくしゅ]

自分のくしゃみの音に起こされ瞼を上げると、朝日を受けて滝の水が輝いていた。

[ふぁっ…さすがに帰らないといけないかな。飛び出してからもう……3日か]

指を折ながら数えると、思ったよりも長く逃げていたことにきづいた。

[追っ手に見られたのが昨日の朝が最後だから……やばい。本当にそろそろ戻らないと……]

ぶるりと震えたのは寒さのせいか、それとも――

体を起こすと、気がつかなかったが濫の外套が掛けられていた。

顔を洗おうと滝の裏から出ると、真っ白な太陽の光が目を射した。思わず手で遮りながらなんとか下まで降りる。

滝壺に手を入れると、あまりの冷たさに手がぴりっと痛んだが、その冷たさが目を覚ますのには丁度よかった。

[早いな]

[あ、お早う]

袖で雑に顔を拭っていると、茂みをかき分け濫が現れた。

[これ、有難う]

[もういいのか?まだ寒いし、つけとけばいい]

[ん、大丈夫]

起きてすぐは確かに外套をかぶっていても寒いと思ったが、顔を洗うと寒さにも慣れた。

外套を渡すと濫はそれを身につけた。寒いわけではなさそうだから、たんに邪魔だったのだろう。

[今日帰るよ]

[……もう帰るのか]

[お世話になりました]


有り難う御座いました

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