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君恋う  作者: 氷室 愁
17/32

16.再会

訪問有り難う御座います


二人は日が暮れるとすぐに、行動に出た。

[姫さん大丈夫か?]

[屋根から屋根へ移るのなんて簡単さ]

酒場の屋根に登ると、次から次に飛び移り、目的地へと向かう。雪が積もっている所為で少し走りにくかったが、先を行く楼芽を待たせることはなく、身軽に渡っていった。

[ここだ]

楼芽が止まったのは、大きな門の前だった。兵は立っていないが固く門は閉ざされている。

[そう言えば……俺は、誰に呼ばれたんだ?]

[姫さんが一番会いたかったが、会わない方がよかった人物]

そんな人に心当たりはなかった。

まるではぐらかすかのようなその言い方に、自然、しかめ面になる。

[……誰?]

[もう、答えは分かってるんでしょ]

それ以上何かを言うでなく、楼芽は門の横にある壁を押した。ゆっくりと壁が回り、近くに下へと行く階段が現れる。

[さ、どうぞ]

[……]

暗い階段を見て、再び警戒心が思い出される。一度だけ楼芽に視線をやると、香鈴は冷たい石の階段に足を進めた。その時見た楼芽は相変わらず信用できるとも何とも言えぬ笑みを浮かべていた。

長い階段が続いた次は、長い廊下が続いた。その先は行き止まりで、楼芽が外の時と同じように壁を押すと、壁が回転し向こう側へと抜けられるようになった。

暖かな光が廊下に漏れる。

[この部屋……]

[久し振りだな、香]

部屋にかけられた布を避け、奥から顔を出したのは何度も頭に浮かべた濫だった。

[いや、香鈴姫と呼ぶべきか]

[いつから……知ってたんだ?]

[初めから]

[こ、この嘘吐き!]

[俺が嘘吐きなのは知っているだろう]

[う……]

開き直られると、返答に困る。

そういえば、出身国についても香鈴は濫に騙されていた。既に一度騙されているのに、全く警戒していなかった。

[な、なら……女だと知っておきながら、あんな事したり、こんな事させようとしたんだな!!]

[え、主何を?]

問いながらも楼芽の瞳は輝いている。その様子を見て、ここまで信じて着いてきたことを今更ながら後悔したくなった。

[髪を解いただけだ]

[何だ、それだけ]

[何だ、じゃない!それにだ、だ、抱き締めたりして…]

[主……]

[寒そうだったからだが?]

天然なのだろうか。真顔でそう返されると、意識した自分が逆に恥ずかしくなってくる。唯一の救いは、楼芽も残念な目で濫を見ていることだった。

[まぁ、二人とも座れ]

[……]

言われるがままに、出された椅子に腰掛ける。

[それで、香……鈴姫は警戒せず、馬鹿正直に楼芽に着いてきたのか?]

[馬鹿正直!?]

呆れたように言われると、少々頭に来る。呼んだのは自分ではないか。

[俺だって、警戒しなかったわけじゃない!ただ……濫と同じ匂いがしたから]

[主と?]

楼芽は自分の服の匂いを嗅いで確かめようとしていたが、反応からして分からなかったようだ。

[香りには人一倍、敏感なんだ]

楼芽はもともと影で動く仕事を任されているのか、匂いはとても薄かった。しかし、ほんの少しでも嗅ぎ分けられる香鈴には何ら問題なかった。

[それで、何で濫は俺を呼んだんだ?]

[俺の友人が困っていると聞いたから]

[友人……]

正体を事情を知っておきながら、まだ友人だと言ってくれる事実が嬉しい反面、友人という言葉が何故か胸に刺さった。

[でもその情報はどこから?]

[楼芽は優秀な部下だからな。国内外問わず、大抵の情報は正確に仕入れてくれる]

そうは言われたが、えへん、とばかりに胸を張る楼芽を見ると、優秀だと認めたくない気になるのはなぜだろう。

[本当に優秀なのか……?]

[あ、ひどい!これでも主の右腕だぞ。それにここに来るまででも、十分その実力は分かったでしょ?]

