22.囚われの姫
訪問有り難う御座います
取り付けられた窓には鉄格子。まるで檻のような馬車に香鈴は入れられ揺れていた。
流石に森を抜けて硫に戻るわけには行かないので、正規の道を通り、十日かけての旅をした。その間、少しの休みもなしだった。
窓から見える景色からは次第に雪が消えてゆく。代わりに、白い湯気が茜色の空にいくつも立ち上っていた。
[城門です]
何でもない御者のただの報告。
久し振りにくぐる城門は、ただの牢獄への入り口にしか見えなかった。
[お帰りなさい、香鈴]
香鈴が出て行ってから数日の間に、城はすっかり麗艶色に染まっていた。染み付いた濃い香が鼻に突く。
[貴女がいなくなって、本当に心配したのよ]
[ただいま戻りました]
きっと顔を合わせたら殴りかかると自分自身、そう思っていた。しかし、実際に会うと全てがどうでもよくて、涙一つ零れなかった。
[……面白くない子。泣きゃしない]
火月に聞こえないよう、小さな声で囁かれた言葉。
[明日の朝、婚約の儀を執り行うため奔に発ちますね]
すぐさま、麗艶は態度を変える。
[えぇ、その方がこの子も喜ぶでしょう。ねぇ、香鈴]
火月のその言葉に緩やかに麗艶が笑う。まるで作り物の舞台に放り込まれたようだった。
[それにしても、あの王子もまだ諦めてなかったのね]
[本当に。廉に兵を置いておいて、よかったですよ]
あの王子、というのはきっと濫のことを指しているのだろう。しかし、何故二人がそんな話しをしているのか、全く想像が付かなかった。
[こんな子の、一体どこがいいのかしら。何度も何度も求婚して]
[え……?]
思わず顔を上げると、麗艶と目があった。
[一応、利用価値があるかと思って婚約していたけれど、火月様と婚約したのだもの、もう用済みよ]
婚約……誰と誰が?
[破棄したっていうのに、しつこいぐらい]
だからあの時、あんなにも急に奔の兵が入ってきたのだ。
[あはは、馬鹿ですね。私に適うはずないのに]
[……馬鹿はお前だ]
[は?]
馬鹿に届く言葉はなかったようで、聞こえなかったのか火月はポカリと口を開けていた。
伸ばされた手を振り払い、そのまま、香鈴は火月に部屋まで連れて行かれた。
[出立前に、美魅達、家臣に会わせてくれ]
[無理ですよ]
部屋は香鈴が出ていったときのままだった。
[貴女の決心が揺らいではいけませんからね]
何が可笑しいのか、ずっと顔に笑みを張り付けている火月。
[一度でいい……]
[駄目です]
[頼む]
[駄目だって……言ってるだろ!!]
頭を下げる香鈴の細い体に、無遠慮な蹴りが入った。何が起こったのか分からぬまま、香鈴は地面を転げ回った。
[がっは……]
[あぁ……貴女があまりにも煩いからついつい蹴ってしまいましたよ]
つい、で未来の妻を蹴るものなのか。
[勝手に転げるのはいいですけど、その顔と……特に髪は汚さないで下さいよ]
[……!]
[それがない貴女など、全くもって価値のない]
髪、髪、髪。ただ珍しい髪と言うことだけでこの男は結婚しようと言うのか。あまつさえ、それを恥ずかしげもなく本人に伝えて。
[あぁ、そうだ。貴女が50になって、その髪が別に珍しくもなんともなくなったら、国に帰れますよ]
部屋の扉が閉じられる。
まだ、硫の第一王女だから、国の権力者だからと言ってもらえればよかった。それならば、一国の姫として、政略結婚の覚悟をし、結婚しただろう。
[私は……我が儘なのかな?]
答えのない問いは、暗闇の中へと消えていった。
有り難う御座いました




