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君恋う  作者: 氷室 愁
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1.出会い

訪問有り難う御座います!


薄暗い森の中、木から木へと飛び移る影がある。

まるで猿のような身のこなしをするそれは、今掴んでいる木から手を離し宙へと飛ぶと、くるりと宙返りし何事もなかったかのように着地した。

[俺を捕まえるなんて、百年……早い……んだよ……]

肩で息をする少年は、ずっと後ろにいるはずの追跡者に向かって舌を出した。

[いや……でも流石に……疲れたかな]

ふらふらする足を引きずりながら、少年は近くの切り株に腰掛けた。

頭にこもる熱気を払うため、肩までもない長さの白髪を乱暴にかく。

[それにしても、こんなに森深くまで来たのは初めてだ]

ぐるりと辺りを見回すと見知らぬ植物が沢山生えていた。大変興味深い。

木が生い茂る中、少年の座っている切り株の周りだけが、薄明るくなっている。風は吹いていないが、涼しかった。

少し切り株に座って休むと、すぐに呼吸は整えられた。

[やっぱり森はいいな。涼しいし、静かだし。わざわざ逃げ――]

[ん?こんなところで何してるんだ]

[うわぁ!?]

まさかこんな森深くに人がいるはずもないと思っていた少年は、文字通り飛び上がって驚いた。

[……ぷっ]

奥から現れた男が吹き出すのも無理はないだろう。

[な、そっちこそ何でこんなところにいるんだよ]

[いや、特に用はないけど]

[……]

はっきりとそう告げられると、返す言葉はない。

相手はまだ若さが残る顔つきをしていた。とわいっても、首、顔周りには布を巻いていて、よく見えないので、本当に若いかどうかは分からない。

着ている物は上下とも黒でいたって質素。……山賊か、人攫いか?

少年が警戒している中、男は全くそんなこと気にせずに話しかけてきた。

[珍しい髪だな。染めたのか?]

[……貴方に関係ないだろう]

慌てて、目立つ髪を隠そうと頭に手を伸ばすが、今更隠しても遅いことに気がつき、手を下ろす。

[まぁ、確かに。十七……いや、十六か]

少年の顔、いや、頭を見ながら男は勝手に年齢を当てようとし始めた。

[うん、十六だな]

そして、勝手に決めた。

[そんなにいってない!十四だ]

失礼なやつだ。少年は笑っている男を睨みつけると、そのまま顔を隠している布に飛びつき、取り払ってしまった。

[あ!]

[はっ、布で顔隠してるって事は何かやましい事情でもあって顔を出せないから……]

布を取り払うと、頭の上で縛っていた長い髪があらわれた。

思わず口を噤んでしまうほど、その顔は綺麗だった。到底こんな森の奥にいるとは思えない、少年と同じ年くらいの顔にみえる。

気を取り直して、年を間違えたお返しをしてやろうと口を開く。

[貴方こそ十六だろ]

[いや、俺は十七だ]

まさか本当に年上だとは思っても見なかった。

[嘘……詐欺だ!ずるい]

日頃今のように実年齢より年上に見られる少年なので、地団太を踏んで悔しがった。

実年齢より若く見えるなんて。

[くくっ……あはははは]

[そ、そんなに笑うなよ]

その光景があまりにも可笑しかったのか、男は腹を抱えて笑った。まったくもって心外だ。少年は本気で羨ましがっていたのに。

[くくっ……はぁ、で、何か教えて上げようか。笑わしてくれたお礼に]

別に笑わそうと思って笑わしたわけではない。

一通り笑い終えると、涙を拭いて男は聞いてきた。

あれだけ笑われたのだから、笑われ損というのもしゃくだ。

[じゃあ川がどこにあるのか教えてもらえない?飲める水が流れる川ね]

[今すぐ飲めるもの?それともこの森に滞在するのに使う川か?]

少年が後者に頷くと、男は腕を振り、ついてこいという仕草をした。

[俺も当分ここにいるつもりだから。いい寝床と水の在処を知ってる]

[あ、いや……]

今初めてあった男においそれとついていくわけにはいかない。

[場所だけ教えて貰えば自分で行くよ。それに寝床まで用意して貰うのは]

[……別に人買いに売ったりはしないさ]

男に苦笑されると急に、警戒したのが恥ずかしくなり、少年は顔を赤くして男の後ろについた。


[貴方の名前は?]

[俺は濫。少年は?]

[……香]

[へぇ、香か。いい名だな]

[そうか?]

[あぁ。優しげでいいと思う]

ただ、そういうものかと思っただけだが、何故か心が温かくなった。

柔らかな髪を跳ねさせながら、香は濫の後をついて川を目指した。


有り難う御座いました

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