[いや、来るまでだったら、正直その胡散臭さしか]

[えぇ〜]

[確かに、お前の胡散臭さは……]

濫も肩を震わせ笑いながら、その胡散臭さに同意した。

不満そうに口を尖らしてはいても、この楼芽という男が優秀なのは本当だろう。ここまで香鈴を無事に連れてきたのがその証拠だ。香鈴だって、自分がどの程度の動きが出来るかは分かっている。あの雪の積もった屋根を無事走り抜けるには、楼芽の助けがなければ無理だったろう。

そして、楼芽の匂いはまるで影そのもののようにとても薄く、無いに等しかった。あそこまで消すことができたのは、日頃の努力の賜だろう。

しかし、胡散臭いというのも事実。だから、認めたくないのだ。

[まぁ、いいや]

[いいんだ……]

あまりにも、あっさりとした言葉につい、突っ込んでしまう。

[で、姫さんは困ってんだろ?理由とか関係なく主を頼れよ]

頭の後ろで腕を組むと、何て事ないように、楼芽は言った。

[貴方は……簡単なことを言ってくれる]

優秀だと少しでも思った自分が馬鹿だった。こんな簡単なことも分からないのか。

[理由とか関係ない?ただの友人を匿うことで、あんたの主がどれだけ危険な目に遭うか……!!]

見つかったとき、頭と胴が繋がっている保証はない。

[それじゃぁ、姫さんは今後どうするの?]

[……楼芽]

濫の控えめな叱責が入るものの、全く反省していないようである。どうしたというように、二人を見返してくる。

何と言っても伝わらないだろう。故意にやっているのか、どうなのか――

[主の世話になんないで、姫さんこれからどこで生活するわけ?]

[俺は――]

[もし俺の世話にならないと言った場合、あの穴を使うのは許さない]

[な!]

言うことを濫に先回りされてしまった。先程、楼芽を諌めていた濫はどこにいった。

笑顔でこちらを見てくる二人の顔が恨めしい。

分かっていないのだ。国に追われる一国の姫を匿う重大さを。

握った拳は自分でも驚くほど冷えていた。

見つかっても、香鈴はただ連れ戻されるだけで、実際に困るのは匿った濫だ。香鈴を追ってきた兵に例え運良く捕らえられなかったとしても、廉の国に厄介事を持ち込んだとして、王家から大きな罰を与えられるだろう。最悪の場合も考えられる。

[あんたたちは、分かってない……]

[はぁ……]

小さく溜め息が聞こえた。

[香鈴姫、これは一個人が勝手にやっていることだ]

不意に、濫が真剣な顔をして香鈴を見てきた。ぞわりと背中を冷たい汗が流れた。

[馬鹿な廉の貴族が友人に頼まれて少しの間家に泊めていた。ただそれだけ。別にここで見つかったり、正体がばれても俺は少しも損はしない]

どうだ?と目で問われる。

気が付くと、濫はいつも通り微笑んでいた。嫌なやつだ。

濫はそこまで考えて行動していたのだ。一個人で終わるわけがない。損するに決まっている。そして、きっとそれなりの処分はされる。その覚悟もしているのだ。

[でも、何でここまでして……]

損しかないのに、そこまでして香鈴を匿う理由が分からない。大して会ってもないし、何かを与えた覚えもない。よく考えれば、毎度何かを貰っているのは香鈴の方だ。

[寧ろ、主は得してますよね]

[へ?]

[す――]

[楼芽……]

[……はい]

冷たい声がどこからともなく聞こえ、楼芽の表情が固まった。

声のした方を向くも、変わらず濫は笑顔だった。

[得って……俺、何もしてやれないぞ]

国を一時的にとはいえ、出ている身だ。お礼も何も、出来ない。

[そんなことは、望んでいないから]

僅かだが、濫の声に険が含まれた。

[えぇ〜っと……ほら、ね]

どこか慌てたように楼芽は遠くを見ている。

[あぁ……ここは、男の顔を立てて――]

[楼芽]

[はい、黙ります]

[あの……本当に俺は何も出来ないよ?]

[そんなことのために、俺が君を助けるとでも?]

[……ごめん]

何も分かっていないのは、香鈴の方だった。

[もし、出て行くというなら、俺も保身のために、香鈴姫がここにいたことを報告しなきゃいけない]

[な!?卑怯だぞ!!]

[何とでもどうぞ]

洞窟を借り、例え知らずとはいえ今ここにいる時点で、既に香鈴は濫の助けを借りている。

覚悟が出来ていなかったのは、香鈴自身だった。

[……っ、香鈴はやめてくれ。香でいい]

腹を括る。例え見つかったとしても、自分が悪いのだと言い切ればいい。迷惑がかからないようになるだけ全てを背負って逃げればいいだけだ。それしか今の香鈴にはできない。それが悔しかった。

握った拳は爪を突き立て、鈍い痛みがした。

[少しの間、世話になる]


濫のあれは天然なのか、それともーー

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