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君恋う  作者: 氷室 愁
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12.逃走


深夜、香鈴は物音で目を覚ました。

[誰だ!!]

すぐに、近くに置いてある小刀を手にとり、いつでも抜けるように構えた。

正直、武術は苦手だが、すばしっこい方だと自負している。

麗艶の刺客か?

[私よ、香鈴ちゃん]

[麻依さん?]

それは麻依の声だった。

今日の夕方突然訪れた麻依は捕まらなかったのだろう。

[どうしたの?麻依さんが俺の部屋に来るなんて]

[どうしたはこっちの台詞よ。部屋に入るのでさえ、見張りがついていて大変だったんだから]

扉の前にはしっかりと兵が立たされている。香鈴が逃げ出さないように、人質だけでは足りなかったのか見張りまでつけたのだ。

[どうしたって……麗艶が来てて、婚約が――]

[そんな事を聞いているんじゃないの!!]

[え?]

麻依の怒鳴り声が響いた。普段はどんなに出来の悪い官吏がいても、怒鳴りはしないのに。

[あなたはここで何をしているの?心配してここに来てみれば、思った通り……]

[……]

[あなたはこのままあの女の思い通りになるつもり?]

正面から見つめてくるのは、昔と変わらぬ、強い光を宿した瞳。目を逸らそうとするも、その目は香鈴を逃してはくれなかった。

[でも……人質を取られているんだ]

美魅や幼い頃から自分を支え、可愛がってくれた人たちの顔が浮かぶ。

[俺の勝手でみんなを危険な目にあわせることは出来ない。それに、どうせ他から縁談なんてきてないしさ、このまま結婚した方が国のためにもなるのかなって]

軽く笑ってみせると、頬に鋭い痛みが走った。じんと熱い。

[ふざけたことを言わないで!]

[麻依……さん?]

その時初めて本当の意味で麻依の目を見て、本気で怒らせたのだと自覚した。

[何を言ってるの?あなたがあいつらの思い通りに国を出たら、いったいこの国はどうなるの]

[麻依さん……]

[あんな馬鹿王子がこの国をよくしてくれると思う?麗艶にいいように使われるのが――]

[でも!!……もしかしたらその方がいいのかもしれないのに、私の……我が儘で……美魅たちを危険な目に合わせて]

それを考えるだけで、胸が張り裂けそうなぐらい痛んだ。

結婚したくない。誰かに側に、隣にいて欲しい。守って欲しい。上に立つなんて無理だ。

でも――香鈴は今、王だ。例え、戴冠がまだで姫であっても、母が旅立ち、父も旅立った今――

[人を……守れ。国を……国民を守れ。幸せになろうなんて、考えるな。自分の幸せなんて……考えるな]

[ずっと、そう思っていたの……]

香鈴は怖かった。自分の我が儘で誰かが傷つく事になるのが、恐ろしかった。

不安になる中で心に浮かんだのは、優しい笑顔の濫だった。でも、そこに手を伸ばすのは許されない。

[ごめんね、叩いて。痛かったでしょ]

温かな腕が香鈴を包んだ。

[……痛かった]

頭上で麻依が笑ったのが分かった。

[ねぇ、香鈴ちゃん、髪の毛解いてあげようか]

[え、今?]

次に顔を見たときにはもう、麻依はいつもの笑顔を浮かべていた。

窓際の椅子に腰掛け、その手に櫛を握ると、麻依は手招きした。

[ほら、いいから座って]

[それ、俺の椅子だし]

すっかりいつものペースに戻った麻依に苦笑すると、香鈴は素直にそれに従った。

ようやく肩の下まで伸びた髪に櫛が通される。

[よしっ次は]

解かし終え、麻依が手に取ったのは、見たことのない赤い花が着いた簪だった。黒い石と一緒に付いているので赤が映え、とても美しく見えた。

[いいの?]

[いいの、いいの。私には宵幾がくれたのが沢山あるから。それにこれは宵幾以外の人から貰ったものだし。あ、彼には内緒よ。相手を見つけて制裁を与えるまで仕事にならなくなるから]

[あははっ]

麻依は伸びたといっても、まだまだ短い香鈴の髪を手際よく纏めていった。

[ほら、こうして簪挿したら年相応にも見えるわ]

麻依から手渡された手鏡で見ると、真っ白な髪に赤い花が栄えていて、確かに綺麗だと思った。

[有難う……麻依さん]

[貴女にも可愛くなる権利はあるわ。国の為に捨てなくったっていい]

やはり麻依には適わない。きっと全てお見通しなのだろう。

[別にあたしたち民は、それを暴君だなんて思わないし……馬鹿であんな不細工が王なんて御免よ。どうせなら整った顔の人を貰わないとね]

片目をつむる麻依を見ると、緊張が溶けていった。

もう、迷いはない。

[この部屋から出る助けは、彼がしてくれるわ。私を手引きしてくれたのも彼よ]

視線の先にある扉は少し開いていて、そこからは扉の前に立つ兵の後ろ姿が見えた。その兵の手には、夕方香鈴が見た、あの痣があった。

[彼、麗艶側の兵なんですって]

何故だろう――不思議と、彼の後ろ姿を見ていても怒りは沸いてこなかった。

[あの手の痣、麗艶がつけたものよ。この城に侵入してから初めて人として扱ってもらって、嬉しくて嬉しくて……。麗艶達を手引きするときも、何度も迷ったと思うわ]

扉前に立つその後ろ姿は堂々としていて、怯えるように視線を合わせようとしなかった彼とは別人のように感じた。

彼は偶然にも香鈴と出逢ったあの時も、強く悔いていたのだろうか。

[最後に、美魅からの伝言[捕まったりしたら、一生膝丈の着物を着ていただきます]ですって]

美魅らしくて笑えた。


[どこにいらしても、ほとぼりが冷めたら、必ず手紙で知らせます。それまでどうか、お元気で]


その夜、硫の城からこっそりと抜け出す一つの影があった。奔からの迎えが城に着いたのは、そのすぐ後のことだ。


有り難う御座いました

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